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第169話 植えられる偽神の種

不安な夜が明ける。

ルースは怖くて母と一緒に寝たが、なぜかほとんど寝ることができず、少しふらついていた。


「お母さま、なにか気持ち悪いです……誰かが見ているような気がします……怖い」


ルースはまだ10歳だが、賢い子だ。

珍しい反応にルイナラートはルースを抱きしめ、背中を優しくたたいてやる。


「大丈夫よ。ミルラナちゃんは無事よ。安心して」

「……うん」


二人はリビングで寄り添いいながらソファーに座っていた。

暫くしてドアがノックされ、父が入ってくる。

徹夜したのだろう、眼の下にクマができている。


「おはようルイナ、ルース。ごめんな、怖かっただろ」


ラナドリクは抱っこして顔をスリスリしてきた。


「んん、お父様、髭が痛いです」

「ああ、すまんな。……顔色が悪いな、大丈夫か?」

「あまりよく寝られなくて。でも平気です」

「そうか。ルイナ、ルースを頼む。ああ、ミルラナが目を覚ました。あとで様子を見てやってくれ。俺は今から取り調べだ」

「かしこまりました。…あなた、終わったら休んでくださいね」

「…ああ、ありがとう」


伝えられた情報に安堵の息を吐く。

しかしルースの不安は大きくなる一方だった。


隣で顔色がますます悪くなるのを見てルースを一人にできないと感じ、最悪の判断をしてしまう。


「ルース、あなた顔色が悪いわ。ミルラナちゃんの様子を見たらお母様が一緒に寝てあげるから、辛いだろうけどちょっと我慢してね」

「うん」


二人は手をつないで、ミルラナが寝ている部屋へと向かう。

部屋の前まで行くと、いよいよルースの具合は最悪に悪くなっていた。

まるで心臓をつかまれたかのように動悸が激しくなる。

思わず倒れ込みそうなほど足元がおぼつかない。


「ルース、ああ、ごめんね。少しだからね」

「……う…ん…」


そしてドアをノックして声をかけた。


「ミルラナちゃん、入っていいかしら」

「……はい……」


何故か元気のない声が返ってきた。

違和感がしたが、きっと怖かったのだろうと深く考えずにドアを開く。


そして。


突然ミルラナはルースに襲い掛かり、首にかみついて来た。


「っ!?きゃあああああああ―――――痛いいいい!!!ああああーーー!!!」


ルースが激しい痛みに転げまわり逃げ惑う。

突然のことでルイナラートは反応が遅れたが、いまだ噛みついているミルラナを引きはがそうと力を籠める。

あり得ないような力に顔が引きつる。


「な、なにを?!離しなさい!!このっ」


すぐに騒ぎを聞きつけ男爵家の騎士が引きはがしてくれた。

もしあのままだったら……

失ってしまいそうな恐怖に、慌てて娘を抱きしめた。


「あああ、ルース、しっかりして」


首から酷く出血し、呼吸もおかしい。

ショック症状が出ていた。

体が痙攣をおこしている。


「誰か!お願い、誰か来て!!ルースが、ああ、ルースが!!!」

『くくくっ、うまくいった。はははっ、種を埋めたぞ!ははっ、あはははは』


妖しいレイスの言葉に気づくものは誰一人いなかった。


ルースはルミナラスの魔法により一命をとりとめた。

だが、この日から2か月、彼女の意識は戻らなかった。


※※※※※


ラナドリク男爵家の応接室は暗鬱とした空気に包まれていた。

たまたま今日来ることになっていたルミナラスにより、今回の事件には悪意が絡んでいることが確認されていた。


ただあまりにも微弱だったため、確認に時間がとられたのだ。

そして、ミルラナを誘拐したボルナーも、ルースに嚙みついたミルラナも、記憶がなくなっていた。


ラナドリクは目に涙をため、ルミナラスに深く頭を下げ絞り出すように声を発した。


「ルミナラス様、ルースを助けていただき、ありがとうございました」

「顔を上げて。命は問題ないわ。でも……心には大きな傷が残るかもしれない」


悔しそうに口を開く。

思わずため息が出てしまう。


「……悪意、ですか」

「ええ、そうね。一応解呪はしたわ。でも、今回のパターンは初めてなの。しばらく様子を見た方が良いわね」


そして俯き涙を浮かべているルイナラートに目を向けた。


「ルイナ」

「………グスッ」

「ルイナ!!」

「……は…い…」


ルミナラスは立ち上がり肩をつかみ、目を見つめ強い口調で言葉を紡いだ。


「しっかりしなさい!!母親でしょ!!あなたがルースを守らないで、誰が守るの?」


肩がびくりと跳ねる。

そして淀んでいた目に力が戻り始めた。


「あの子は今、痛い思いをして友達に傷を負わされ苦しんでいるの。あなたが助けてあげなければあの子は一人なのよ。しっかりしなさい」


ルイナラートは涙を拭いて、ルミナラスの瞳を真直ぐに見つめた。


「はい。……そうですよね。お母さんの私が嘆いている場合じゃないですよね。ありがとうルミナ姉さん」

「うん……辛いだろうけど、あの子のお母さんはあなたしかいないのよ。私も協力するから」

「はい…ぐすっ…ひっく……うう…うああ…あああああ」


抱きしめて頭をなでる様子は優しさにあふれていた。


「ラナドリク」

「……はい」

「思うところはあると思うけど、処分については待ってもらいたいの」


ラナドリクは目を見開いた。


「どういう事でしょう。確かに二人に記憶はない、でも、無罪放免というわけにも」


「ふう………ドルグ帝国のことは承知しているかしら」

「えっ?いえ、詳しくは……」

「同じなのよ」

「っ!?…まさか」

「悪意なの。原因は。……だから、これは神々と魔王の案件なのよ。一領主、ましてや国王の分をも超えてしまうのよ」


天井を見上げ一筋の涙を零すラナドリク。

その様子を見てルミナラスは悲しそうにささやいた。


「気持ちはわかる、とは言わないわ。でも、耐えて頂戴。すぐに魔王様がここに来るわ、それまで休みなさい。……そんな顔で極帝の魔王であるノアーナ様に合わせられないわ」


「っ!?……承知いたしました」

「……ごめんなさいね」


ラナドリクは力なく立ち上がり、応接室を出ていった。


「ルイナ、ラナドリクが暴走しないように見ていてあげて。ルースはしばらく目を覚まさないわ。今は旦那さんを見てあげて。ルースの事はスイネルに頼みなさい」

「はい、わかりました。ルミナラス様は?」

「あら、もう『ルミナ姉さん』って呼んでくれないのかしら?」


ルミナラスはわざと少しおちゃらけてみせた。


「もう……ふふっ、優しいですねルミナ姉さんは」

「そう?普通よ」

「あはは、そうですね。分かりました」

「ええ、魔王様に会いに行くわ。多分数刻でまた来るからね。頼んだわよ」

「はい。承知しました」


ルミナラスは念話を飛ばし、グースワースへと転移したのだった。


「ありがとう、ルミナ姉さん」


ルイナラートのつぶやきが、応接室に響いていた。


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