『観覧の儀式』が始まる直前。
ダラスリニアは
「……くさい…いる…いっぱい」
「ダラスリニアお嬢様、何か不穏な気配がありますな。先ほどから多くの
眷族第1席の魔国軍東方総司令官で大公爵家当主のギルアデス・バランディアが胸に手を当て片膝をつきダラスリニアに問いかけた。
ギルアデスは5000年以上生きている大魔族でダラスリニアの叔父だ。
銀色に輝く髪を短くそろえ、頭には金で縁取られた黒いサークレットを装着している。
やや吊り上がり気味の太い眉に金色の鋭い瞳、高く大きな鼻の下には奇麗に揃えられた髭を蓄え、歴戦の猛者の覇気を放つイケオジだ。
堂々とした立派な体躯に黒を基調とした赤い幾つもの刺繍が施された執事服に身を包み、上品さの中に隠しきれない強者のオーラを纏っている。
右目には細かい細工を施した眼帯をしている。
魔眼持ちだ。
存在値は5000を超えており、神々や茜以外では最強の一人だ。
「…殺すのはダメ……除去…できない?」
「お任せくださいませ。このギル、お嬢様の為なら出来ぬことなどございません」
「…ありがと……おじさま」
突然の叔父様呼びにギルアデスは悶絶する。
表情には出さずに。
「ダラスリニア様―、大変です!」
そんな中、眷族第8席のマルガシュ・マナジが大声を出しながら走ってきた。
なぜかギルアデスに睨まれるマルガシュ。
「???…あっ、人がたくさん集まっている、えっと、武舞台で、反応が爆発的に増えてます。なんかやばそうですよ!消去が全然間に合わない」
マルガシュが用件を伝え、ダラスリニアが難しそうな顔をしていると、不意に空間にきしむように魔力があふれ出した。
「っ!!!?」
転移してくる魔王ノアーナと茜。
突然の圧倒的魔力に、茫然とする眷族の二人。
二人一緒に来たことに、ダラスリニアは複雑な顔をしてしまう。
「ああ、すまない。驚かせたようだ。っ!?話は後だ。ダニー」
ノアーナはそういってダラスリニアをまるで抱くように優しく包み込むとそのまま姿を消した。
とんでもない魔力の残滓を残して。
「……どこが…力を失った…だと?」
「…やばいっすね…あの女の子も」
雑踏の中二人はしばらく立ち尽くした。
※※※※※
「ダニー権能だ」
ノアーナの中から、かつてを凌駕するほどの不思議な魔力が吹き上がった。
「っ!…静!!!!」
止まる世界。
そこには雪崩のように押し寄せる欲望に目を汚した群衆が、一人の少女に向けた
止まる世界の中で、なぜか権能をはじいた少女は、髪を引きちぎられ、衣服はボロボロで体中にはひどい痣があり、左足は切り裂かれたように激しく出血して、茫然としながら涙を流しながら絶望していた。
ノアーナは心に激しい怒りを覚えながら、怖がらせないように精一杯優しく語りかけた。
回復させながら。
「お嬢さん、もう大丈夫だ。とりあえず飛ぶよ。つかまって」
混乱しているのだろう、のろのろとした動きでゆっくりと少女はノアーナの手を取った…
刹那。
ノアーナの体中に、すさまじい勢いで駆け巡る激痛のようなものが走る。
「っ!くああ!?…飛ぶっ…転移!」
意識をぶつ切りにされるような状態になりながらも、何とか転移の術式を構築。
発動と同時に動き出す群衆。
『静』の権能が切れた群衆は対象が居なくなったことにも気づかずに、対象を変え暴虐の限りを加速させた。
長老だったモノや薙ぎ倒されたもの、一瞬
地獄が広がっていた。
※※※※※
ウッドモノルードの北には通称『
とにかく遠くへ!とぎりぎりで組んだ転移の術式。
突然の体の中をぐちゃぐちゃにされそうな激痛の中、不帰の森のごく浅い場所へ4人は転移してきた。
「ぐっ…ぐああ……ふー…ふー……くうっ」
ダラスリニアと奏はオロオロとしてしまう。
一方助け出した子も、すでに気を失っていた。
「どっどっ、どうしよう?ダニーちゃん。ああ、回復…って私出来ないよ!」
「…茜…落ち着いて……ノアーナ様?」
何とか落ち着いてきたノアーナは、自らに回復を行い、一息つく。
「ふう…大丈夫だ……!?…よかった…助けられたか」
すぐ横で気を失っている少女の胸が緩やかに上下していた。
確認できたことで安心した俺は大きく息をついた。
「心配した…光喜さん…」
「…怖かった…ノアーナ様」
二人の頭を優しくなでながら、俺は想いを馳せる。
先刻のは…
彼女の、心?
…なぜ…あんなに?
驚くほど、全く抵抗することなく流れ込んできた恐ろしい意識。
ノアーナは無意識のうちに身震いするのだった。
同時になにか心が訴えかけてくるものに、漠然とした不安に駆られていた。
「…そうだ、何とかしないとな。このままだとあの里は全滅するぞ…茜、どうやらお前の出番のようだな。あれをやるぞ」
「えっ!?」
何故か固まる茜。
みるみる顔が赤くなっていく。
「ダニー、すまないがウッドモノルードに戻って事態の収拾に向けて動いてくれ。眷属に必ず魔石とリンクしろと伝えてな。頼むぞ」
そういってダラスリニアを優しく抱きしめる。
ダラスリニアの顔が赤く染まる。
「気を付けてな…絶対に死ぬな。皆で帰るぞ」
「……大丈夫…がんばる」
ダラスリニアが転移するのを見届け、すっかり赤くなった茜に向き合い再度声をかけた。
なぜかビクッと体をこわばらせ、あきらめたように溜息をつく茜。
そして呟き、叫ぶ。
「……魔法少女キラリン茜……いやーーーー!!」
体をうねらせモジモジする茜、眼がぐるぐる回りフラフフラだ。
「…アートのお墨付きなんだろ?まあ、ちょっと…うん。でも、この世界の皆は知らないから、きっと恥ずかしくは、ないんじゃないかな?はは、ははは…」
今回の事態に備え、様々なサンプルを解析した結果、やはり『琥珀色に緑』が混じる茜の魔力が最大に効果を発揮することが確認された。
そしてわれらが頭脳であるアースノート監修のもと、ついに決戦兵器となる、茜の【必殺技】が開発されたのだ。
恥じらう乙女の心の光ビーム『ラブストーム・極み♡』
それが今回の正体だ。
すなわち『魔法少女のようなコスプレをし恥ずかしいきめポーズと愛らしい表情から繰り出される、音波兵器』という結論に至っていた。
茜はもちろん猛反対。
しかし無情な実験データが、茜が恥ずかしければ恥ずかしがるほど効果が上がるとのデータがそろい、証明されてしまっていた。