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第131話 助けられた命と荒廃する皇都

(新星歴4818年1月15日)


研究所はまさに地獄だった。

おびただしい数の死体があちらこちらに散乱しており、思わずルミナラスはこみ上げる物を我慢できずに嘔吐してしまった。


「ぐっ………どうして……こんな………」


突然ナハムザートが走り出した。

驚くムクとルミナラス。


「この外道がああああーーーーーー!!!!」

ドガアアアーーーーーン、ガラガッシャアアアーーー


そして聞こえてきた何かが壊れる音。

慌てて二人はナハムザートの後を追った。


そこには…………


数十名の若い女性の四肢が散乱し、おびただしい量の血が池のようになっているところで、ナハムザートに抱きかかえられたズタボロの女性と、殴られた衝撃か首がおかしな方へ向いている裸の男性が倒れていた。


「っ!?」


おもむろにナハムザートがルミナラスに懇願した。


「ルミナラスさん、頼む。この娘に、回復をしてくれないか?くそっ、こんな…くそっ!」


女性はあちらこちら刃物で抉られており、ビクッビクッと痙攣していた。

ルミナラスは血で汚れるのも構わずにその女性を抱きしめ、回復術を展開する。


「絶対に助ける。二人は……辛いだろうけど、きっとまだいる。お願い、助けてあげて」


ムクとナハムザートは頷き、研究所を調べて回った。


ルミナラスの腕の中の女性の呼吸が落ち着いて来た。

ルミナラスは自分が涙を流していることに気づけずにいた。

ただ、彼女を優しく抱きしめていたのだ。


※※※※※


研究所は4層の構造だった。


ムクが一番下から、ナハムザートは上から調べることにした。


最下層はどうやら実験体を何かと戦わせる施設のようだ。

コロシアムのような形状になっている。

そこは何かが腐ったような、経験のない身の毛のよだつような雰囲気に包まれていた。


広い球体の施設の奥にはいくつか檻の様なものがあり、その一つからわずかに生命反応をムクは感じ取っていた。


ムクは反応のあった檻の前に行き、思わず目を見開き、顔をそむけてしまった。

あまりにもひどい姿に、反射的に目を背けてしまった。


「……だれ…だ…、俺を……殺しに………来たの…か…」


ムクは檻を力ずくで引きちぎり、両腕が肩のところで引きちぎられ、片目をえぐり取られてもなお、強い眼光で睨んでくる、狐獣人とみられる男の前へと近づいた。


「……私は、ムクといいます。あなたを助けたい」


その男は寂し気に力なく笑うと、呟くようにささやいた。


「……俺を?……どうして?……まだ、なにか……試すのか?」


ムクは跪き彼を抱きしめた。

男は驚いた。

そして、初めて自分が泣いていることに気が付いたのだ。


「うぐ…うあ……うう……ああああ……」


そして彼は気を失った。

ムクは彼を優しく抱え、ルミナラスのところへと転移した。


※※※※※


ナハムザートは混乱していた。


今さっき何とか生きていた子供を一人ルミナラスのところへと転移して届けた後だ。

その子がナハムザートに必死で懇願していたのだ。

「隣の子を助けて」と。


助けた子もひどいありさまだった。

体中から悍ましい変な生き物が生えていて、四肢の先は腐り落ちていた。


そんな状態で他人を気遣えるこの子の魂に、涙を流し誓ったのだ。

絶対に助けると。


しかし。


目の前の全身ズタボロの、女の子と言って良いおそらく12歳~13歳くらいのあどけない少女が纏う、あり得ない色気にどうすればいいか分からなくなっていた。


ドラゴニュートは一般の人族と違い特殊な繁殖形態をとっている。


まあ時期が決まっているのだ。


所謂繁殖期にならなければ、よほどのモノ好きでない限りそういう欲はわかない。

初めて会ったときにネルにドキドキしたのはネルが可愛すぎるからで、普通はそういう気持ちにはならない。


だが今ナハムザートは、

こんな地獄の状況で、

まだ助かる命があるかもしれない、

誓った、

それなのに。


目の前のこの女の子を抱きたいと本気で思ってしまっていた。


女の子が甘い吐息を吐く。

見るからに体中酷い痣があり、激しい暴行を受けたのは明らかだ。


足も変な方向へ向いている。


でも、ナハムザートはもう我慢の限界に達していた。

きっと背中を押されれば、我を忘れて襲ってしまう。


突然、心の中から温かい気持ちが湧き出してきて、悍ましい欲望が消えていった。

ナハムザートは膝から崩れ落ち、自分の胸に手を当て、大きく息を吐いた。


「魔王に近しもの」の称号


それがナハムザートと、この少女を救った。


「……ありがとうございやす。大将」


ナハムザートはおもむろに自分の羽織っているマントを外し、少女を包み込み、優しく抱えルミナラスの元へ転移していった。


※※※※※


俺はアースノートをグースワースに呼んで話し合いを行っていた。

非道な研究所ではあるが、悲しいことにそういう所には在り得ないような発見があるのもまた事実だ。


「アート。どうするべきだと思う?俺はあの研究所をこの世から抹消したい。だが、ただ殺された多くの命の叫びを、苦しみを……無かった事にはしたくないんだ」


アースノートは静かに俺の話を聞いている。


「科学者として聞きたい。検証は必要か?」


アースノートはため息をついて俺にやさしく話しかけた。


「ノアーナ様。検証は必要ですわ。多くの命を無駄にはさせません。あ―しが行きます。ノアーナ様は遠慮してくださいますか?きっとあ―しも怒りで何をするか…わかりませんもの。でも…」


アースノートは決意を抱いたしっかりとした目で俺を見つめた。


「ノアーナ様の仰る通りです。奴らを見返すためにも。ここは鬼にならなければいけませんですわ……行ってきます」


アースノートが転移していった。

勿論安全のために多くのゴーレムを率いて。


そして、皇都を中心に、アースノート渾身の【荒廃】の権能により、広大な荒野が形成された。


勿論その前に生存者は多くの神々と眷族によって救った後ではあるが。


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