(新星歴4818年1月14日)
エルリック新皇帝は、手に黒い鉱石を杖に括り付けれたものを握りしめながら皇都の様子を見て諦めたように溜息をついていた。
鉱石は怪しい光を放ち、まるであざ笑うかのように瞬いていた。
「やはり…俺が愚かだった……という事か……」
眼下では数刻前まで皇都民が楽しそうに生活していたのがまるで嘘のような地獄が広がっていた。
破壊された町は火が放たれ、黒い煙が充満している。
殺された多くの民がその炎と煙に飲まれ、様々なモノが燃える酷い匂いに包まれていく。
やがて美しかったサザーランド宮殿も、焼け野原になるのだろう。
自分の弱さに付け込まれた結果だと、エルリックは思った。
リアルルドに入れ知恵をされて、そして大いなる魔力を与えられて、自分はおかしくなっていたのだ。
「余りも……代償が大きすぎたがな」
※※※※※
昨日の深夜。
エルリックは今回の主犯である、エラナルド伯爵とブシステル侯爵と最後の詰めの確認のため悍ましい宴に興じていた。
騒動を起こし帝位を簒奪、掌握した軍をもって制圧し、そのままガイワット港からレイノート大陸へ侵攻する計画だった。
今回の化け物は、エルフとヒューマンに擬態していた。
どこの世界にも多くいる人種だった。
戦争を正当化させるために。
平民が一生口にできないような高級な酒をまるで湯水のように飲みながら、リアルルドは得意げに口を開く。
「虐殺はあくまで戦争につなげるためのいわばショーのようなものです。この杖でコントロールできます。なに、この茶番の後が本番ですから。滅ぼすような愚かなことは致しません」
「殿下は堂々としていてください。すべてはこのリアルルドと、ブシステル侯爵にお任せください。軍はすでに掌握済みです。問題はありません」
ムフラドットが若い娘の体をまさぐりながらいやらしい顔で追随した。
「ぐふふ、殿下。今回の一番の功労者は、わたくしムフラドットでございます。成功の暁には……まあ、ご考慮お願いいたします」
何が気に障ったか知らないが、リアルルドは突然娘を殴りつけ、顔をにやけさせながら、楽しそうに口を開いた。
「おっと、さすがにそれは聞き捨てなりませんな。ほぼ私、リアルルドの功績でございますゆえに」
今思えばすでに奴らの目は濁っていた。
しかし、俺はそれに気づかないふりをしていた。
取り敢えず、この流れに酔うために、悍ましい宴におぼれたのだ。
何人もの泣き叫ぶ娘を甚振りながら。
夜が明け俺たちは地獄の蓋を開いた。
まるで自分たちだけは絶対に助かると根拠のない思いにとらわれたまま。
そして………当然のようにコントロールなどできなかった。
皇都はまさに壊滅寸前だ。
ガイワットで準備していた軍も、おそらく無事では済むまい。
何と愚かだったのだ。
分かっている。
俺は焦っていた。
周りの評価では俺が時期皇帝の最有力だった。
だが、父上は。
ダリルに皇位を譲るつもりだった。
俺はたまたま聞いてしまった。
そのあと俺は、リアルルドの勧めであの悍ましい霊安殿の地下にある秘密の研究所で、あり得ない選択をしてしまった。
『人族』をやめたのだ。
力を得るために。
そして大切な弟を追い詰め、母を殺し、父を殺した。
きっとこの終結は、俺の弱さと愚かさが引き寄せた罰なのだろう。
※※※※※
皇帝を継いだ時、俺に新しく現れた『覇王』のスキル。
呪いなどのいわゆるデバフに対し抵抗を促すスキルだ。
今になって自分が何と愚かなことをしてしまったのか。
冷静になってきて気付いてしまった。
いや……きっと最初から分かっていたのだろう。
「ぐふふ、陛下!……あははは!楽しいですなあア!!!……あはは、ほら、あそこ!……くくく、人が食われてますよー、クハハハ!あー愉快です…ぐふっ!!……」
目の前のムフラドットだったものを切り捨てた。
もう彼は悪意に侵食され、すでに人の体ではなくなっていた。
思えばこいつも欲は深いものの、帝国の行く末については真剣に考えていた。
娘にも優しい父親だったはずだ。
ムフラドットだったモノが倒れてもなお、ビクンビクンと気持ち悪く蠢いている。
「当然こんなものに効果などなかったのだな」
俺は怪しい杖もどきを投げ捨てた。
「ルル、頼む。生き延びてくれ」
俺もすでに浸食が始まり、両足と左腕が漆黒の鉱石のように変化していた。
そして徐々に、経験のない悪意に染まっていく。
皇帝の覇王のスキルも、徐々にその力を失っていく。
真核からあり得ないようなおぞましい悪意が噴き出してくる。
俺は唯一動く右手で剣を握りしめた。
「魔王に、伝えてくれ……俺の……可愛い……いもう…と……」
そして自らの首を切り落とした。
※※※※※
「くそっ、ひいっ、来るな!来るなあア~」
こんなはずじゃなかった。
これは何かの間違いだ。
リアルルドは皇都から逃げ出す途中で、悪意に呑まれた貧民の集団に遭遇していた。
※※※※※
リアルルド・エラナルド伯爵は商才溢れる頭の良い人物だった。
しかし、気の弱いところがありそれがコンプレックスだった。
あと一歩前に出ることができずに、誰よりも実績があるにもかかわらず、評価されることが少なかった。
そして誰よりも帝国の事を愛していた。
だが生来の性格のおかげで、素晴らしい改善策を思いついても自ら進言することができず、気に入らなかったが比較的考えの近いブシステル侯爵を頼った。
ブシステル侯爵は私とは反対だった。
実力もないくせに、なぜか自信だけはある御仁で、内心いつも見下していた。
しかし……もしかしたら、憧れていたのかもしれない。
自信を持つその姿に。
そんな時だった。
彼は奇跡に遭遇した。
※※※※※
「おお神よ、暗黒の神よ、どうか私だけ助けてください!!」
囲まれたリアルルドは、蹲り黒い宝石を握りしめ、天に祈った。
4年前、突然降臨された第7の神『暗黒の神』
黒い靄に包まれたその神は、わたしに奇跡をくれたのだ。
神の奇跡は、わたしに大いなる力をくださった。
人を操る力を。
そして大いなる自信という私になかった物を。
「くっ、近づくな!離れろ!!」
黒い宝石が怪しく光る。
周りを囲う貧民たちの動きが止まった。
「ははっ、や、やはり!…くくっ、まだ、わたしは……」
そして彼が信望している神、いや悪意の影が現れた。
思わず跪くリアルルド。
瞳からは歓喜の涙があふれ出す。
「おお、わが偉大なる暗黒の神よ。我を救いたまえ」
そしてひれ伏す。
「ぷっ、あははははははっ!!あーおかしい。……まだ気づかないのかよ?」
ゆっりと顔を上げ、茫然と見つめるリアルルド。
「あっははは、いやー楽しませてもらったわ、くくくっ」
「……暗黒の…神…サマ?……あの……えっ?……」
「面白い見世物だったよ。良い石が補充できた。くくっ、じゃあな」
目の前の黒い靄が消えると同時に、リアルルドは悪意に染められた貧民に襲われた。
「なっ、くっ、…いやだ…うわー……ひいっ、…神よ……」
彼の瞳に絶望の涙が浮かんだ。
そして、
体を引き裂かれ、
食いつくされ、
その生涯を閉じた。
帝国はその歴史を終わらせていった。