(新星歴4817年12月27日)
魔刻計が11時を表示していた。
俺は強制的な念話をドルグ帝国皇帝ディードライル・ドルグ・オズワイヤに送り付けた。
『ディード、聞こえるか?俺だ。ノアーナだ』
『っ!?ノ、ノアーナ様?何が…』
『今から行く。半刻後だ。用意しとけ』
『はっ!かしこまりました』
『どこへ行けばいい?』
『私の執務室で……何名でしょうか?』
『四人だ』
『……かしこまりました。お待ちしております』
ぶっきら棒に用件だけ告げ俺はソファーで軽くため息をつく。
「ノアーナ様。準備は整ってございます……お優しいですな。半刻後とは」
「どうせならしっかり話したいからな。ある程度の事情は考慮するさ」
「では半刻後にこちらへまいります。ナハムザートも連れてきましょう」
「ああ、頼んだ」
ムクはきれいなお辞儀をして出ていった。
「………アート、今良いか?……場所は分かるな。来てくれ」
今は隣にネルがいる。
流石にアイツも『
空間が軋み、アースノートが転移してきた。
「お待たせしましたですわ。ノアーナ様♡」
わきまえてねぇぇ?!!
いつもの緑の着ぐるみではなく、なぜかセーラー服のような物を着用したアースノートが短いスカートからまぶしい美脚をのぞかせ、俺の膝の上に乗ってきた。
スカートがめくれ、なまめかしい太ももが密着し、俺の顔を胸に包み込むように頭に抱き着く。
柔らかい感触が俺の顔を包み込んだ。
メチャクチャいい匂いがする!っく、コイツまた媚薬の類か?
「あーん♡ノアーナ様あ……あーしを好きにしてくださいませ♡」
そしてハアハアし始めるアースノート。
くっコイツ、いつもと違う格好だと?
?!さらに超絶美少女フェイスに化粧だと?
やばいギャップにやられそうだ。
完全に俺の趣味を捉えてやがる!!
横で一部始終を見ているネルが大きくため息をついてアースノートを引っぺがした。
「アースノート様?今はそんなことしている時間はございません。コホン。ノアーナ様?そうですよね」
思わず固まる俺とアースノート。
「ああ、もちろんだ」
ちょっと声が裏返ってしまった。
「仕方ありませんわね」
アースノートも一瞬でいつもの着ぐるみ、ぐるぐる眼鏡に戻った。
………なにその無駄に高い技術。
※※※※※
「アート。帝国の宮殿を数か所監視したい。何かいい魔道具はあるか」
落ち着いた俺は目の前に座っているアースノートに問いかけた。
ネルはちょっとご機嫌斜めだ。
下を向いてぶつぶつ何かをつぶやいている。
「……………ああいう衣装がお好きなんですね」
「???」
………小声で何か言っているが聞き取れない。
するとアースノートのぐるぐる眼鏡が怪しい光を放ちはじめ、ごそごそと着ぐるみの中に手を突っ込んでハアハアと息を荒げ、何かを取り出した。
「『見る聞く何なら匂いまでくん7号』ですわ♡」
それは1cmくらいの四角い箱のようなものだった。
「これの半径三十メートルを、録音・録画などができますわ。もちろん稼働と同時にステルス機能が作動しますので見つかりませんわ♡はあはあはあ…ノアーナ様のエッチ♡」
「なっ!?……違う、そうじゃない。不穏な動きがあるんだ。先手を打ちたい。あと琥珀石もいくつか欲しい。できれが自動タイプだ」
「分かりましたわ♡では『見る聞く何なら匂いまでくん7号』を五個と、琥珀石の自動タイプを三十個くらいでよろしいでしょうか」
「ああ、助かる」
ちょうどそんなところにムクとナハムザートが顔を出した。
ムクは執事服だが、ナハムザートは格好いい軍服のようなものを着ていた。
「ナハムザート、よく似合っている。これなら皇帝と会っても問題ないな」
「おはようございますノアーナ様。ははっ、ちょっと照れくさいです」
「……話しにくそうだな。もっとフランクでいいぞ……命令だ」
「っ!…ありがとうございやす。そうさせてもらいやす」
ごそごそと頼んだものをテーブルに出すと、挙動不審になったアースノートが声を出した。
「じゃ、じゃあ、あーしは、か、帰りますわね」
アースノートは転移していった。
……忘れてた。
アイツ人見知りだ。
ナハムザートは俺に集中していたらしく気が付かなったようだが、ムクはガン見していたからな……まあしょうがないか。
※※※※※
時間は少しさかのぼり、ノアーナが念話を送る一刻ほど前。
ドルグ帝国サザーランド宮殿では動揺が広がっていた。
第二皇子の部屋で、三名の侍女が死体で発見されていた。
全員汚されており、体中をめった刺しにされた状態で、ほぼ即死状態。
9時くらいに掃除に向かったメイドが大騒ぎし、気付いた衛兵が発見した。
第二皇子は公務で新しい婚約者を連れてガイワットの町の港の視察に向かっていて、8時ごろ出立したらしい。
「おい、スリーダル老師とルミナラス女史をお呼びしろ。原因を調べなければならん」
宰相のオツルイト・イドリドクが指示を出す。
「陛下にご報告は?」
「っ!まだです」
「分かった。私から伝えよう。亡くなったものには酷(むご)い話だが検証せねばならん。現場は保存しておけ」
「老師と女史が来たら私に伝えよ」
「当然ながら話を漏らしたものには厳罰を与える。宮殿から人を出すことは許さん。各自行動せよ」
「「「はっ!」」」
矢継ぎ早に指示を出し、走り去る衛兵を見ながらオツルイトは苦虫をかみつぶしたような顔で思わずつぶやく。
「ダリル殿下………」
「………何かがおかしい」
最近第二皇子近辺で起こる不穏な事故。
遂に目に見える形で死者を出してしまった。
もし万が一ダリル殿下が手を下していればもはや庇い立てはできない。
何か大きな恐ろしいものが近づいてくるような、源泉の分からない不安にオツルイトは身を震わせた。