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第142話 戦闘訓練と百合な純情ちゃんの一日

(新星歴4818年7月6日)


グースワースの立地は、通常なら拠点を作る場所では絶対にない。

周りを囲む深い森には、存在値1000越えのモンスターがうようよいる正に魔境だ。


俺は別に人族が嫌いなわけではない。

ただ大きすぎる力はなれ合いを生むと破滅を齎(もたら)す。


そういう想いもあって、簡単に来れる場所にはしたくなかった。

まあ、ムクやナハムザートは問題なく訪れてきたものだが、普通は来ることが難しい。


そして今グースワースの戦闘部隊にとって、この環境は都合がいいらしい。

修行するには最高なのだから。

何しろ相手はいくらでもいる。


「クルアアアアア!!」


今日もカンジーロウの部隊が魔物相手に鍛えていた。


「よし、相手はジャイアントリザードだ。こいつは特殊な攻撃はほぼない。存在値も500程度だ。ゴドロナがけん制し、アカツキとミーアでとどめだ。気を引き締めていけ」


カンジーロウの指示とともに、ゴロドナが長い棒を持ち、ジャイアントリザードに突撃する。

ゴロドナは珍しい棒術の伝承者らしい。


「はあっ!!」


気合いとともに一瞬でジャイアントリザードに数度突きを放ち、表面にダメージを与えていく。


「グギャアアアアアーーー!!」


溜まらずたたらを踏むジャイアントリザード。

そこにミーアの水魔法が襲い掛かる。


「アクアベール!!」


粘着性の水の膜が呼吸を阻害するようにジャイアントリザードの口のあたりに展開する。


その様子を見たアカツキが、長さの違う2本の短剣を腰から引き抜き、素早くすり抜け、ジャイアントリザードの背中に大きな傷を刻み付けた。


「~~!?~!!?」


声にならない叫びをあげるジャイアントリザード。


「アクアジャベリン!!!」


ミーアの右手から1m位の水の槍が飛び出し、ジャイアントリザードの頭を貫き、とどめをさした。


カンジーロウはあたりを警戒しながらも3人の連携を褒めた。


「よし、良い連携だった。……リナーリアに言われているからな。こいつは確保だ。血抜きして持ち帰ろう……!?……皆警戒しろ!……大物だ」


休む間もなく新手が現れた。


「「「「っ!?」」」」


皆に緊張が走る。

うま味がなく、面倒な奴が現れた。


アウラルネ・シードと呼ばれる、精神混乱の特性を有する植物系のモンスターだ。

存在値は1000。


アウラルネ・シードは大きな花のような場所から甘ったるい靄の様なものを吐き出す。


「皆!口をふさげ!!……くっ!狐火!!!」


カンジーロウが相殺するように種族特性の初歩である、狐火を放つ。


「フシュアアアアアアア!!!!」


ツルの様なものが伸びてきて、ミーアの腕がつかまれた。


「っ!?…くっ……あう」


ミーアに激痛が走る。

猛毒だ。


アカツキが素早く巻き付いた弦(つる)を切り落とし、ミーアは何とか後方へ飛びのいた。

しかし毒が回ったのだろう。

そのまま倒れ込む。


「はああっ!!!」


ゴロドナの棒術がアウラルネ・シードにダメージを与え、茎のようなところから緑色の体液の様なものが飛び散った。


地面からモノが溶ける匂いとともに煙が立ち込める。

アウラルネ・シードの体液は毒であり、強酸だ。


「くっ!」

「うあ?」

「ちっ!」


3人がそれぞれ体液を浴びてしまう。

そして体を蝕む激痛と、痺れ。


皆の背中に嫌な汗が流れる。

4人はまだ転移が使えない。

何とかしないと全滅してしまう。


カンジーロウは精神を集中し、鞘に収められている刀に全神経を集中した。


瞬間全ての音が消える。


そして一瞬で数度の光の筋ががアウラルネ・シードを切り刻んだ。


「グギャアアアアアアアアアアーーーー!!!」


アウラルネ・シードがおびただしい体液をまき散らしながら倒れ伏した。

そして全身で体液を浴びたカンジーロウも、その横で崩れ落ちた。


「まったくしょうがねえな」


そしてナハムザートが現れ、全員で転移した。

勿論ジャイアントリザードの肉を回収して。


※※※※※


「ねえ、カンジーロウ?あんた馬鹿なの?いつもいーっつも大けがしてさ」


リナーリアの呆れを含む叱咤の声にカンジーロウは何も言えず俯く。

グースワース内に作られた、保健室のベッドには4人が治療されおとなしく寝ていた。


「リアさん、回復終わりました」


回復助手のサラナが声をかける。


サラナは助けられたエルフの子で、回復術が得意だ。

こうしていつもリナーリアの補助をしている。


「うん。ありがとうサラナ。いつも可愛いね♡」


そう言って何故かいやらしくお尻を撫でる。


「やん♡……もーダメです。……ノアーナ様に言いつけますよ」


怖い思いをしただろうに何故かリナーリアのイタズラは平気らしい。

可愛らしく顔を赤らめ上目遣いでリナーリアを見る。


固まるリナーリア。


「あ、えっと、アハハ。やだなあ、スキンシップじゃん……お願い言わないでえええ!」


恋する乙女なリナーリアは相変わらず百合属性は抜けないらしい。

可愛い子の多いグースワースは彼女にとっても天国だった。


そしてため息交じりにネルが現れた。


「まったくリアは……ノアーナ様が呼んでるよ。一緒に行こ」

「っ!?……えっ?……まさか……」


思い当たる事が多すぎて顔を青くするリナーリア。


「別に怒られる事じゃないらしいから。治療終わったでしょ?」

「う、うん」


「じゃあ行くよ。サラナ、後お願いしますね」


サラナはなぜか顔を赤くして元気よく答える。


「はい。ネル様。行ってらっしゃいませ」


はあ、眼福ですう。と、いつも呟くのだが。

良く判らないネルだった。


※※※※※


ネルがリナーリアを連れてきてくれた。


リナーリアがここに来て大分経つ。

実はしっかり話をする機会がなかなか取れずにいた。

俺は、ちょうどいい機会だと思って気になっていたことを聞くことにした。


それをネルに相談したら何故かすごくいい笑顔で


「私も同席いたします」


とか言っていた。


まあ、別にいいが。

なんだろ?


「リナーリア、お疲れさまだ。そこにかけてくれ。ネルもありがとう」


俺は隣の椅子を引いてネルを促す。


ネルは嬉しそうに俺の隣に座り、椅子を俺のすぐ隣にずらして座った。

とても近い。

まあ嬉しいが。


リナーリアは対面の席に座り、なぜかジト目でネルを見る。


「???」

「コホン。リナーリア、おまえの回復術にはいつも助けられている、ありがとう」


俺がお礼を言うとリナーリアは顔を赤くしうつむいた。


「それで俺はお前に聞きたいことがあるんだが」

「お前の回復術は、誰かに習ったのか?」

「お前も知っていると思うが、この世界を創造したのは俺だ」

「だがお前の概念を超える回復術というのは見たことがない」

「俺の知らない技術なんだ」


立て続けに俺に問いかけられて、何故かぽかんとしているリナーリア。

そして嬉しそうなネル。


躊躇(ためら)いがちにリナーリアが口を開く。


「えっ?……概念?……ふつう…ですけど…」

「…リナーリア、他人の回復術見たことあるか?」


考え込むリナーリア。


「えと…前にルミねえと一緒にいたおじいちゃんが、たしか『お前、でたらめじゃのう』とか言っていましたけど。……そういえば……ちゃんと学んだことないんですよね」


あははと笑う。

思わず俺は椅子に座りなおし紅茶を飲む。


「天才、という奴か……わかった。ありがとう。これからも俺を助けてくれ」


「ネル、時間あるか?少し話したい」

「はい……リア、もう戻っていいわよ」


何か期待していたわけではない。

でもちょっとだけ期待していたリナーリアは、なぜか勝ち誇るネルに少しイラっとした。

そして彼女なりに勇気を出してノアーナに告げる。


「あ、あのっ!……ノアーナ様…ご褒美…欲しい…とか、えっと……」


口にしてメチャクチャ恥ずかしくなるリナーリア。

顔が真っ赤だ。


そして流石は鋼鉄のクズ男。

何となく察してリナーリアに近づいて優しく抱きしめた。


「っ!?」

「っ!?」


時が止まるように固まるネルとリナーリア。

そしてとどめの甘いセリフ。


「ああ、可愛いリナーリア。いつもありがとう」


さらに微笑み、瞳を見つめる人たらし。


百合でちょっと変態のくせに超が付くほど純情ちゃんのリナーリアは久しぶりに意識を失った。


まだ想いは告げていない。

ノアーナのこういう無自覚な行動は、リナーリアの初恋を加速させていくのだった。


何故かそのあとネルに拗ねられた俺は、それがまた可愛くてネルを散々甘やかし、グースワースは今日も平和に愛すべき1日が終わっていったのだ。


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