(新星歴4816年8月12日)
ずっと寝ていたツワッド嬢が目を覚ましたと、様子を見に行ってくれたアルテミリスから念話が届いた。
俺はさっそく彼女が滞在している客間の前へ飛んだ。
さすがに初対面(俺は何度か顔は見ているが)の異性が突然部屋に現れたら色々不味いだろう。
それにあの時の俺は『ノル』だった。
おそらく顔も覚えていまい。
なぜか緊張してしまい、ノックをする手が震えた。
「……はい…どうぞ」
中から鈴をころがすような美しい声が聞こえ俺はゆっくりとドアを開いた。
そこには女神すら逃げ出す美貌をたたえた美しすぎる女性が、不安そうな表情でソファーに腰かけていた。
……なんて美しいんだ………
俺は顔に熱が集まるのを自覚しながらも、一歩も動けずにいた。
何度か彼女の寝顔を見たはずなのに、翡翠のような瞳に見つめられ…
まるで…一目惚れだった。
「魔王ノアーナ様?こちらへいらっしゃってください。そこではお話もできません」
ふいに告げられ思わずキョドってしまう。
…俺は中学生か?!
「あ、ああ、す、すまない。それでは失礼する」
動揺を悟られないように敢えてぶっきら棒に言い、俺は彼女の対面に腰を下ろした。
近くで見る彼女は本当に美しい。
見蕩れてしまった。
「あの、まずは感謝を。お助けいただき誠にありがとう存じます」
ツワッド嬢は立ち上がると、とてもきれいなお辞儀をした。
「ああ、受け入れよう。座ってくれ」
「はい。失礼します」
改めて彼女を見る。
アルテミリスたちが用意してくれたのだろう。
ゆったりとしたトレーナーのような物を着用し、上からガウンのような物を羽織っている。
(助かった)
体のラインがほとんどわからない格好に心から感謝の気持ちが沸き上がる。
そうでなかったら絶対に体をいやらしい目で見てしまっていた。
悶々とそんなことを思っていると、ツワッド嬢が口を開いた。
「ノアーナ様、とお呼びしても?」
「!ああ、かまわない。ツワッド嬢」
「ネリファルース、いえ、ネルとお呼びください。近しいものにはそのように呼ばれておりました」
そういってにっこり微笑む彼女。
…………やばい
………可愛すぎる。
再び固まる俺。
「………え、えっと…その…」
首を傾げ不思議そうな顔で俺を見る。
途端に顔に熱が集まってしまう。
……おいおいおいおい!
ちょうどそのタイミングでドアにノック音が響いた。
「失礼します。紅茶持ってきたよ。ネルさん、飲めそう?」
っ!…ネル呼びだとっ?
「ありがとうございます。茜さん。いただきます」
茜が紅茶とちょっとしたお茶菓子を差し入れに持ってきてくれた。
「こ…コホン。ノアーナ様?どうしたの?」
固まっている俺を見てニヤニヤしながら茜が問いかけてきた。
「い、いや、何でもない…ありがとう。茜もどうだ?」
色々説明が面倒なので『光喜さん呼び』と、茜が『転生者』であることは伏せるよう指示を出してある。
「じゃあ遠慮なく。ネルさん、隣良い?」
「はい。どうぞ……ノアーナ様のお隣ではないのですか?」
「うん。ちょっと観察、じゃなくて、何となく?ハハハ……」
コイツ面白がってやがる。
ネルが美しい所作で紅茶を飲む。
何をやっても絵になる姿に、またしても見蕩れる俺。
そしてニヤつく茜。
「コホン、ネルさん、その…」
「ネル、で結構です。命の恩人に敬称をつけられるのは心苦しいですし、何より魔王であるあなた様に不敬です。どうぞそのままネルとお呼びください。話の途中で失礼いたしました」
「ああ、いや、かまわない。コホン…ネル…えっと…」
またまた赤くなる俺の顔。
笑いをこらえて涙目の茜。
「ノアーナ様?どうされました?もしやお体の具合が…」
「っ!!!いや、大丈夫だ…すまん正直に言おう…緊張している」
「ぶはっ…クックっ…もうだめーあははははは、ひー、あははは」
遂に茜、腹を抱えて大爆笑。
「お、おまえ帰れ!」
「ひー、ひー……ホントに良いの?…ねえ、ちゃんと話せる?二人きりで」
「っ!?…ふたりきり…」
ネルの顔を見る。
コテンと可愛らしく首をかしげる。
あーまじやばい。
茜が大きくわざとらしくため息をつく。
くっ、こいつ…
「あのねーネルさん。ノアーナ様は魔王のくせに純情ちゃんなんだよ。奇麗なネルさん見て緊張してるの。信じられないでしょ?もう数十万年も生きてるのに。エッチのくせに奥手とか意味わかんないよねーホント。全く中学生かっ!」
「……?…奥手?……えっち?…中学生?」
みるみる染まる俺の顔。
そして涙目。
…ナニコレ…いじめ?
「あっ、あっ、茜?…それは…あんまりじゃ…」
「あーもう、しっかりしてよね。全く。……もうばれたんだから緊張しないでしょ。お邪魔虫は帰りまーす。チャオ♡」
そう言い残し、茜は転移していった。
……確かにさっきよりは緊張しない…かなあ?
※※※※※
茜は一人図書館に転移していた。
「光喜さんのばーか、たーこ、おたんこなす………ばか…」
膝を抱え涙が滲んでしまう……
「……嬉しそうだったな……やっぱり、あの人だ…」
しばらく呆然としていた茜だが、使命感に燃えるような表情を浮かべ、会議室へと転移していった。