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第80話 東京の親愛の物語

黒ずくめの男の体は、徐々に存在を失いつつあった。

自分の役割はほとんど果たせたと思っていた。


結果的には、彼の知らない愛や信愛や優しさといった力に阻まれたのだが。


「ああ……ちく…しょう………」


だが根本は悪意とはいえ、佐山光喜だ。

繋がってしまったおかげで、意識を共有してしまっていた。


「ねえ…チャン……墓…まい…り……」


虚実の影響で良く見えない顔の黒ずくめの男はふいに涙が出ていることを自覚した。

そして………


あの日亡くしてしまった姉の夏みかんみたいな匂いを感じた…


「…はっ……な、ん…で……」


運命の女神ナツキが黒ずくめの男を優しく抱きしめた。


「まったく。光喜は馬鹿だね。ほら姉ちゃんに任せな…相変わらず意地っ張りだ。弟は姉に甘えても良いんだぞ……光喜を助けてあげな」


暖かい光が当たりを包む。

黒ずくめの男は最後に救われた。


「うるせーよ……………ごめんなさい…姉ちゃん」


キラキラと光の粒になり、黒ずくめの男は消えていった。


「まったく。さてもう一人だね……はあ、純な男はめんどくさいね…まあ、それが良いんだけどね…待っててね…栄人君」


光る靄を残しナツキは消えていった。


※※※※※


俺の前に姿を現した夏樹さんが優しく俺に微笑んだ。


もうおかしくなってしまおうがどうでもいい。

涙が自然に零れてきた。


「なつき…さん?…ははっ、そんなバカな…あれから…グスッ…何年……ひっ…ぐふ…ひっ……経って…うあ……ひっく…」


俺の目の前にいる夏樹さんは憧れていた時と同じ姿だった。

そして、とても美しい……


ナツキは栄人を優しく抱きしめる。


夏みかんみたいないい匂いに包まれ、ついに栄人は我慢の限界を超え、まるで小さな子供のように泣きじゃくった。


「良いんだよいっぱい泣いても。頑張ったね栄人君。ずっと一人で…」

「うううう、うあああああ…ああああああああああああ……」


ナツキは優しく栄人の頭をなでる。

慈しむように、安心させるように。


「あああああああああああああああああ、ああ、うああああああああああ…」


優しい光が二人を包んでいた…

栄人は憧れの人の匂いに包まれながら、悲しみが薄らいでいくように思えた……


そして優しい光と憧れていたぬくもりに、壊れかけていた心が、治っていく気がしたんだ。


どのくらいそうしていただろうか。


防音に優れたこの部屋には、自分の息遣いがやけに大きく聞こえていた。

そして泣き止んだ栄人は、急に恥ずかしくなり、慌ててナツキの抱擁から抜け出した。


「夏樹さん…ですよね?…なにが…なんだか……っ!?」


先ほどまでのまるで聖母のようなオーラが霧散し、いつもの暴君らしい太々しい態度に豹変した。


本能的に思わず気を付けのように背筋を正して直立してしまった。

夏樹さんは大きくため息をついて、俺に語り掛ける。


「あのねえ、あんたもういい大人でしょ?いつまでもクヨクヨしない!全くあんたといいうちの馬鹿弟といい、いい加減にしなさい。わかった?分かったら返事!」


「は、はいっ」


夏樹さんは蕩けるような笑顔で笑いながらささやいた。


「はい、良くできました。褒めてあげよう………よく頑張ったね」

「っ!!……はい!」


俺は泣き笑いしてしまった。


※※※※※


リビングのソファーで向かい合いながら俺は夏樹さんに問いかけた。


「正直混乱しています。どういうことなのでしょう」


いやーいい部屋だねー。さすがお金持ちだーとか言いながらキョロキョロしてる夏樹さんが俺の方を向いた。


「んー?わたしもちょっと前に目が覚めたんだよね。運命の女神らしいよ」


あっけらかんと言う。

運命の女神?


「まあ、そんなことはどうでも良いよ。それより時間がないらしいから用件だけ言うね」


…どうでもは良くないよな?…まあ、夏樹さんだし…?


「茜ちゃんは別世界で元気に生きている。ただ困ってる」

「えっ?…でも」


俺はちらっと漆黒の石を見る。


「そう、その石が原因。栄人君の想いが強すぎて、先に進めない」


そういっておもむろに石を取り上げる。


「あっ…」

「これは良くないものなんだ。栄人君の命を吸い込んでいる。死ぬよ?」


「っ!…」


そういって石がキラキラと霧散していき、半分くらいが消えていき、半分くらいが俺の中に入ってきた。


「!!!???……なんだ?…これ…」


悲しみが消えていく…力が…溢れてくる……


「はい、もう悩まない。この世界ではもう亡くなったんだ。可哀そうだけどどうにもならない。今はね」


「?……今は?…??」


「ああ、時間がやばい。あと一つくらいかな?」

「……???」


「沙紀ちゃん、覚えてるよね?」

「っ!…忘れたことないです」


「彼女は今茜ちゃんと一緒にいるよ。お母さんとは言ってないし、認識できてないから。あれ?ああ認識したみたいだね」


俺は自然に涙があふれてきた。

あの二人が一緒にいる…


「だから…」


夏樹さんが立ち上がり俺の隣に来た。

体が透けてきている

突然キスしてきた


「んん…んあ……んん」


「ごめんね。私を好きでいてくれてありがとう。だから来られたんだ」

「…なつき、さん…」


「そんなに泣いたらいい男が台無しだぞ?」

「バイバイ…ちゃんと寿命で死になさい…また会えるよ。みんなにね」


夏樹さんはキラキラ輝く光に包まれ消えていった。

俺は呆然と見送るしかできなかった。


自分の唇をさする。

不摂生でガサガサだ。


俺は涙を乱暴に拭いて立ち上がり、デスクに向かった。

スマホの電源を入れた。

恐ろしいほどの着信件数に思わず吐き気がしたが……


「ありがとう夏樹さん。精一杯頑張るよ。沙紀と茜に笑われないように」


西園寺栄人の時間が動き出した。


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