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第129話 皆が理解できない地球の悪意

(新星歴4818年1月15日)


アルテミリスが遠慮がちに俺に問いかけてきた。

これが多分皆が一番心配している事だろう。


「ノアーナ様。あの……どうして【破壊】の権能を使いそうだったのですか」


緊張が会議室を包む。


アルテミリスが涙を零しながら話を続ける。


「原因が分からなければ……封印しなくてはなりません。ノアーナ様を」


俺は紅茶を飲んでのどを湿らせ口を開いた。


「俺の知らない悪意を俺の中に植え付けられた」


皆が固まる。


「あり得ない悪意だった。狂っている。……茜」

「は、はい」

「お前に聞きたい。地球では意味もなく『何となく』で人を殺すのか?」

「えっ………」


茜が絶句する。


「意味もなく人を傷つけたり、笑いながら大切なものを奪ったり、母親の前で笑いながら赤子を叩きつけ殺したり……恋人の前で、愛する人の前で……」


皆が青い顔をしていた。

茜は涙を流し自分を抱きしめるように震えていた。


「………すまない。だが今言った事を100倍くらい濃くした酷い悪意が俺の心を蝕んだんだ」


皆が驚愕とおぞましさを合わせたような表情を浮かべている。


「俺は理解ができなかった」


「この星の住民だって、他人を殺すことがある」

「だが理由があるだろ?どんな理不尽でも」

「でもあの悪意は……今の俺では理解できないんだよ」


「俺はあの悪意が恐ろしくなったんだ」


エリスラーナがたまらず涙を流し始めた。


「もちろん混乱もしていたさ」

「そしてこんな悪意が広まるのだとしたら……滅ぼそうと思ったんだ」


茜が泣きながら口を開く。


「ヒック……ごめ…ん…なさい……わから……ないよ…」


俺は立ち上がり茜をそっと抱きしめる。


「そうだな。ごめんな。酷い事聞いて」


暫く茜が泣き止むまで俺はそうしていた。


茜の震えが止まった。

落ち着いてくれたようだ。

俺は席に戻り口を開く。


「だが、経験したんだ。慣れる気はしないがもう投げやりにはならない。約束だ」

「もう【破壊】は使わない……皆を頼らせてくれ」


皆が少し安心した顔で俺を見てくれた。


「レアナ、眷族はまだアナデゴーラ大陸で確認をしてくれていたな?」


突然名を呼ばれ少し驚いたような顔をしたが、返事をしてくれた。


「ええ、ドルグ帝国は……多分もう……」

「ああ、責めているわけじゃない。皇都はダメだろうが辺境の町や村は守りたいんだ。力を貸してくれ」


「ええ、もちろんですわ」


「アート。俺の力、解析しただろ」

「ハイですわ」

「うまく研究してくれ。もう使いたくないが、出力を落として安定して使えれば必ず力になる」


アースノートのぐるぐる眼鏡が怪しく光る。

どうやらやっと調子が出てきたようだ。

皆も涙を拭き、瞳に力が戻ってきた。


「ダニー、ギルアデスを呼んでほしいが、呼ぶことは可能か?」


『クマのような』ぬいぐるみを抱きしめこくりと頷く。


「……すぐ……呼べる……呼んだ」

「ああ、ありがとう。ギルアデスに魔族に伝わる話が聞きたい。お前らは長生きだ。きっと近いものがあると思うんだ」


空間が軋み魔力が溢れる。

ギルアデスが転移してきた。


膝をつき臣下の礼をとる。


「お呼びでしょうかノアーナ様」

「すまない急に呼び出して。まあ掛けてくれ。皆の紅茶も取り替えよう」


そして今回の顛末を説明し、紅茶を飲みながらギルアデスに聞いてみた。


俺が理解できない濃密な悪意について。

理由なく他者を貶め尊厳を奪うその源泉を。

そしてむしろその悍ましいことを楽しむ精神性について。


「……恐ろしいところですな。地球というところは」


ギルアデスがしみじみ口にした。


「やはり理解はできないか」

「申し訳ありません」

「いや、いい。すまなかった。また頼らせてもらう」

「っ!……もったいのうございます」


ギルアデスは帰っていった。


大分長く話し合いをしたようだ。

皆に疲れが見える。


「ありがとう。今日はこのくらいにしよう。皆休んでくれ」

「ノアーナ様はどうされるのですか?」


アルテミリスが問いかけてきた。


「とりあえずグースワースへ行く。ネルが心配だ」


そして俺はグースワースへ飛んだのだった。


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