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第163話 狙われた勇者

エリスラーナに回復してもらった俺は、再度『緑纏う琥珀の魔力』を最大で発動させた。


茜に比べれば数段効果は落ちるが俺だって訓練したのだ。

汚染された2柱の解呪を成功させた。


そして今俺たちの前には下半身が固まり身動きできない、かつての俺の友だった火神ドルドーラと水神エアナルードが冷や汗を流しながら俺に懇願していた。


「ノアーナさま、ごめん。変な奴に唆(そそのか)されたんだよ。俺がノアーナ様を殺すわけないじゃん。ねっ、だからこれ解除してよ」


「ノアーナさま、あたし寂しかったの。でも、許してくれるよね。ね」


俺は大きくため息をつく。

ネルは視線だけで殺せそうなほど怒りのオーラを向けていた。


「おいドル。説明しろ。とりあえずどうするかはそれからだ」

「えっと……」


何故か言いよどむドルドーラ。


「ほお、じゃあいいや。『強制解除コード…』」

「わああ、待って、言う、言うから~。お願いします」

「早く言え」


「俺たち気が付いたら、黒いレイスに縛られていたんだ。そしてなぜかノアーナ様がとても憎くなって……俺たちだってわかってたよ。暴れすぎたって。だから、頭には来てたけど……殺そうなんて思ってなかった」


「お前さっき『勇者を呼べ』といったな。どういう意味だ」

「ああ、それはさ、あのレイスが『邪魔だからこの星から飛ばす』って言って…」


ドルドーラが目に力を籠める。

空間が裂け、嫌なオーラを纏う漆黒の魔石がごとりと地面に落ちた。

まわりの土の存在が消滅していく。


「これよこしたんだ」


俺は自分の手に意識を集中させ濃密に結界を展開、魔石をつかんだ。


魔石から経験のない濃密な悪意が噴き出し、空間に穴をあける。

そして俺を包み別の場所へ飛ばそうと術式が組み立てられる。


「くああああ!!解呪!!!ぐううううう!!!!!!」


魔石と俺の解呪が拮抗し、空間をゆがませる。

周りの皆も蹲り魔力圧にどうにか耐えていた。


「くそっ!!ぐううううううう」


魔石の力が俺の結界を分解し始める。


「まずいっ!!くそっ、があああああ!!!!」

「聖言・発動!!絶無結界!!!」


ネルが結界を構築し俺の結界とリンクし、分解され始めた結界は再生し輝きを増す。


「っ!?助かる!!よし、いけるぞ!うおおおおおおおっ!!!」

「はああああああああ!!!!!」


俺たちの結界が魔石の力を押し戻し始める。

そして限界を超えた魔石が砕け散り、空間は正常に安定した。


俺はほぼ魔力を消費し膝から崩れ落ちる。


「ノアーナさま?」


俺を支えてくれるネル。

心強い。


「ああ、大丈夫だ。ムク魔力ポーションあるか?……ありがとう」


俺は魔力ポーションを飲み、立ち上がった。

茫然としているドルドーラに俺は問いかけた。


「ドル、まだあるのか?この石」

「……ううん。俺は一個だけだよ。エアナルードも1個だと思う」

「うん。わたしも1個貰ったよ。……出す?」

「いや、ちょっと待ってくれ。今適任者を呼ぶから。他は何か聞いたか?」


少し考えるそぶりをする2柱。

そしておもむろに謝罪と懇願を始めた。


「ノアーナさま。俺の力をアグにあげたいんだ。俺はもう、消えるから」

「……」


分かっていた。

こいつらの真核はいわば仮初だったのだ。


使い捨てだった。


「うん。わたしも……エリスラーナちゃんにあげてほしい。…最後に会えてうれしかったよ。ノアーナ様」


俺だけではこいつらを救ってやることができない。

そしてドルドーラは手遅れだ。

悔しさが俺を包んだ。


ドルドーラはその様子を見てため息交じりに口を開いた。


「まったく……ノアーナ様、ずいぶん優しくなっちゃったね。アグ、おまえが羨ましいよ」

「…ドルの兄貴」

「だから、守ってやってくれよ……俺の力お前につないでほしい」

「……うん。分かった」


ドルドーラの体を金色の魔力が包み込み、存在を消滅させながら光の残滓がアグアニードへと吸い込まれていく。


「ドルの兄貴、おいら、絶対ノアーナ様を守るから。安心して」

「……ああ、……頼んだぞ……おれの…かわいい……弟……」


ドルドーラが消滅した。

アグアニードは涙を拭いて空を見上げ魔力を放出する。


「上で見てて!!おいらはもっと強くなる」


突然空間が軋み魔力があふれ出す。


アースノートとミューズスフィア、リバちゃんが転移してきた。

そしてミューズスフィアがエアナルードに飛びついた。


「エアナー、もう、めっ!でしょ?……のあーな、治して」


俺はリバちゃんを腕に抱え、禁呪を紐解く。

リバちゃんから金色の魔力とともに、青く煌めく腕輪が出現した。


「エアナ、もう暴れないと約束できるか?」


キョトンとした顔をするエアナルード。

そして意味をかみ砕いたのか、突然涙を流し始める。


「えっ?……いいの?……だってドルは……」


俺は優しくエアナルードの頭を撫でてやる。


「アイツは少し力を使いすぎたんだ。まあ、数千年はかかるがまた復活できる。お前はまだどうにか維持できそうだ。どうする?」


そして真直ぐこちらを見て頷いた。


「お願い…します…ノアーナ様……ミューちゃん」


俺は腕輪に魔力を込め禁呪コードを解放した。


「コード156!!霊体注入!!同時解除!!コード022!!擬似顕現!!」


エアナルードの体が光に包まれ腕輪に吸い込まれる。

そして身長80センチくらいの可愛らしい女の子が顕現した。


「!?可愛い♡」


ミューズスフィアが抱きしめた。


「っ!?ちょっとミューちゃん、苦しい!!」


リバちゃんがミューズスフィアの顔にぶち当たる。


「くはっ!……むう、わかった」


エアナルードは解放された。


「アート、封印の箱は持ってきてくれたか?」


アースノートのぐるぐる眼鏡がキラリと光る。


「もちろんですわ。ノアーナ様大金星ですわ♡次元を超える魔石……これで…」


後半小さくつぶやく。

聞き取れなかったが。


「ん?どうした、良く聞こえなかったが」

「っ!?問題ありませんわ。…久しぶりですわねエアナ。例の石、この中にお願い出来まして」


アースノートがあまりに存在がいびつ過ぎる、周りの空間が歪むほどの大質量の小さな箱を開きそれを掲げた。


「「「「「っ!?」」」」」


皆に緊張が走る。

もし暴走したらおそらく星ごと消えてしまうほどの存在。

それがアースノートの手のひらの上にある。


「ひいっ!?…まったく…なんてものを!?……はい、出したよ。早くしまってよ!!」

「ええ、確かに。はあはあはあ♡凄いわね…あああ♡」


顔を真っ赤に染め、激しく興奮するアースノート。

皆の緊張が解かれたのは言うまでもない。


※※※※※


「エアナ、奴、あのレイスは後何か言ってなかったか?」


今は落ち着き皆で軽くお茶を飲みながら休憩しているところだ。


エアナルードはさらに存在値を落とし、今は2000くらいだ。

可愛い3歳くらいの女の子の姿に擬態している。


ふわふわの藍色の髪の毛にぱっちりとした金色の瞳。

ぷっくりとしたほっぺたが愛らしい。


あくまで擬似存在なので多くの力は封印され使用できない。

そして実はすでにエリスラーナの方が強かったのでコイツから継ぐ物は殆どなかったのだ。


両手でコップを持ち、こくっこくっと喉を鳴らしながら水を飲みそして口を開く。


「んー?勇者が邪魔するから、ちきゅう?に戻すって言ってた。そしたら消えるらしいよ?因果?法則?……良く判らないけどそういってた」


俺は眉間にしわを寄せ、難しい顔をしさらに問いかける。


「まだたくさんあったのか?その魔石は」

「わかんない。でも探していたモルドレイクは見つからなかったみたいだよ」

「そうか、わかった。エアナ、お前俺たちと一緒に暮らそう。ギルガンギルで」

「っ!?良いの?うん。いくいく。やったー」


ピョンピョン飛び跳ねるエアナルード。

うん。

まあ可愛い。


「アート、大至急対策を頼みたい。茜を失うわけにはいかないからな」

「ええ、もちろんですわ。お任せくださいませ♡」

「ああ、いつも助かる。アートがいて本当に良かった。ありがとう」

「っ!?もう………次に期待ですわね♡たっぷり可愛がっていただきますわ♡」

「そうさせてもらおう」


俺はアースノートの頭を撫でてやった。

取り敢えずアースノートとエアナルード、リバちゃんをギルガンギルへと送ったのだ。


※※※※※


奈落の大穴は、リッチロードが出てしまったおかげでほとんど魔物がいなくなっていた。

一応調査が終了したので、俺は久しぶりにアイツを訪れることにした。


最奥の部屋にはここの真の主がいる。


世界で1体しかいない最上位の竜種、真魔龍ギアルドライストが呑気にこたつの様なものに足を突っ込み、みかんを食べていた。

何故かテレビの様なものでお笑い番組を見ているようだ。


「久しぶりだなギアル。10万年ぶりくらいか?」


おもむろにこちらに視線をよこすギアルドライスト。


「……あれ?ノアーナじゃん。どしたの?」


後ろで固まるエリスラーナとミューズスフィア。

初めて見る余りの格上の存在に、背中から嫌な汗が止まらないらしい。


真魔龍ギアルドライスト。

冗談のような存在だが全くの怠け者だ。

存在値は1000000。

世界最強だが、色々な縛りがある。

俺はこいつの事は『世界に居ない』事にしてある。


「ああ、別に用事ではないんだがな。たまたまここに来たからあいさつに来たんだよ」

「ふーん。わかった、久しぶり。……じゃあな」


そういうと俺たち全員が奈落の大穴の入口に立っていた。


「ふう、相変わらずだ。よし、皆帰るか」

「「「「ちょっと待ったー!!!」」」」


一斉に突っ込みが入る。

お前ら仲いいな!


「ノアーナ、何今のアイツ?……メチャクチャじゃん」

「あり得ない。ノアーナ様、説明」

「ノアーナ様、あれはさすがに……どういう事でしょう」


ミューズスフィアとエリスラーナ、ムクが続けざまに俺に問いかけてきた。


「まあ、心配しなくてもいいぞ?あいつはあの部屋から出ることはないから」

「「「えっ?」」」

「そういう縛りであの力だ。全く問題ない。まあ、ギミックみたいなものだよ」


おずおずとネルが俺に問いかける。


「でも、大丈夫なのでしょうか?あまりに…」


心配そうな顔をしている。

うーん、本当に大丈夫なんだけどな。


「あー、なんていうか……アイツ星なんだよ」

「「「「はっ?」」」」


「説明が難しいな……忘却の概念!!!」


「「「「っ!?」」」」


面倒になった俺は四人の記憶に干渉しギアルドライストの記憶を消去した。

うん。

本当に今の俺たちとこの世界に関係がないんだよ。

あいつは。


「さあ、調査も終わったし帰ろう」

「エリスとミューズどうする?せっかくだからグースワースでうまいものでも食べてから帰るか?」

「うん。かつ丼食べる。あれは至高」

「プリン!!」

「はははっ、よしみんな帰ろう。色々あって疲れたからな」


こうして魔物の氾濫事件は幕を閉じた。


終息宣言を出し忘れ、二日くらい神経をすり減らしていたドラゴニュート隊に文句を言われたのは別の話だ。


そしてなぜか正座させられカナリアに説教を食らったのだが。

解せぬ。


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