(新星歴4818年1月15日)
アルテミリスが遠慮がちに俺に問いかけてきた。
これが多分皆が一番心配している事だろう。
「ノアーナ様。あの……どうして【破壊】の権能を使いそうだったのですか」
緊張が会議室を包む。
アルテミリスが涙を零しながら話を続ける。
「原因が分からなければ……封印しなくてはなりません。ノアーナ様を」
俺は紅茶を飲んでのどを湿らせ口を開いた。
「俺の知らない悪意を俺の中に植え付けられた」
皆が固まる。
「あり得ない悪意だった。狂っている。……茜」
「は、はい」
「お前に聞きたい。地球では意味もなく『何となく』で人を殺すのか?」
「えっ………」
茜が絶句する。
「意味もなく人を傷つけたり、笑いながら大切なものを奪ったり、母親の前で笑いながら赤子を叩きつけ殺したり……恋人の前で、愛する人の前で……」
皆が青い顔をしていた。
茜は涙を流し自分を抱きしめるように震えていた。
「………すまない。だが今言った事を100倍くらい濃くした酷い悪意が俺の心を蝕んだんだ」
皆が驚愕とおぞましさを合わせたような表情を浮かべている。
「俺は理解ができなかった」
「この星の住民だって、他人を殺すことがある」
「だが理由があるだろ?どんな理不尽でも」
「でもあの悪意は……今の俺では理解できないんだよ」
「俺はあの悪意が恐ろしくなったんだ」
エリスラーナがたまらず涙を流し始めた。
「もちろん混乱もしていたさ」
「そしてこんな悪意が広まるのだとしたら……滅ぼそうと思ったんだ」
茜が泣きながら口を開く。
「ヒック……ごめ…ん…なさい……わから……ないよ…」
俺は立ち上がり茜をそっと抱きしめる。
「そうだな。ごめんな。酷い事聞いて」
暫く茜が泣き止むまで俺はそうしていた。
茜の震えが止まった。
落ち着いてくれたようだ。
俺は席に戻り口を開く。
「だが、経験したんだ。慣れる気はしないがもう投げやりにはならない。約束だ」
「もう【破壊】は使わない……皆を頼らせてくれ」
皆が少し安心した顔で俺を見てくれた。
「レアナ、眷族はまだアナデゴーラ大陸で確認をしてくれていたな?」
突然名を呼ばれ少し驚いたような顔をしたが、返事をしてくれた。
「ええ、ドルグ帝国は……多分もう……」
「ああ、責めているわけじゃない。皇都はダメだろうが辺境の町や村は守りたいんだ。力を貸してくれ」
「ええ、もちろんですわ」
「アート。俺の力、解析しただろ」
「ハイですわ」
「うまく研究してくれ。もう使いたくないが、出力を落として安定して使えれば必ず力になる」
アースノートのぐるぐる眼鏡が怪しく光る。
どうやらやっと調子が出てきたようだ。
皆も涙を拭き、瞳に力が戻ってきた。
「ダニー、ギルアデスを呼んでほしいが、呼ぶことは可能か?」
『クマのような』ぬいぐるみを抱きしめこくりと頷く。
「……すぐ……呼べる……呼んだ」
「ああ、ありがとう。ギルアデスに魔族に伝わる話が聞きたい。お前らは長生きだ。きっと近いものがあると思うんだ」
空間が軋み魔力が溢れる。
ギルアデスが転移してきた。
膝をつき臣下の礼をとる。
「お呼びでしょうかノアーナ様」
「すまない急に呼び出して。まあ掛けてくれ。皆の紅茶も取り替えよう」
そして今回の顛末を説明し、紅茶を飲みながらギルアデスに聞いてみた。
俺が理解できない濃密な悪意について。
理由なく他者を貶め尊厳を奪うその源泉を。
そしてむしろその悍ましいことを楽しむ精神性について。
「……恐ろしいところですな。地球というところは」
ギルアデスがしみじみ口にした。
「やはり理解はできないか」
「申し訳ありません」
「いや、いい。すまなかった。また頼らせてもらう」
「っ!……もったいのうございます」
ギルアデスは帰っていった。
大分長く話し合いをしたようだ。
皆に疲れが見える。
「ありがとう。今日はこのくらいにしよう。皆休んでくれ」
「ノアーナ様はどうされるのですか?」
アルテミリスが問いかけてきた。
「とりあえずグースワースへ行く。ネルが心配だ」
そして俺はグースワースへ飛んだのだった。