(新星歴4817年12月26日)
吹雪に見舞われたミユルの町は、久しぶりに晴天に恵まれた。
「やっと外を歩けるな」
宿他の住人になりつつあったナハムザートは三日間もずっと宿屋の部屋にこもりっぱなしだったのだ。
三日間、何となくネイルを目で追っていたが、一向に親の姿は見えなかった。
おそらく呪いであろう波動は徐々にではあるが強くなっている気がした。
「うーん。いきなり親はどうしたってのはな……まあ今日は取り敢えず町を回ってみるか」
ナハムザートは独り言ちると、町の大通りを抜け細い路地を進んでいった。
今までの経験上、悪意は薄暗いところが好きなようだと当たりをつけていた。
「やめてっ!だめ、そのお金はっ」
少し奥まったところで突然女の子の声が響いた。
「っ!ネイル?」
ナハムザートは慌てて駆け付けた。
ネイルが地面に這いつくばり、15~16歳くらいのガラの悪い男が三人で何やら布袋を開き、中を確認しているところだった。
「返してっ!それはお薬を買うお金なの!返してよ」
一人の男がへらへらしながら足を振り上げた。
蹴るつもりのようだ。
ナハムザートはネイルの前に立ちはだかった。
「おいおい、男三人でか弱い女の子一人にずいぶんじゃねえか」
ナハムザートは目を細くし、男を睨み付けた。
「な、なんだよ。おっさんには関係ないだろ?引っ込んでろよ」
もう一人の男が震えながら俺に口を開く。
「関係ならある。俺はこの子の宿屋の客だ。とりあえず取ったもの返せ。そうしたら見逃してやる」
圧を乗せて威嚇する。
途端に失禁し座り込む三人の男たち。
布袋を放り出して逃げていった。
「ふう。………ネイル、怪我してないか?」
そう言って優しく手を引いて起こしてやる。
何故かネイルの目がキラキラしていたが。
「あ、ありがとう。ナハムザートさん……ヒック……グスッ……」
怖かったろう。
まだ10歳くらいだ。
俺はネイルを優しく抱きしめ頭をポンポンしてやった。
「うあ……ひっく……ああ……うああああああ………」
堰を切ったように泣き出すネイル。
俺はそっともう少し強めに抱きしめてやった。
ネイルが泣き止むまで。
暫くして泣き止んだネイルは俺に事情を説明してくれた。
「お母さんが病気になっちゃったの。お父さんはこの前漁に出て、事故にあって……」
「そうか。………大変だったな。それで薬か?」
「うん。お父さんがしばらく働けないから、わたしがマサオさんの店でたまに手伝っているの」
「ん?お父さんは怪我で済んだのか?俺はてっきり………」
「んーん。お父さんは船が岸にぶつかって、転んで骨折したの。今は診療所で入院中」
「そ、そうか。うん、良かったな。命に別状なくて」
やべえ。
変な勘違いして泣きそうだった。
思わず顔が赤くなる。
「?……うん。まあ入院しているからお金は大変なんだけどね。ナハムザートさんがいっぱいくれたから大丈夫だよ」
「おう、役に立てたならよかった」
目をキラキラさせて、薄っすら顔を赤くしながらネイルは嬉しそうに話していたが、突然暗い顔をし始めた。
「でも………おかあさんが……診療所の人が、良く解らないって言っていて……」
まだ小さい女の子だ。
母親のことだ、心配だろう。
「なあネイル。俺な、実はちょっとした治療ができるんだが、良かったらお母さん診せてくれないか」
「えっ?本当?うん。診てもらいたい」
「分かった。とりあえず俺が診るから、薬は後にしような」
「うん。ありがとうナハムザートさん」
「まあ、絶対に治るってわけじゃないからあまり期待はするなよ」
元気になったネイルと一緒に俺たちは宿屋へ戻った。
※※※※※
結果は黒だった。
アグアニード様から預かった『琥珀石』が反応したのだ。
俺はすぐに魔力を流し、ネイルの母親、ナノルーノの悪意を消去できた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
ナノルーノが俺に頭を下げる。
その横でネイルがキラキラした目で俺を見ていた。
「ああ、気にしないでくれ。むしろあんたが治ってよかったよ。これでネイルも心配事が減ったってもんだ」
「ぜひお礼を………」
「俺はこの宿屋の飯が気に入っているんだ。大盛りで頼む」
ナノルーノは目を見開き、涙ぐみながら俺に告げた。
「はい、腕によりをかけますね。期待していてください」
「ああ、楽しみにしている」
「治ったとはいえしばらく寝ていたんだ。いきなり無理はするなよ?ネイルが悲しむ」
「っ!……ありがとうございます」
「あー、一ついいか?ナノルーノさんはいつから具合が悪くなったんだ?」
そこでずっと黙っていたネイルが口を開く。
「今月の始めに、お城のメイドさんをやめた人が泊ってからだと思う」
「こらっ、勝手にお客さんの事を言ったりしたらダメでしょ」
「だって、あの人の目、すっごく怖かったんだもん」
涙を浮かべネイルはナノルーノを見つめた。
ナノルーノはため息をついて、俺に向かいゆっくりと話し始めた。
「実は今月の初めに、突然首にされた宮殿の侍女だった方が、うちに泊まりに来たのです。何でも騙されたらしくて、冤罪を押し付けられて、死罪になりそうなところを逃げて来たって」
「そりゃ、穏やかじゃないな」
「ええ。その人飲んだことないらしいのにすごく酔っぱらって…介抱した後から急に気分が悪くなったんです」
「その侍女さんは?」
「朝起きたらいませんでした。まあ料金は先払いですからそれは良かったんですけど」
そいつだ。
俺の感が言っている。
「感染するからねー。気を付けて―」
アグアニード様が言っていた。
俺は嫌な汗が背中に流れるのを感じていた。