サザーランド宮殿の第二皇子の部屋では、宮殿付きの魔導士であるスリーダル老師と魔導協会に派遣されているモンテリオン王国のルミナラス女史が現場で魔術と精霊術を展開させ、検証を行っていた。
スリーダル・ナナラダは覚醒を果たした賢人の一人で、すでに120歳を超えている。
家名であるナナラダの一族は総じて魔力が強い家系だ。
彼はその中でも異例の天才だった。
魔術特化だが存在値は800を超えている。
長い白髪を後ろで縛り、皴の多い顔にギラリと鋭い茶色の瞳が印象的だ。
人の身で習得できる魔術はほぼ会得し、今は魔力の残滓から状況の再現を試みていた。
一方魔術協会にモンテリオン王国から派遣されている天使族のルミナラス・フィルラードは精霊術を習得し、さらに古代魔術にも精通している天才だ。
天使族では本来到達できない高すぎる存在値は1000を超えている。
噂では風の大精霊龍と契約したとまことしやかにささやかれていた。
天使族には珍しい煌めく黒髪をサイドでまとめ、金色と銀色のオッドアイが目を引く美しい女性だ。
寿命の短めな天使族ではあるが、溢れる魔力が100年以上生きている彼女を、みずみずしい妙齢の姿に保っていた。
彼女は精霊に問いかけ、この部屋での顛末を精査していた。
「スリーダル老師、呪いですね」
「うむ。………ルミナよ長い付き合いじゃ。いつも通り呼ぶがよい。くすぐったいわ」
「…わかりました。ダルじい、これ、やばくないですか?あまりにも後押しが強すぎる。『オーブ』の比じゃない」
ルミナラスは精霊と語りかけながら、痛ましい被害者に目をやった。
「ああ、原因がどこかにあるはずじゃ。ここには発生ではなく持ち込まれた形跡しかないからのう。むごい事じゃて。うら若き乙女が……」
スリーダルは展開させていた魔術を解きため息をつきながら吐き捨てた。
「……ええ。そこの方、良いかしら。検証はもう済みました。この女性たちを丁寧に弔ってはいただけませんか?あと先ほどの琥珀石を一つ頂きたいのですが」
部屋に置かれていたあまりにも複雑で『美しい術式が理解出来ないくらい十重二十重に施された琥珀石』を見て思わず問いかけていた。
もちろんこれを魔王が供給してくれたものだと聞いてはいたが、研究心に火が付いたのだ。
「っ!?…わしも一つ欲しいのじゃが」
すかさず便乗するスリーダル。
天才の好奇心は尽きないらしい。
「ははっ、ダルもルミナも久しぶりだ。それは俺がディールにやったものだ。お前たちには俺が新しいのをあげるさ。それで我慢しろ」
困っていた衛兵の横から、極帝の魔王様が現れた。
「ノアーナ様!」
思わず抱き着くルミナラス。
優しく受け止め髪を撫でるノアーナ。
ルミナラスの頬が赤く染まる。
「コホン!!」
「こほん!!」
反射的に咳払いをするネルと茜。
この女ったらしめ!!
二人の物言わぬ瞳がノアーナに突き刺さる。
ノアーナは特に気にもせずにルミナたちに問いかけた。
流石鋼のクズ男。
こういうことをサラッとこなすのだった。
「どうだ?何かわかったか?」
「はい。呪いです。とても強力な。オーブはきっかけだけでした。これは違います。強い誘導を感じます」
ルミナラスは悔しそうな顔で俺に告げた。
「再現で見えた光景は吐き気を覚える物でした。意識があるのにそれを無視して強制的に操る。しかも波動だけで。呪物がないのにもかかわらず。……これがばら撒かれれば早晩帝国は滅びましょう」
スリーダルがため息交じりに俺に伝えた。
「ああ、お前たちは優秀だな。俺の部下に欲しいくらいだ」
「っ!?」
「っ!?いきます!!」
立場の違いか想いの違いか二人の返事は異なった。
食いつきの激しいルミナラスにはちょっと引いてしまったが……
「すまん冗談だ。お前たちだって立場があるだろうに。まあそれは置いといて、原因の娘のことは解決した。おい、宰相は居るか?」
あわただしく動き回る衛兵の一人に俺は問いかけた。
いつの間にかムクとナハムザートが手伝っている。
うん。
やっぱり優秀だ。
「はっ、すぐにお連れいたします」
きちっとした礼をし、走り出す衛兵。
そして数分で宰相のオツルイト・イドリドクが顔を出した。
「魔王陛下、お疲れのところ誠にありがとうございます。お呼びと聞いてまいりました」
後ろから皇帝のディードライルも駆けつけてきた。
「魔王陛下、ありがとうございます」
肩で息をしている。
こういうところが民や部下から愛されるのだろうな。
「ダリルの件はそういう事だ。俺に任せろ。婚約者、メレルナの部屋はどうなっている」
「はっ、現状封鎖しております。誰も入れておりません」
「警備のものに琥珀石は持たせたか?」
「は、ご指示の通りに」
「分かった……茜」
「はい」
俺は茜に目を向けた。
つられて皆が目を向け驚愕に染まり動きを止める。
「浄化を頼みたい。魔力は平気か?」
「うん。100回は行ける」
まじか?
やばい、全くかなう気がしない。
そして浄化が完了した。
そして予想通りメレルナの部屋はかなり弾かれたようだ。
「行くか………あまり気が進まないが」
間違いなくオーブ以上のものがある。
精神耐性が高い者以外は瞬間的に乗っ取られる可能性があるだろう。
「お前たち、精神耐性は鍛えているか?」
多分俺レベルでないと熟練度は確認できない。
皆、どうすればいいかわからいといった表情で佇んでいる。
「おそらく耐性熟練度が低いものは一瞬で取り付かれる。お前たちが許可してくれるのなら俺が今確認できるがどうする」
結局全員見ることになった。
まあ茜とネルとムク、ナハムザートは問題がないので他を確認した。
※※※※※
【ディードライル・ドルグ・オズワイヤ】
【種族】ヒューマン・エルフ(ハーフ)
【性別】男性
【年齢】122歳
【職業】皇帝・魔剣士
【保有色】赤
【存在値】411/1000
【経験値】41102/41200
【特殊スキル】
『覇気』
【固有スキル】
『魔法剣5/10』
『宣誓』『任命』
【保持スキル】
『物理耐性3/10』『魔法耐性2/10』
『精神耐性6/10』『基礎魔法4/10』
『格闘術6/10』
【状態】
正常
よし。
精神耐性6に到達している。
因みに
【1:習得】【2:使用可能】【3:効率化】
【4:熟練】【5:能力強化】【6:複数化】
【7:同時展開】【8:マスター】【9:伝説級】
【10:神級】
となっている。
魔法では熟練度が5以上ないと転移はできない、
習得できているのはおそらく全人口の1%にも満たないだろう。
精神耐性も最低でも5を超えないと今回の案件には対処ができないはずだ。
【オツルイト・イドリドク】
【種族】ヒューマン・天使族(ハーフ)
【性別】男性
【年齢】82歳
【職業】宰相・鑑定士
【保有色】茶
【存在値】174/800
【経験値】17447/17500
【特殊スキル】
【固有スキル】
『鑑定2/10』
【保持スキル】
『物理耐性1/10』『魔法耐性3/10』
『精神耐性3/10』『基礎魔法3/10』
『格闘術2/10』
【状態】
正常
やはりな。
残念ながらオツルイトは同行しない方がよさそうだ。
……意外だ。
鑑定持ちとは。
【ルミナラス・フィルラード】
【種族】覚醒天使族
【性別】女性
【年齢】107歳
【職業】大賢者
【保有色】水色・金
【存在値】1004/2000
(大精霊の加護により種族上限突破)
【経験値】100438/100500
【特殊スキル】
『精霊召喚』『健康』
『精霊術6/10』
【固有スキル】
『古代魔法5/10』『精霊語』
【保持スキル】
『物理耐性2/10』『魔法耐性7/10』
『精神耐性7/10』『基礎魔法8/10』
『格闘術4/10』
【状態】
正常
【称号】
大精霊龍の友
正直驚いた。
凄いな彼女は。
精神耐性は申し分ない。
………セリレの友達?
【スリーダル・ナナラダ】
【種族】覚醒ヒューマン
【性別】男性
【年齢】122歳
【職業】大魔導師
【保有色】橙・銀
【存在値】832/1500
(覚醒により種族上限突破)
【経験値】83260/83300
【特殊スキル】
『魔導の泉』
【固有スキル】
『魔法合成』
【保持スキル】
『物理耐性2/10』『魔法耐性6/10』
『精神耐性5/10』『基礎魔法9/10』
『格闘術2/10』
【状態】
正常
さすがナナルダに名を連ねることはある。
精神耐性も問題がない。
※※※※※
「よし皆、確認した。詳しく知りたいものは後で教えよう」
そう言うと皆頷いてくれた。
ルミナラスはなぜか興奮した顔をしている。
取り敢えず目配せだけしておいた。
「あとで」と。
「オツルイト、すまないがお前の耐性値では同行は難しい。ディードを同行させる。立場上思うこともあるだろうが今回は引いてくれ」
「はっ、かしこまりました。陛下、よろしく頼みます」
「うむ。お前は引き続き事態の収拾に勤めよ」
「はっ」
オツルイトは衛兵に指示を飛ばしながら足早にこの場を立ち去った。
「ディード、案内を頼む」
「こちらです」
デイードライルを先頭に歩き出す。
「みな耐性があるとはいえ今回は間違いなくオーブ以上だ。いざという時の為に茜がいるが気を引き締めてくれ」
そして出会う。
悪夢の再来と。