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第124話 ドルグ帝国崩壊の序曲

(新星歴4818年1月14日)


サザーランド宮殿の謁見の間で宰相のオツルイトは口から血を吐き出し、自分の胸から生えているロングソードをかすむ目で見ながら、何とか言葉を紡ぎだした。


「ごふっ……エ、エルリック、で、殿下……なにを……ぐっ」


目の前では皇帝であるディードライルが、エルリック第一皇子に剣で胸を突き抜かれていた。

隣には地に臥し、血だらけで息絶えている皇后のカルリレイナの姿が見える。

オツルイトは先ほどから自分のヒールをかけているが効果が見られない。


「ふん。臆病な皇帝はご乱心なされた。これからはエルリック皇帝陛下がドルグ帝国を世界の帝国へと導くのだ」


濁った怪しい瞳を瞬かせ、オツルイトの背中から剣を引き抜き、いやらしい顔でムフラドットが笑い声をあげていた。


「くっ……、魔王、陛下……」


私は最後の力を振り絞り、魔王陛下へ念話を送ろうと試みたが……つながらなかった。


「ああ、結界を構築いたしました。ここから外へは情報は洩れません」


数名の騎士を引き連れリアルルドがさも楽しそうに嘲り笑う。


突然皇帝から凄まじい力があふれ出す。


胸に刺さってる剣を素手でつかみ引き抜き、エルリック殿下を蹴り飛ばした。

傷口から大量の血が零れ落ちる。


「オーバーヒール!!」


緑色の魔力が皇帝を包む。

しかし……


「ごふっ、くっ弾かれる?……くはっ」


口から大量の吐血をし、膝をついた。


「はははっ、さすが父上だ。素晴らしい。おい、リアルルド、あれは使えないのか?」


蹴り飛ばされたエルリックが立ち上がり、濁った眼でリアルルドの方を向き吐き捨てる。


「申し訳ございませんエルリック皇帝陛下。あれは下賤の者用でございます。あなた様の治世に邪魔な元皇帝は、不要かと愚考いたします」


恭しく臣下の礼をとる。


「ふむ。まあそうだな。………父上、残念だ。あなたの理想は虫唾が走る。さよならだ」


エルリックが炎の魔術を紡ぎ、ディードライルは炎に包まれた。


「ぐああ……エル、リック……狂ったか……」


魔法耐性により何とか耐えているディードライルだがあまりの出血にもう命が付きそうだ。


「そうだ父上。ルルをどこにやった?ここ数日姿が見えない。どこへ隠した」


恐ろしく感情のない声色でエルリックは父に問うた。


「フッ、それを聞いて…どう、する……のだ……」


遂に倒れ伏すディードライル。


魔法の炎が消失しあたりを焦げ臭い匂いが充満している中で、エルリックはディードライルの頭を踏みつけ口にした。


「決まっている。古い血はもういらん。必ず殺す。さあ、あの世で再開させてやるというのだ。俺の優しい気持ちを無下にするなよ?」


そして馬鹿笑いをした。


「くっ……」


オツルイトの意識が消失した。


そしてすぐにディードライル皇帝陛下の戦死と、エルリック新皇帝陛下の即位、そして帝国を他種族から守る聖戦の開戦が帝国中に伝達魔法で知らしめられたのだった。


※※※※※


宮殿での簒奪劇よりほぼ1刻前、霊安殿から大量の耳の長いエルフ族と、ヒューマンとみられる一団があふれ出し、大多数は宮殿へ向け、一部は南下し、地獄を振りまきながら進み始めた。


本来戒律により、このような行為はできないはずだ。

刻まれた戒律は行動により命を蝕む。

しかし……

彼らは人ではなかった。


悍ましい研究がもたらした狂った成果。

中身は化け物だったのだ。


モンスターに襲われた場合、戒律は適用外になる。


当然だ。

ただ殺されるのを見ている馬鹿はいないし、そんなことを許せば滅んでしまう。


こうして悪意によって計画された今回の事態は『モンスターによる侵略』と世界が誤認し、ついに戒律は破られ、ドルグ帝国は戦争に突入してしまったのだ。


帝国民が愛するディードライル皇帝が戦死されたとの情報も混乱に拍車をかけた。


そして貧民街では悪意の種を発芽させた人民による暴虐の限りが行われ始めた。

帝国は破滅の一歩を歩きだしてしまった。


開戦の連絡を受けた宮殿の第1から第3の騎士団はすぐに対応をはじめた。

第4から第6の3つの騎士団、総勢1500人は意味も分からずにガイワット港へ派遣されており、今は不在だった。


第1騎士団、いわゆる近衛騎士団の団長を務めるドイストレフは苦虫をかみつぶしたような表情で指示を飛ばし、自分は平民の格好に変装し町に紛れた。


彼は皇帝陛下より密命を受けていた。

開戦の2日前の夜、彼は皇帝と会い、託されていた。


※※※※※


「ドイス、久しぶりだ。隣良いか?」


そう言ってお忍びで陛下が下町の安い飲み屋で口を開いた時には驚きのあまり心臓が止まるかと思ったほどだった。


ドイストレフは貴族の養子にもらわれた平民出身の男だ。


だがその腕と高い精神性を買われ、30年ほど前に栄えある近衛騎士団長に選ばれていた。

存在値は当時500を超えていた。


まあ相当ごたごたはあったが皇帝がごり押ししていた。


実はかつて冒険を共にした仲間だった。


お気に入りの飲み屋は平民街のはずれにあり、地位も金もあるドイストレフが本来くるような場所ではない。


しかしもともと平民の彼はこの雰囲気が好きだった。

そんな飲み屋に突然現れた皇帝に驚くなという方が無理がある。


「へ、いか?……なんで……」


俺の呟きを隠すように大きな声で注文をする陛下。


「店主、エールを頼む。ああ、二つだ。あと適当に摘まめるものを」


何故か慣れた様子だ。


「ドイス、俺はディールだ」


懐かしい呼び名に、温かいものと同時に大きな不安に襲われた。

ドイストレフも最近宮殿や国がおかしいことに気が付いていた。


「…ディール、どうした?……何があった」


冒険していたころに戻ったようにドイストレフは話しかけた。

どうやらこれをお望みらしい。


「助かる。相変わらず聡いなお前は」


そう言ってエールのグラスを掲げる。


「頼みがある」


雰囲気が変わった。


「…ここで良いのか?」

「ああ、宮殿は筒抜けだ。もう誰が味方で誰が敵か全くわからん」

「なっ……」

「せっかく魔王陛下に助けていただいたというのに……不甲斐ない」


勿論先日の騒動は知っている。

何より預かっていた琥珀石で助かったのだから。


そして乱暴にエールを飲み干す。


「店主エールお替り頼む」


そのさまはまるで冒険者だ。


「この格好だ。誰も俺とは気づくまい?」


改めて格好を見る。

薄汚い中級の冒険者のような格好をしていた。


「わかった。俺にできることはする。なんだ?」

「血を残したい。ルルを、ルルネイアを魔王陛下、いやルードロッド辺境伯に届けてほしい」

「なっ……」


ディールは届いたエールを流し込む。


「おそらくクーデターかそれ以上の事が起こる」

「帝国が滅ぶかもしれん」


周りのバカ騒ぎが二人の沈黙をかき消す。


「どうすればいい?」

「今ルルネイアは魔法で意識を失わせ、冒険者ギルドの封印の間で寝かせてある」

「ギルド?」

「ああ、ギルド長は問題ない。何しろ清浄化のスキル持ちだ。スリーダル老師の弟君だ。ナナラダに名を連ねている」


「………」

「勿論あきらめてはいない。しかし、手は打っておきたい」


俺は震えそうになる体をごまかすようにエールをあおった。


「お前にしか頼めない」


こうして俺は託された。


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