(新星歴4818年1月4日)
正月にすべての運を使い果たしたのではないかと心配になったが数日間にわたり、たっぷり心の栄養を補充できた俺はネルとともにグースワースに転移した。
ネルには
「もう、しょうがないですね。……皆とても奇麗でしたし」
とか拗ねられたりもしたが。
俺が執務室に飛ぶと、大切な部下たちがそろっており、跪(ひざまず)き一斉に頭を下げた。
そしてムクが口を開く。
「心優しき慈悲深き我が主ノアーナ様。我々部下一同、本年も力の限りお仕えさせていただく事、どうぞお許しいただきたく」
やたら丁寧な口上に、俺は思わず戸惑ってしまう。
ネルは改めて熱っぽい瞳で俺を見つめていた。
「ああ、こちらこそ頼む。皆、立ってくれ。少し話をしよう。せっかくだ。俺がうまい紅茶を御馳走しよう」
そう言ってテーブルの前で俺は数度手を振るしぐさをする。
美しい色の紅茶が匂いとともに湯気を揺蕩(たゆた)らす。
ナハムザート、ムク、ダール、ルナの四人と俺とネルがテーブルに座り紅茶を楽しんだ。
「っ!?……おいしいです」
そう呟いてルナは涙ぐんでいた。
俺は優しくルナに口を開く。
「ルナ、体の方は問題ないか?……まだ数日だが、ずいぶん絞れたな。頑張った」
家事手伝いのほかにネルの地獄の体型改造キャンプをこなしている。
勿論真核に悪意の気配はない。
「はい。ありがとうございます。………もっと頑張ります」
涙ながらに答えた。
確かに神々や茜、ネルに比べれば普通の女性だ。
だが努力する姿はとても美しいものだ。
「ああ、お前はきっと美しくなる。楽しみにしているぞ」
感極まり手で顔を隠し泣く姿に俺は胸が熱くなるのを感じた。
何故かネルは俺を睨み付けているが……解せぬ。
「ダール、どうだ。少しは落ち着いたか?大分ナハムザートに扱かれているようだが」
ルナに優しい眼差しを向けていたダールが突然名を呼ばれビクッとしながらも俺に視線を向けた。
ダールも真核には問題ないが、どうやら悩みがあるようだ。
まあ、心当たりはある。
いつか何とかしてやるつもりだ。
「はい、ノアーナ様。ありがとうございます。まだ慣れませんが、ナハムザートさん、いやナハムザートには良くしてもらっています。感謝しかありません」
そこでナハムザートが口を開いた。
「ノアー……へへっ、大将。ここいつは拾いもんですぜ。なかなかに筋がいい。うまくいけば戦力に成れます。鍛えがいがあるってもんです」
楽しそうに話すナハムザート。
俺も思わずつられて笑顔になる。
「ナハムザート、今年も頼む。期待している」
「はっ!」
かしこまるナハムザート。
……大将呼び………いいな。
そして俺は真っすぐにムクに視線を向け口を開いた。
「ムク。お前の命がけ忠心に俺は助けられた。ありがとう。これからも俺を助けてくれ。………だが無理をして欲しくないのが俺の本音だ」
ムクは突然涙を流しながら奇麗な姿勢で立ち上がり俺を真直ぐに見つめてきた。
「このムク。やはり何も間違っていなかった」
涙がどんどん流れ落ちる。
「こんなにも嬉しいことはございませぬ」
「さらなる力をお与えくださるばかりか、こんなにもお優しいお言葉を頂けるとは。わたしは幸せ者です」
そして見惚れるような美しいお辞儀をするのだった。
「これからもどうか我が忠心、お受け取りくださいませ」
俺は胸に温かいものをもらえた気がした。
「ああ、期待している」
※※※※※
皆で楽しいお茶の時間を過ごし、俺はこれからのグースワースについて話を始めた。
「皆も感じている通り、どうもドルグ帝国はきな臭い。まあダールもルナも被害者のようなものだ。思うところはあると思う」
ダールとルナは思わず俯いてしまう。
「それで今までは神々とその眷属で世界を見張っていたが、彼らはやはり隔絶した存在だ。俺の悪意はどうやら相当にたちが悪い。もっと生活に密着した視点でないと対処が難しそうだ」
俺は紅茶でのどを潤す。
「ネル、すまないがお前にはグースワースの責任者代理を頼みたい」
「はい、承知しました……ギルガンギルの塔へは……」
「ああ、極力ここを離れないでほしい。やはり人の身で神々といつもいるのは真核にダメージが溜まっていくんだ。今まで俺のわがままでネルには辛い思いをさせた。すまなかった」
ネルは人族の部類としては相当の強者だ。
だがどうしても神々といると真核が疲弊する。
「わかりました。ノアーナ様……寂しい思いをさせないでくださいませ」
「ああ、なるべくここに帰ってくるよ。可愛い俺のネル」
抱き寄せて優しいキスをする。
ルナが真っ赤になっているが俺は気にしない。
「ムク、お前には執事長を任せたい」
「はっ」
「町へ出向き、情報を収集してくれ。ルナも同行させろ。お前が守れ」
「かしこまりました」
「ルナ、お前の苦労した辛かった生活の経験を俺に貸してくれ」
「はいっ。一生懸命やります」
涙ぐみながらも真直ぐに見つめるルナに俺は頷いた。
「ナハムザート、お前はダールとともに騎士団を名乗れ。そして有望なものを勧誘してくれ。10名ほどだ」
「っ!?……お任せください。……かつての仲間に声をかけてもいいですかね?」
「ああ、もちろん面接はする。そして………」
俺は魔力を込め、ナハムザートを包み込み、想いを乗せ能力を解放する。
ナハムザートに「魔王に近しもの」の称号が付与された。
「これでお前も転移ができるはずだ。もちろんムクもな。ダールは魔法の素養が高いから努力しろ。しばらくはナハムザートと行動を共にしろ」
「はっ」
「っ!?ありがとうございやす」
「ネル、リナーリアを仲間に迎えたい。可能か?」
俺の腕の中にいるネルがビクッと体を震わせた。
そして何か拗ねたように俺を見つめてきた。
「……リア……ですか?……ふう」
「ん?何か問題があるか?……まああの凄まじい回復術だ。どこかのお抱えなのだろう」
ネルは俺の腕から離れ、ため息をついて再度俺の目を見つめて話し始めた。
「いえ、彼女はどこにも属していません。今はサルスノットの町で町長のエルスイナ様のところにいます」
「ハイエルフのラミンダか。……取り敢えずあいさつに行った方が良いな」
そしてなぜかジト目で俺を見るネル。
……拗ねてる?
「心配です」
「んっ?」
そして抱き着いて来た。
「リアは、リナーリアはちょっとおかしいけど可愛いのです。…心配です」
そして強く体を押し付けてくる。
柔らかい感触に思わず俺は顔に熱が集まった。
「一緒に行きます。でも……明日ではだめですか?……今は……二人でいたいのです」
俺は思わず強く抱きしめた。
ネルが甘い吐息を吐く。
「皆、悪いが今日はここまでだ。ムク、お前も念話ができるはずだ。カイトと打ち合わせをしておけ。明日朝また集合だ。それでは解散」
そう言って俺はネルを抱きしめたまま寝室、いや俺の部屋に転移した。
※※※※※
俺は焼きもちを焼いた可愛すぎるネルに夢中になった。
激しく想いを乗せ、大切なネルを絶対に守りたい俺の想いは。
出会った時に解放された『魔王の運命の人』の横に『魔王に近しもの』の称号が付与される結果となった。
遮音の魔法をかけ忘れ、うっかり俺の部屋の前を通ったルナがなぜか真っ赤になったのはルナだけの秘密になっていたのだが。