(地球2023年4月30日)
都内の一等地のタワーマンションの最上階で、西園寺栄人は目を瞑り怪しい黒ずくめの男から購入した漆黒の石を握りしめ、想いを馳せていた。
理由は最後まで判明しなかったし、あの男もはぐらかしたままだった。
しかし実際にこの石のおかげで茜は17歳まで生きることができた。
茜が2歳になる前、光喜がお見舞に来た後劇的に症状が緩和された。
その後原因を探したが全く分からなった。
茜の為ならなりふり構っていられなかった俺は『ある人物が見舞いに来たら改善した』ことを、際どいルートを使い情報として流していた。
もちろん光喜の名は伏せていたが。
そんな時、いつでも黒ずくめにし、素顔すら見せないあの男が現れた。
「娘さん、ああ茜ちゃんか…くくっ…あの症状を緩和する、佐山光喜の不思議な力をストックできる鉱石があるが、必要か?…治ることはないので、あきらめた方があんたの娘は楽かもしれないがな?…ああ、当然だが…お高いぞ」
驚愕した。
全てその男が知っている事にも驚いたが、語った内容があまりにも荒唐無稽にもかかわらず、なぜか俺は疑うことすらできずに信じてしまった。
聞いたその瞬間に。
その後金に困っている光喜に割の良いバイトと偽り不思議な力を込めてもらったんだ。
力を使い灰色になった石は、光喜が磨き終わると漆黒に煌めいていた。
すべて怪しい黒ずくめの男の言ったとおりだった。
この石を持ち茜に会うと、治療も必要ないくらいに回復する。
しかし改善はしない。
だが、時間が稼げることに俺は希望を見たんだ。
後に絶望するとも知らずに。
※※※※※
改めて俺は石を握りしめる。
今日も茜の楽しそうな声が聞こえる。
冒険の旅に行っているようだ。
生き生きとしたその声に俺は自然に涙を流していた。
自分はおかしくなったのかもしれない。
何度も思った。
あの火事の後、いまだに佐山光喜の遺体は発見されていない。
今では彼は行方不明状態だ。
光喜の勤め先から何度か連絡がきた。
もちろん俺は知らないし、あてすらない。
だが。
石から聞こえるとても楽しそうな茜の声の中に、その光喜の名前が何度も出てくる。
「光喜お兄ちゃん」と嬉しそうに話す茜。
そしてだんだん回数が減ってきている、寂しそうにつぶやく「パパ」という言葉も。
声は別人だ。
だが自分のすべてをかけて愛した娘だ。
間違えるわけがない。
「ははっ…どうやら俺は本格的におかしくなったらしい」
目の前に、20年以上前に他界した、俺が憧れていた佐山夏樹が佇んでいた。
※※※※※
黒ずくめの男は意識が朦朧としていた。
もう力が届くことがなくなり、存在が揺らいでいたのだ。
「……く…そ……ちく…しょう……くそ…」
生活感のない、零れたビールはもうとっくに乾き染みになってしまった部屋で、蹲って恨み言を言うように呟く事しか出来なくなっていた。
※※※※※
黒ずくめの男は、もともと『欠片事件』の時に次元を超えた『モノ』だった。
中2の夏事故に合い意識不明に陥った時に転生した光喜。
数十万年生きて欠片事件が発生し次元を超え地球にたどり着いた『モノ』
地球への再転生の時に付いて来た幾つかの内の一つである『欠片』
そして再転生し目を覚ました光喜。
地球での1日が、あの世界で数十万年経過した理由は分からない。
だが結果として欠片事件で越えた『モノ』に、ノアーナの再転生時に零れた『欠片』から吸収した漆黒により顕現し意識を獲得したのが『黒ずくめの男』だった。
再転生後、呪いにより小さい悪意が不幸を呼び寄せ光喜に襲い掛かってきた。
中には彼の心を壊そうとする過剰すぎる悪意の時もあった。
なぜか過剰分を吸収し、理由を深く考えることなく力を増した男は、着実に悪意をはぐくんでいったのだ。
悪意の欠片は次元を超えて意識の共有を可能としていた。
事実を知った『黒ずくめの男』
そんな彼の真の目的は、因果を乱すこと。
欠片事件以降悉く邪魔をしてきた勇者茜を、過去のノアーナに合わせないために。
そして悪意の最大の結晶である『もう一人のノアーナ』に吸収させることだった。
漆黒の魔力の波動を感じられる彼は気づいていた。
茜の病気が魔力欠乏症であり、放置していれば確実に消えてしまうことに。
そして再転生後の佐山光喜でも漆黒に補給ができることを。
今の弱い茜の漆黒の状態では、悪意の欠片に吸収される確率が低いのだと。
足りないならなら供給してやればよい。
悪意を隠し偽の沙紀の声で情報を与えてやり、西園寺栄人の発した情報に飛びついたふりをし、自ら一部結晶化させたものを栄人に売り付けた。
あの異世界で存在していたもう人のノアーナに吸収させるため、確実に引き寄せられるために、悪意を含む漆黒の割合を高めるために行った。
だが悪意に特化している黒ずくめの男は見落としていた。
光喜が逃げてきた本当の理由を。
栄人が茜に向ける大きな無償の愛を。
そしてなぜこの星で生まれた茜が魔力欠乏症に陥ったのかを。
西園寺茜が生まれながらに漆黒を持っていた理由は遺伝だった。
ファルスーノルン星ではノアーナの概念により遺伝はしないが、この地球ではその摂理が働かなかった。
彼の父である西園寺栄人は、擬似的な儀式により漆黒を保持していた。
あの事故で栄人が恋焦がれていた佐山夏樹が死んだ。
光喜と接触が多く、ともに深い悲しみを共有し、魂が揺らいだタイミングで大泣きしながら抱き合った二人の涙を通じて、西園寺栄人の心にノアーナの色が紛れ込んでいた。
さらに奇跡は続く。
遺伝によりもともと備えていたために抗生物質のように、茜の心に唯一あの色に対応できる『琥珀に緑』が発現した。
弱い色は強い色に塗りつぶされると考えられていた。
実際は見えにくくなるだけだった。
光喜から抽出した魔力は、かつて茜との深い愛によって育まれたもの。
白銀を伴う漆黒と琥珀色に緑がまとう、本来弾きあう、しかし深い愛で真の絆を築いた2色だった。
『黒ずくめの男』が失敗したのは、その『琥珀に緑』の力の意味を全く理解していなかったことが最大の理由だ。
無垢な少女が父親の溢れんばかりの愛情を受け精一杯生きた17年間に紡いだ、強い『漆黒』に抵抗するために生まれた、人知を超える力を宿す『緑を纏う琥珀』
次元を超え全てを包み込まんとする大きすぎる悪意を滅ぼす、最大の切り札だったことを、見落としていたのだった。