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第116話 概念を超える天才ちゃん再び

「師匠!今日こそは私の料理でその偉そうな顔をひっくり返してやりますよ!!」


ラミンデ・エルスイナの自宅の台所で、怪しい食材を前に興奮しているリナーリアが鼻息荒く言い放った。


「別に偉そうにはしていないし、お前の作る飯がうまいのは認めているのがだな?」


ラミンデは診療所の今日の記録を見ながらそんなことをリナーリアへ告げる。


「いやいやいや、いつも「うむ」とか「ああ」とかしか言わないじゃないですか。わたしが求める反応は、美人な師匠が涙を流しながら感動に打ち震える姿なんです。はあ~萌える」


発言がいちいちおかしいリナーリアに呆れながらもラミンデは違うことを問うた。


「そんなことよりお前、少し魔力を押さえたらどうだ?いつも全力でやるから患者が怪我する前より元気になっていくじゃないか」


吹きこぼれそうな鍋を慌てて火を弱めながらリナーリアは返事をする。


「アチチっ、えー普通ですよ?魔力切れもここの所感じたことないし」


慌てて水魔法で自分の手を冷やす。

ラミンデはそんな様子のリナーリアをじっと見つめた。


「………確かにな。全くどうしてお前はここにいるんだろうな。お前の魔力量ならどこの国も放っておかないだろうに」


リナーリアは笑顔で答える。


「えー、そうしたら誰が師匠にご飯作るんですか?師匠の胃袋は、わたしがつかんで離しませんから」

「そういうのは掴まれた方が言うのだがな……まあ、いつも助かっている」


思わず微笑んだ。


「っ!?キター。師匠のデレ顔♡はあはあ、ご飯3杯イケそうです」


取り敢えず風魔法をぶつけておいた。


「痛ーい、酷い!師匠!」


※※※※※


(新星歴4817年12月27日)


アルカーハイン大陸は比較的暖かい気候ではあるもののやはり冬は寒い。

暖炉の柔らかい暖かさに包まれながらラミンデは物思いにふけっていた。


最近町の精霊たちがピリピリしていて、あまり相手をしてくれないのだ。

寒いせいもあるかもしれないが、そこはかとない寂しさがラミンデの心を冷やす。


元々精霊は気まぐれだ。

むしろ話ができるだけでもラミンデが稀有な才能の持ち主であることの証明なのだが。


それでも聞こえてくる精霊たちの不安な言葉。


「怖いものが来る」

「黒いの」

「いやだいやだ」


そんな声を発して、全然寄り付いてくれない。


思わずため息が零れてしまう。

壁を覆う可愛いミニチュアの服が最近少し増えた。

近所の娘たちの間ではやっているらしい。


暖炉の薪がパチパチと音を立てた。

そんな優しい音と壁の装飾が落ち込んだ気持ちを少し癒してくれる。


そして思考は別の事に思いをはせる。


この前来た茜という勇者。

あんな化け物がこの世界にいる理由。


「何もなければいいが」


そんなことをつぶやいた。

窓辺できれいに葉を赤く色づかせているポインセチアが、今が寒い冬だと告げていた。


※※※※※


いつものように診療所が終わった夕暮れ時、リナーリアは師匠ことラミンデの自宅で鼻歌交じりに料理をしていた。


突然空間が軋み魔力があふれ出す。


「っ!?」


当然結界は展開している。

相当の実力者だ。

ラミンデは自分の魔力を練り上げる。


そしてかつての弟子が現れた。

天使族の天才、ルミナラス・フィルラードが転移してきた。


「お久しぶりですラミンデ師匠」


以前修行していた頃よりも濃密な魔力を纏い、相変わらずの美しい姿でにっこり笑うルミナラスに何故か不安を感じた。


「めずらしい客人だ。……10年ぶりくらいか?」

「ええ、ご無沙汰しています。…リア!久しぶり」


リナーリアは突然の闖入者に警戒していたが、見知った顔に露骨に嫌な顔をした。


「げっ!ルミねえ………」


美女・美少女好きなリアには珍しい反応だ。

まあ、まだ小さいころに何度もガチで説教されれば苦手にもなる。


「大きくなったねリア。すっかり大人だね。じゃあ行こっか」


突然ルミナラスがリナーリアの手をつかむ。


「はっ?……えっ?…なに?……ええっ?」

「師匠、ちょっとこの子借ります。明日には戻ってきますので」


そして転移していった。


「あわただしいことだ。…………ふむ」


取り敢えず台所の火を止め、作りかけの料理を見やり、夕食どうしようと悩むラミンデだった。


※※※※※


連れてこられた場所は、正に戦場のような場所だった。


多くの人たちが怪我をし、ロクな治療もされずに苦しんでいた。

ざっと100人位は居るだろうか。

怪我人特有の何とも言えない匂いが充満している。


「ルミねえ、なにこれ?どうして治療しないの?ああ、痛そう」


不安そうにオロオロするリナーリア。


「リア、手伝ってくれる?ちょっと魔力切れで」


特に説明もせず促すルミナラスに、いまいち良く判らないリナーリアだったが取り敢えず回復の魔法を紡いだ。


「えっ?そうなの?分かった………エリアハイヒール!!」


リナーリアを中心に、広範囲で回復を促す緑の魔力が全ての怪我人を包み込む。

キラキラと纏う魔力が、まるで逆再生のように傷を復元していく。

普通のエリアハイヒールの常識を完全に無視しているが、リナーリアは気づかない。

これはいつもの彼女の魔法の効果だった。


1回のエリアハイヒールで、全ての患者が回復した。

その様子に、治された市民や兵士たちから歓声が上がる。

ルミナラスはその光景に身震いしながら目を見開いた。


「はい、オッケー。……他は………ん?…ルミねえ?」


突然固まるルミナラスに意味が分からないリナーリア。


「すごい………」


さらに『怖いお姉ちゃん代わり』に尊敬の目で見られますます混乱するリナーリア。


「えっ?なになに?ちょっとルミねえ、なんなの?まじイミフなんですけど」


そして再びつかまれる腕。


「ちょっ、ちょっと痛いよ、ええええっ?」


再び転移されてたどり着いたところは、怖いくらい奇麗な男性が苦しそうにしている横で親友のネルが目を腫らし泣いている寝室のような場所だった。


「ええええーーーーーー???」


もう意味が全く分からないリナーリア。


さらに突然大好きなネルに抱き着かれ、思考のキャパを超えた彼女が目を回すのは当然の結果といえよう。


※※※※※


「……はい。……多分いいと思うけど……」

「………近くで見ると、とんでもなくいい男だね」


落ち着いたリナーリアがノアーナに対して上位のオーバーヒールを使用した。

そしてまじまじとノアーナの顔を除きこみ、うっすらと顔を上気させる。


周りの皆は訝しげな顔をしながらも静観し状況を見つめていた。


「……ん……うう………」

「っ!?」


真核が引き裂かれるように奪われ、限界まで力を使いムクを治療し、崩れるように倒れ伏したノアーナが目を開いた。


ネルの心を込めた回復術やルミナラスの古代回復術式、スリーダルの魔法合成スキルでとことん強化した最上位回復魔法でも、ほとんど改善されなかった症状がリナーリアの1回の魔法で目に見えて回復していったのだ。


「ノアーナ様!!」


堪らず飛びつくネル。


「ノアーナ様……あああ、ノアーナ様……よかった……グスッ……ヒック……‥」


ノアーナの手が優しくネルの髪を撫でる。


「……ごほっ……ふう……ネル………心配かけた……」


ベッドで上体を起こしネルを抱きしめる。

そして美しい銀眼が真直ぐリナーリアを射抜いた。


儚げに優しい気持ちを纏った銀眼は、自称百合ちゃんの心の障壁をぶち壊すにはあまりにも破壊力が強すぎた。


さらに紡がれる感謝の言葉が耳に心地ちよく響く。


「ありがとう。君が助けてくれたんだね。心から礼を言う」


そして全身を駆け抜ける初めての感情。


何これ何これ何これナニコレ?!………やばいやばいやばいやばい!!

全身が心臓になったんじゃないかと思うほど激しい高鳴りに思わず動揺してしまう。


「あっ?いや、えっと…ごちそうさまでした?」


意味不明なセリフを吐くリナーリア。


「あ、違くて、その……えっと……どういたしまして……」


そして真っ赤になり顔から湯気を出す。

そんな様子を冷めた目で睨み付け、ため息交じりに吐き捨てるルミナラス。


「………こいつまで」


そんな小さなつぶやきは誰にも届かなかったのだが。


そのあと、リナーリアは感情の高ぶったネルからの熱い抱擁にだらしなく顔を緩めたり、立ち上がるまで回復したノアーナの『あいさつ程度の軽いハグ』に茹でダコのように真っ赤に顔を染めたりと、慌ただしい時間を過ごした。


「帰るわよ」


そう言って何故か青筋を立てたルミナラスに突然腕をつかまれ師匠の家へと帰るまで。


そして作りかけのご飯をとりあえずお皿に盛ってぼそぼそと食べているラミンデを見て驚きのあまり目を回したのだった。


「今日は泊っていきます。リナーリア?お姉ちゃんと一緒に寝ましょうね?!」


何故かくどくどと意味の分からない注意を受け、涙目になって眠りにつくまで……


リナーリアの運命を変えた一日は、過ぎていくのであった。


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