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第5話


 B島から電話があったのは、私が村を離れてからすぐのことでした。

 きっとB島は私にずっと電話をかけていたのでしょうが、村には電波が通っていないため繋がらなかったのでしょう。


『A木、生きてるか!? 俺たち大変なことになってるんだ!』


 スマートフォンの向こうからは、焦った声が聞こえてきました。


「大変なこと? YouTubeのチャンネルが炎上したのですか?」


『炎上どころか動画を公開すらしてねえよ! 動画編集してる場合じゃなかったからな!』


 あの動画内容では、公開前に動画を検閲させてくれるという話は無かったことにされているだろうなと思っていましたが、そもそも編集すらされていないとは。

 あの動画はこのままお蔵入りになりそうです。


『そんなことより、夢に出てくるんだよ! あの山から触手がどんどん俺の家に近付いてくるんだ!』


「透明な触手、ですか?」


『そうだ。このままだと俺は殺される! あと三日しかないんだよ!』


 B島、C田、D川の三人が祠を壊してから、もう四日が経っています。

 きっと彼らはあの日の夜から悪夢を見続けているのでしょう。

 言い伝えの通りなら、悪夢を見てから七日後に殺されてしまいます。


「言い伝えでは村に住む村民のもとに辿り着くのに七日かかったのに、村から離れた東京に辿り着くのも七日なのですね。面白いです」


『面白くねえよ! なんでA木は冷静なんだよ!? って言うか、A木は悪夢を見てねえのか!? C田もD川も見てるって言ってたぞ!?』


「私は見ていませんね」


『だから冷静なのか……って、なんでお前だけ悪夢を見ねえんだよ!?』


 B島の質問に、私は冷静に答えました。


「祠を壊すあなたたちを止めようとしたことで、私は祟りから免除されたのかもしれませんね」


『んだよ、それ! それなら俺だってカメラ構えてただけだぞ!? なのに、どうして……』


「三人は一緒に祠を壊す計画をしていたからではないでしょうか。相手は神様ですから、そのくらいお見通しだったのでしょう」


 彼らの中には、言い伝えに出てくる存在は山の神ではなく悪霊や怪異の類なのではないかと言っている者もいましたが、私は山の神だと信じています。

 そしてそれゆえに、彼らは窮地に陥っているのです。


『それなんだよ、問題は! お祓いに行ったのに、どこの寺からも断られた。神様は祓えねえって』


 きっと彼らの行ったお寺の住職は、きちんとした方だったのでしょう。

 だからこそ、彼らを追って来ているものが怪異ではなく神様だと気付いたのです。


『SNSで見つけた霊媒師も頼ってみたが、あいつはたぶん偽物だ。除霊をした後も悪夢を見るんだよ』


「当然でしょう。神様は霊ではありませんから」


 どうやらお寺に断られ続けた彼らは、SNSで見つけた怪しい人物にまですがり始めたようです。

 本物がSNSをやっていないとまでは言いませんが、SNSには本物の数百倍、人の弱みに付け込む詐欺師が多いのです。

 まあもし彼らが本物の霊媒師に頼ってとしても、除霊で何とか出来る問題ではありません。

 相手は悪霊ではなく神様ですから。


『この祟りを鎮める方法は無えのか!? 祠を建て直してはくれねえか!?』


「祠は来週には建て直す予定です」


『来週!? 俺のタイムリミットはあと三日なんだってば!』


「そんなことを言われましても。祠はただの建造物ではありません。建て直すためには様々な条件の合致が必要なのです」


 祠はただ建てればいいというわけではなく、縁起の良い日を建立日に制定して、祈祷師や供え物の準備をして、やっと建てることが出来るのです。

 壊れたからと言って、すぐに建て直すわけにもいかないのです。

 もちろん村民としても早く祠を建て直したいとは思っているでしょう。

 ですが諸々の準備が整うのが、来週なのです。


『早く祠を建て直さねえと、あの村の、お前の爺ちゃんや婆ちゃんだって危険なんじゃねえのか!?』


「それをあなたが言いますか」


『…………』


 私が祠を壊したB島を非難すると、彼は口をつぐみました。

 仕方がないので、黙ってしまった彼の代わりに私が話を続けます。


「安心してください。今朝まで村にいましたが、悪夢を見た村民はいません。山の神はまず村から遠く離れたあなたたちのもとへ向かっているため、現状では村民に手を出してはいないのでしょうね」


『俺は別に村民の心配をしてるわけじゃ……その、うん』


 バツが悪くなった様子のB島は、それ以上は言いませんでした。

 その代わりに再び焦った声で自身の境遇を嘆きました。


『俺は、俺たちは、どうすればいいんだよ!?』


「残り三日、この世に未練が残らないような生き方をするしかありません」


『謝るから! もう一度祠のあった場所に行って山の神に謝るから!』


 普通なら悪夢を見たその日に謝りに来るでしょう。

 ですが彼らは現時点まで謝罪をしに来なかったのですから、同情する余地はありません。


『あの山の神に謝れば、俺たちは助かるよな!?』


 電話の向こうで泣いているのだろう声を出すB島に、私は残酷な事実を告げました。


「もちろん山の神に謝罪しに行くことは構いませんが。大切な残り時間を大幅に消費する上に、特に効果は無いと思いますよ。だって考えてもみてください。無差別に殺された過去の村民が、神様に命乞いをしなかったと思いますか?」


『くそっ! なんでこんなことに!』


 B島の悪態とともに電話は切れました。


 その後、B島、C田、D川の三人は、同じ日に亡くなりました。

 三人ともが、身体から水分が抜かれたような、異様な死に様だったそうです。




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