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第167話 悪意の悪だくみ

勇者が邪魔だ。


正直本体は問題ない。

色々準備しているようだが、おそらく無駄だ。

何しろこいつらは惹かれ合う。

結果として何で遮ろうがレジストなどできない。


くそっ、星からの吸収も出来ない。

対策したようだ。


レイスは目の前の漆黒の鉱石を眺める。


悍しい悪意と濃厚な漆黒の魔力を含み、白銀が揺らめいている。

きっとすごい奴が出来上がる。


だが、多分まだ勝てない。


そしてふと気づく。

悍しい考えにレイスが行きついた。


そうか。

そうだ。

ないなら作ればいい。


ははっ、簡単なことだ。

後から強い力を加えるからバレるんだ。

最初は弱い力で隠蔽させればきっと……


くくくっ、ああ、楽しい。


因子をもてあそぶのは俺になら朝飯前だ。

はははっ、しばらく楽しむがいいさ。


三年後だ。


俺はお前を苦しめる。


そのためだけの存在だ。


ははは、ああ、なんて楽しいんだ。


※※※※※


時間は10年ほどさかのぼる。


モンテリオン王国に光魔法の天才と呼ばれるルイナラート・ノアールという女性がいた。

天使族のこの女性には『光触族』という珍しい血がごく僅かだが混ざっていた。

世代を重ねたせいでその特徴などは現れることはなかったが、彼女の光魔法の効果が高い事に影響していたのであろう。


そしてその血が奇跡的に彼女の娘の運命を大きく変える。


(新星歴4808年6月8日)


元男爵家のエスバニア家のリビングでは当主のラナドリクが落ち着きなくうろつきまわり、あまりの緊張に倒れてしまいそうになっていた。


母親であるスイネルにたしなめられ、侍女で彼の乳母であるドレイシーに呆れられたが、いてもたってもいられず、かれこれ数刻はそんな感じだった。


「ああ、母上、俺に何か出来る事はないのか?ルイナが苦しんでいるというのに。……ああ、アルテミリス様、どうかルイナを守り給え」


跪くラナドリク。

そして祈りをささげたかと思えばまたうろうろと歩き回る。


ため息交じりにスイネルが口を開く。


「まったく。あなたは男です。出産に協力できることはありません。先ほども申し上げたでしょうに。少しは落ち着いたらどうです」


ラナドリクは真顔で咄嗟にスイネルに懇願する。


「そんな!でもきっと何かあるのだろう?なあ母上、教えてくれ。ああ、心配でどうにかなりそうだ」


その様子に呆れるドレイシー。


「坊ちゃん、これは女の戦いの様なものですよ。ルイナラート様が頑張っておれるのです。助産師様も高名なお方です。坊ちゃんが信じないでどうするのです」


「うう、わかったよ」


よろよろと椅子に座り込み、そして今度は激しく貧乏ゆすりを始める。


「あああ、心配だ……おお、神よ……」


二人はそんな様子を見て大きくため息をつくも、気持ちは同じだった。


エスバニア家は、しばらく不幸なことが立て続けに起こっていた。

久しぶりの明るい話題に、彼の家族は喜びに震えていた。


※※※※※


ラナドリクの父であるラナイデル・エスバニアはもともと平民だ。

そしてモンテリオン王国第2騎士団の小隊長まで上り詰めた実力者だった。


モンテリオン王国では100年ほど前に王家のゴタゴタで爵位制度自体が撤廃されていた。

しかし代わりにある程度の権利を行使できるような仕組みは残されており、元が付くがその形は暗黙の了解で残り続けていたのだ。


つまり彼には数多(あまた)の活躍により、元男爵家当主という肩書が与えられていた。

そして平民上がりと、周りの元爵位持からは揶揄されていた。


そんな時魔物の氾濫が王国を襲った。


くだらない元爵位を振り回す、コネでその職についているものが多い小隊長クラスは有事にはまったくあてにならず、実力のあるラナイデルに何故か『防衛の主力を務めよ』と命令が下った。


本来なら在り得ない命令だったがラナイデルは文字通り命を懸けその責務を全うした。

役立たずの元伯爵家の小隊長をかばい、その命を落としてしまっていた。


多くの兵士が見ていたにもかかわらず、くだらない権力闘争のゴタゴタの中、彼の死は不注意によるものと断定されてしまったのだ。


そしてラナドリクの兄である当時19歳だったライラルードが爵位を継いだが、その冬にはやり病で命を落としていた。

相次いで当主を失ったエスバニア家は苦境に立たされた。


元とは言え爵位には権利とともに義務がある。

当時15歳だったラナドリクに義務を果たす能力はなかった。


そんな中、父と仲の良かったノアール元子爵が協力を申し出てくれた。

元々ラナドリクはノアール元子爵の次女であるルイナラートとは親同士の合意により許嫁だった。


一応の領地の義務を果たし、これでようやく結婚かというときにまた不幸が襲い掛かる。


美しく賢いルイナラートを望む高位の者から横やりが入ってしまう。

元辺境伯の第四夫人として受け入れたいと通達が来た。


しかし二人の愛は本物だった。

ルイナラートは自分の父親にこう告げた。


「私はラナドリク様を心の底から愛しております。もし引き裂くというのであれば、辺境伯を殺し、二人でどこまでも逃げましょう。アルテミリス様に誓います」


モンテリオン王国でのアルテミリスへの誓いは『命を捧げる事』と同意だった。

腐っていた国だが、それだけは守られていた。


そして遂に叶えられた、愛する者同士の結婚は多くの領民とラナイデルに心酔したまっとうな貴族当主と、なんと国王まで参列し盛大に祝われていた。


そして結ばれた二人は愛をはぐくみ、今日新たな命が生まれるのを待つばかりとなっていた。


※※※※※


ラナドリクの祈りに効果があったかはさておき、ルイナラートは無事可愛らしい女の子を出産することができた。


ラナドリクが興奮のあまり、赤ちゃんを抱こうとするも助産師にひっぱたかれるなどの騒動もあったが。


可愛らしい女の子はルース・エスバニアと名付けられた。


この世界、出産はまさに命懸けだ。

多くの母子がちょっとしたことで命を落とすことも多かった。


出産後、少し落ち着いたところでルイナラートは夫のラナドリクに一つお願いをしていた。


「ルミナラス様にどうかこの子の祝福をお願いしたいわ」


母子ともに問題のない出産という幸運に接し、こう願うことはむしろ当然なのだろう。

ラナドリクはやっと自分も役に立てると大喜びで手紙をしたためたのだった。


※※※※※


無事出産が終わり、1か月が経過した。

ルミナラスは妹分のルイナラートに頼まれ、エスバニア家を訪れていた。


ルイナラートは光魔法の才能を見出され、実はルミナラスとは兄弟弟子だった。

ハイエルフのラミンデ・エルスイナの元で共に学んでいたことがあったのだ。


「ルイナ、おめでとう。全く、わざわざ私に頼むのは当てつけかしら。私なんて経験すらないのに」


何故かふくれっ面のルミナラス。

ルミナラスは非常に美しいが、ノアーナへの初恋をこじらせており、もう100歳を超えるというのにいまだ少女だった。


「ルミナラス様、お久しぶりです。ふふっ、相変わらずお美しい」


ルイナラートはルースを抱きながら笑顔をむけた。


ルミナラスはルースを見た。

小さいそれはまさに生命の塊だった。

相当魔力が強いのだろう。

薄っすらと残滓が見える。


「すごいわねこの子。とても強い魔力だわ。きっと大きなことをする子なのでしょうね」

「ええ、わたしもそう思う。まだ1か月なのにこの子私たちの言葉を理解しているようなときがあるの」

「うちは男爵家でしょ。この子の力が国にバレると……」


少し表情を曇らせる顔はすっかり母の顔になっていた。

ルミナラスは明るい声を出し、ルイナラートへ告げる。


「問題ないわよ。その時はアルテミリス様の眷属になればいいわ。そうすれば国は何も言えないわよ。私が推薦してあげるわ」


「っ!?……ありがとう、ルミナ姉さん」

「ふふっ、懐かしいわね。でも嬉しいわ。そう呼んでもらえるの。私もう数年で100歳になるのよ。天使族なのにね。……もうおばあちゃんだわ」


ルイナラートは驚愕に目を見開く。

ルミナラスの年齢を初めて聞いた。


「……そんなこと……えっ、もしかして……」

「…うん。少しね……まあ、しょうがないけど。悔しいわね……さて」


ルミナラスはにっこり笑い、儀式用の杖を取り出した。


「さあ、今日はルースちゃんに目いっぱいの祝福を与えるわよ。そして親である貴方たちにもね。子供の健康な成長には親の愛は欠かせないのだから」


ルミナラスが青白い神聖な魔力を纏い、大きな魔方陣を形成し、祝福の儀式は無事済まされた。


その後エスバニア家は幸せに時を重ねていった。

残念ながら新しい命を再度授かることはなかったが、両親は可愛いルースがいれば問題はないようで、祖母ともどもルースに愛を注いだ。


ルースはやはり天才だった。

順調にその魔力と才能を伸ばしていった。


両親と祖母の温かい愛に包まれ、たまに来るルミナラスの愛情ももらい、ルースはとても素直に優しい少女へと成長していく。


そして。

そんな幸せは、悪意によって歪められてしまう。

世界の脅威となる偽神。


その種が埋め込まれることにこの時は誰も気が付くことはなかった。


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