ロイクは日課のように、木陰のベンチに腰を下ろしていた。
図書塔に通い詰める毎日の中で、この時間だけは特別だった。
穏やかな風。静かな陽光。
中庭に咲く薄紅の花が揺れ、小鳥のさえずりが遠くから響いていた。
ロイクにとって、これは「休息」ではなかった。
アムルとパンドラ。
二人の姿を、確かめるための時間だった。
「勇者さん、ここに居たんですね」
やわらかい声に、顔を上げる。
金の髪が風に揺れ、陽の光を弾いている。
パンドラだった。
「ちょっと、休憩だ。たまには陽の光も浴びないと、カビが生えるからな」
軽口を叩くロイクに、パンドラはくすくすと笑う。
その笑い声は、どこか懐かしく響いた。
パンドラは隣に腰を下ろす。
近過ぎず、遠過ぎず――ちょうど良い距離。
焼き菓子の包みを膝に置き、ひとつ差し出した。
「おひとつ、
「じゃあ、ありがたく」
ロイクが菓子を受け取り、軽く頭を下げると、パンドラは少し嬉しそうに目を細めた。
「甘いもの、嫌いじゃないといいんですけど」
「結構好きだよ、甘いの」
「よかった。アムルもこれ、好きなんですよ」
ロイクは短く「うん」と返す。
パンドラが空を見上げ、小さく「きれい」と呟く。
その姿は、まるで祈るようだった。
「こうして並んでると、少し、不思議な感じがします」
「そうか?」
「ええ……何だか、勇者さんとは初めましてって感じがしなくて」
「――それは、こっちの台詞だよ」
ロイクは苦笑した。
彼女の中に記憶はない。
それでも、確かに「ここ」へと導いてくれた人だった。
襟元のブローチに、そっと手を当てる。
銀色の、歪んだ三日月。
あの日、彼女が手渡してくれた「縁」の証。
(いつか返す。必ず、それができる未来を――掴み取る)
「今日はアムルと一緒じゃないのか?」
「わたしたち、そんなに四六時中一緒にいるわけじゃ……ない、わけでもない……かもしれないですけど」
少し照れたように、パンドラが首をかしげる。
「いつも一緒にいるよ。俺が見かける時は大抵そうだ」
その言葉に、パンドラは苦笑したあと、きっぱりと口にする。
「親友なんです」
「うん」
空を見つめたまま、パンドラは言葉を続けた。
「不思議なんですけどね……何があっても、アムルを守らなきゃって、そう思うんです」
その言葉に、ロイクの胸がざわつく。
彼女は、知らない。
けれど――魂が、覚えている。
「――アムルも、そう思ってるよ。たぶんな」
過去の記憶が胸をかすめる。
光に包まれて消えた姿を。
それを見送ることしかできなかった自分を。
(この距離のままでいい。守るだけでいい。それでいいんだ――)
そんな風に、自分を誤魔化すしかなかった。
中庭の向こう、亜麻色の髪が風に揺れる。
アムルがこちらを見つけ、大きく手を振った。
屈託のない笑顔。無垢な仕草。
その姿に、ロイクは知らず目を細め、手を振り返した。
(守るよ。あんたたち、二人とも。絶対に――)
その胸の中に芽吹いた想いは、まだ「問い」にはならない。
けれど確かに、それは祈りへと繋がっていた。