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第2話

「おおっ、それっぽい!」


「ってか、七日後って悠長じゃね? 神ならもっと一瞬で殺すんじゃねえの?」


「怖がらせるためにわざとゆっくり殺しに行った説あるな」


「なるほど、あり得る」


 私の話を聞いた三人は、テンションを高くしながらそんなことを言い始めました。


「それに山の神から穢れだけを切り離して封印した……って、神って切り離し可能なのかよ!?」


「さあ、どうでしょう。ただの言い伝えですからね」


 伝聞を重ねるうちに、言い伝えが当初のものと変わってしまっている可能性はあります。

 ですがこの言い伝えが当初のものと全く同じかどうかを判別する手段を、私は持たないのです。


「神じゃなくて悪霊や怪異の類だったのかもな。村民が勝手に山の神だと思っただけでさ」


「確かに。村民を無差別に祟ってるからな」


「って言うか、二人とも信じてるのか? こんなの迷信だろ、迷信」


 話をした本人を前にして迷信とは、なかなかに失礼です。

 ですが村で生まれ育っていない人の認識なんてこんなものなのでしょう。

 今は東京で暮らしているとはいえ、村で生まれ育った私には到底できない考え方です。

 村では子どもの頃から、山では悪戯をしないようにキツく言い聞かせられるからでしょう。

 そのことも手伝って、私にはこの言い伝えが迷信とは思えないのです。


「村に着いたら、その祠に行ってみねえ!?」


「聞かれなくても行くに決まってるだろ! なんならその祠が今回の目玉だ!」


「A木、祠はどこにあるんだよ!?」


 村に到着するなり祠へ行くつもりだろう勢いの三人に、私は告げました。


「私としても面倒くさいのですが、小さな村では順序を守らなければなりません。まずは村長に会って、歓待を受ける必要があります。祠への道は、明日以降になら案内しますよ」


「歓待? 俺たちの歓迎会をしてくれるのか?」


 私の言葉を聞いたC田が驚いた顔をしました。

 自分たちが村に歓迎されるとは思ってもみなかったのでしょう。


 小さな村では村八分問題など様々な問題が起こることもありますが、そういった地で暮らす人々は基本的には善人です。

 そのため観光地でもない小さな村に泊まりに来たいと申し出る若者を邪険にはしないのです。


「あらかじめ連絡をしておきましたからね。とはいえ小さな村での歓待ですから、期待しすぎは禁物ですよ」


 少なくとも、東京で行なわれるような煌びやかなパーティーは開かれないでしょう。

 地元料理と酒を振る舞うだけの質素な歓待だと思われます。


「俺は酒が飲めれば何でもいいぜ!」


「飲むのは構いませんが、酔ってもあまり羽目を外し過ぎないようにしてくださいね。物資の少ない村なので、何であっても壊されるとなかなか替えが利かないのです」


 たとえば障子が破られた場合、替えの障子が手に入るまでかなりの時間を破れた障子のままで過ごすことになります。

 すぐに店へ買いに行けたり、通販で簡単に商品が届く東京と、この村では状況が違うのです。


「なんかA木、引率の先生みてえだな」


「A木は俺たちのことを何だと思ってるんだよ。良い子にしてるって」


「そうそう。俺たちは良い子だからなー!」


 そう言ったB島、C田が目配せをしたことを、私は見逃しませんでした。

 運転をするD川も口の端を上げていました。



   *   *   *



 朝に出発したにもかかわらず、村に到着した頃には辺りが暗くなっていました。

 歓待が無かったとしても、どっちみち今日祠のある山を登ることは出来なかったのです。


 村に到着した私たちは、予定通りに集会所でB島、C田、D川を囲んで宴会を始めました。

 三人は社交的なタイプのため、すぐに酒を飲みながら村民たちと打ち解けていました。

 そして私の久しぶりの帰郷に、祖父母はものすごく喜んでいました。

 そのため三人を他の村民に任せ、私は祖父母と積もる話をすることにしました。


 東京での生活や、大学の授業、友人や彼女の有無など、祖父母と様々な話をしました。

 私は十歳頃までこの村で暮らしていましたが、以降は盆と正月に帰郷する程度でしたので、私の突然の帰郷がよほど嬉しかったのでしょう。

 ひと月もしないうちにまた両親と帰郷するというのに、そのときに喋る話が無くなるほどに、たくさんの話をせがまれました。


 そんなこんなで宴会が終わったところで、集会所に四人分の布団を敷いて眠ることになりました。

 祖父母は私には家に来てほしかったようですが、さすがに初日に三人を放置することは気が引けました。

 そのため今日は私も集会所で眠り、明日以降に祖父母の家へ行くことになりました。


「あの山菜、美味かったな。噛めば噛むほど口の中に広がる香りが良かった。買って帰りてえんだけど、売ってねえのか?」


 布団に潜りながらB島が聞いてきました。

 何の山菜かは聞かなくても分かります。

 この村では外から来た人に必ず振る舞う特産品の山菜がありますから。


「あの山菜は保存が難しいので、販売には向いていないのです。ですので村の外から客人が来た際には必ず振る舞う習わしがあります。山菜目当てに再びこの村に来てくれるように」


「まさかあの山菜には麻薬みたいな依存性があるんじゃねえだろうな!? 食っちまったよ、俺!」


 C田が焦ったように自身の口を押えましたが、客人に麻薬を振る舞うわけがありません。

 そんなことをする村は、国に解体されてしまうでしょう。


「あの山菜にそんな効能はありませんよ。ただ美味しいだけです」


「俺もそう思う。現に野菜が好きじゃねえ俺は、別にまた食いたいとは思わねえから依存性は無いはずだ」


 D川が笑いながらそう言いました。


「そう言われると、別に幻覚を見たり気分が上がったりもしてねえな? 依存性も高揚感も無えなら、ただの山菜か」


 ただの山菜なら安心しても良いはずなのに、B島は少し残念そうな顔をしていました。


「どうかしましたか?」


「いや、村で麻薬成分の入った山菜を食べさせられてたら、バズるだろうなと思って」


「確かに! それは視聴数爆上がりだわー」


「視聴数を稼ぎたいからと言って、嘘は言わないでくださいね? 私の連れてきた人がそんなことをしたとなったら、祖父母が村八分にされるので」


 念のため私が釘を刺すと、三人は分かっていると頷きながら笑いました。

 そしてこの村は空気が綺麗だの村民が優しいだのと言って、村を褒め始めました。

 きっと私がまだ祠の場所を案内していないので、今私の気分を損なうことは避けたかったのでしょう。


「それより早く寝ようぜ。明日は朝から撮影なんだから」


「まずは紹介用に村全体を撮影して、それから祠だな」


「そのあとは……ま、おやすみ」


 こうして私たちは眠りにつきました。




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