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第67話 汚された『観覧の儀』

ウッドモノルードの特設武舞台の周りには、人々が溢れかえり興奮に包まれていた。

あまりにも参加希望者が多く、伸びに伸びた『観覧の儀』がついに行われるためだ。


本来儀式は、参加に伴う『宣誓の儀』適齢期の女性を紹介する『観覧の儀』そして勝者が決まると『顔式の儀』という流れになっており、初日に顔見世をするのが通例だった。


しかしあまりの希望者の多さに混乱することを恐れ、決勝を前に行うと通告していた。


深く考えずに行った通告は、結果としてウッドモノルードを非常に潤した。

宿泊施設は満員状態、食事処や店は大盛況、とにかく儲かった。


かつてない状況に、本来森の賢者と謳われるほど物欲にこだわりのないハイエルフたちも浮足立ち、また訪れている民衆も、なにか浮かれているというか、タガが外れかけているような状況になっていた。


武舞台の裏側にある待機場所で、そんな様子を冷めた目でネリファルースは見ていた。


※※※※※


「モミジ、ダニーから念話でアルカーハイン大陸にあるエルフの里で大きなお祭りがおこなわれていると連絡が入った。行ってみるか?」


ギルドの依頼で薬草採取をしている茜にノアーナが問いかけた。

太陽が照り付ける中、ジワリと汗ばみ少し休憩したいと思っていたタイミングだった。


「うー。腰が…えっ?なんて?」

「はははっ、なんかおばあちゃんみたいだな」

「酷ーい!屈んでいたからしょうがないじゃん…いじわる」

「まあ、こんなに可愛いおばあちゃんなら大歓迎だけどな」

「っ!…もう…スケコマシ…」


酷い事言われた。

つかなんでそんな言葉知ってるのだろう?…解せぬ。


取り敢えず水の入ったコップを出現させて、茜に渡す。


「エルフの里でお祭りらしい。一緒に行きたいと思う」


こくっこくっと喉を鳴らしながら茜は水を飲み干した。


「ぷはー。ありがとうノル。うん私も行ってみたい…一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「今のやつとか、紅茶とか、突然出してくれるけど、どういう理屈なの?魔法…じゃないよね?魔力の動き感じないし」


「ああ、こいつは『聖言』という魔術の一種だよ。汎用性の高いものだ。あまり戦闘向きではないがな。うーん、あまり使い手がいないからな…いや今まで見たことないな」


腕を組み過去に思いをはせてみる。


「…まあ、素養がないと習得はできないから。組み込んでいないと…あっ」

「どうしたの?」


「ああ、いや…前に俺運命の人捜してるって言ったよな」

「っ!…………………うん…」


「ああっ、落ち込まないでくれ。お前たちのことが大事なのは変わらないから」

「…多分その人も使えるはずだ。俺が組み込んだ…因果がおかしくなっていなければな…そうだ…思い出した…」


突然考え始め、遠くを見るようにつぶやく光喜の姿に、何か言いようのない不安を抱える茜だった。


※※※※※


興奮に包まれざわついているところに、民族楽器が奏でる音楽が流れ始めた。

そしてハイエルフの長老が、ゆっくりと武舞台の中央へ歩いて出てくる。


一瞬静まる観衆。


その後ろからは儀式用にあつらわれた、薄い緑色のケープのような物をはおり、金色の髪飾りと美しい装飾の施された祭典用の短剣を携え、白を基調とした腰から大きく広がる斜めに二重レースで繊細に装飾された白地のドレスを纏い、上半身はぴったりとしたシルクのような上等の布で織られた光沢のある服を纏った、かつて誰も見たことのない様な妖艶さと清廉さが同居する美しい女性が歩いてきた。


どよめきが走る。


ネリファルースは強調された胸部に集まる下卑た視線に嫌悪感を膨らませていった。

だがこれも里の為。


うんざりしながらも中央へ進み口上を述べる。


「勇気ある名もなき英雄の魂よ。此度の雄姿は神々が認める大義となるでしょう。我が夫となるふさわしき魂がここに顕現なされることを」


そういって祭典用の短剣を目の前で数度振るしぐさを行い、深く頭を下げる。


「うわああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「きゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


突如包まれる大歓声。

ジワリと最前列が膨らんだ。

長老が一歩前へ出て声を上げる。


「静まれよ!これにて……うわああ??!」


長老の言葉で『観覧の儀』は終了するはずだった。

だが…


武舞台に群衆が押し寄せた。

口々に醜い欲望の声を上げながら。


「いい女だなーーー〇×〇×ーーーーー」

「おっ〇い、はあはあはあおっぱ〇いいいいーーーーーーー」

「何よ気取っちゃってーーーーーーーむかつくうううーーーーーーー」

「lrわhmfxま;じょ、ざwp―――――――――」

「!!!。。。!!・―――――――」

「色目使ってんじゃねーよ!ぶーすー・・・!!!!」

「はあはあ、めちゃくちゃにしてやるうううーーーーー」

「殺す〇す殺すーーーーーー殺して食べたいーーーーー!!!!」


余りの悍ましい暗い感情の爆発にネリファルースは一瞬、蹲(うずくま)ってしまった。

突然腕をつかまれ引きずり倒される。


「っ!…くっ…」


何十人もの悍(おぞ)ましいむき出しの暗い欲望の想いがネリファルースの動きを阻害する。


ネリファルースは非常に強い。 

だが、ここまでの悪意にさらされたことはなかった。

沸き上がる底知れない恐怖が全身を包み、撥ね退けることができずにいた。


やがてドレスははぎとられ、ケープも失い、悍ましい多くの男の手がネリファルースを汚そうと、迫ってきていた。


体中に激しい痛みが襲い掛かる。


あちらこちら力づくでつかまれ、引き裂かれ、左足はナイフのようなもので切られた。

覆いかぶさってくる獣のような欲にまみれた男を何とか振りほどいても、後から後から体中をつかまれる。


そのたびに絶望が蓄積していくようで、心が消えていくようで。


「ああ……こんな………」


ネリファルースは絶望の中、涙を流しながら、ここで終わってしまうのではと諦めてしまった。

ふとよぎる少女の頃から繰り返し見ていた不思議な夢が脳裏をかすめた。


それは不思議な夢だった。

温かい光に包まれた心から安心する場所

顔の見えない男性が優しく私の名を呼んでいる

とても心が満たされ、涙が自然に出てくる

二人は心が一緒だったみたい

大きな心が二つに分かれ

一つが私一つがあの人


子供のような笑顔でわらいあう心から温かい夢

目が覚めると嬉しいのに涙が止まらない夢…


「静!!!!」


刹那、ネリファルース以外の時が止まった。


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