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第170話 種と罠と一筋の光

(新星歴4818年10月16日)


空間が軋み魔力があふれ出す。

ルミナラスが転移してきた。


事情を聴いていたため俺はアルテミリスと茜を呼び、今から執務室で事の顛末を聞くところだ。


「すみません、いきなり。でも悪意がらみです。ノアーナ様に伝えた方が良いと判断しました」


ルミナラスが頭を下げた。


「いや、頭を上げてくれ。……琥珀石は所持していたのだな。さすがだなルミナ」

「ルミナラス、ありがとう。神である私がしっかり管理しなくてはならないのに、迷惑を掛けました」

「いえ、そんな。今回の件は少しおかしいのです。範囲が狭いのと、狙いが全く分からない。今回狙われたのが誰なのかもわからないのです」


確かに悪意が絡んでいるとしても、目的が分からない。

男爵家の娘が結果として大けがを負った。

しかしそれでモンテリオン王国がどうこうなるとは到底思えない。


「ねえルミナラスさん、その『ルース』ちゃんは大丈夫なんですか?」


茜が躊躇いがちに問いかける。

見てわかる程ルミナラスが消耗していたからだ。


「はい。一応浄化しましたし、真核もおそらく問題ないと思います。ただ、わたしでは深く見られないのでノアーナ様に確認していただきたくて」


俺はコーヒーを飲みながら彼女の言葉を聞いていた。


「ふむ、取り敢えず様子を見た方が良いな。茜、アルテ、一緒に行こう。……ルミナ、辛いだろうが案内を頼む。……終わったらちゃんと休んでくれ。可愛い顔が台無しだぞ」


一瞬ルミナの顔に朱がともる。

そして真剣な顔で俺を見つめた。


「ルースは天才です。きっと私よりも。……お願いします。助けてやってください」

「ああ、全力を尽くそう。任せてくれ」


俺たちは領主の館へと飛んだ。


※※※※※


ラナドリクの家には多くの町の要職の者が集まっていた。

町で起きた小さな事件とはいえ、例の悪意が絡んでいることがなぜか伝わってしまっていた。

そして国王であるエスペリオンまでが訪れていた。


ラナドリクは応接室で膝をつき、王であるエスペリオンに臣下の礼をとる。


「この度は、お忙しい中、このような粗末な場にお越しいただき、感謝の念に堪えません」


見るからにボロボロなラナドリクを見て、王は人払いをするよう宰相のアル―ダインに目配せをした。


「よい、お前も大変な時にすまないな。掛けるといい。じきに魔王が来よう」


ふらふらとラナドリクが対面の席に腰を掛けた。


「ルミナラス様には感謝だな。彼女がいなかったらと思うとぞっとする。あれは感染するらしい。……ドルグ帝国の悲劇を繰り返すわけにはいかん」


「……はっ」


そんなやり取りをしていると空間が軋み、凄まじい魔力が溢れてきた。

皆が思わず跪く。


極帝の魔王ノアーナと勇者茜、光の神アルテミリスが、大賢者ルミナラスとともに転移してきたのだ。


「エスペリオン久しぶりだ」

「はっ、魔王陛下、お久しぶりでございます」


「ふむ、皆楽にしてくれ。話はあとで行おう。ラナドリクと云ったな、まず娘の様子を見たい。案内を頼む」


突然名を呼ばれビクリと肩をはねさせる。

ルミナラスが優しく安心させるように声をかけた。


「ラナドリク、かしこまらなくていいわ。魔王様は優しいお方よ。それよりもルースに会わせてあげたいの」

「はっ、承知いたしました。娘は自室で休んでおります。ご案内いたします」


ラナドリクの案内で俺たちはルースの自室へと向かった。

母親であるルイナラートと祖母のスイネルが看病をしていた。


俺たちに気づいて立ち上がるルイナラートをルミナラスが手で制し、俺は寝ている少女に近づいた。


「……うん、真核は問題ないな……だが、なんだ?……引っかかるが……」


アルテミリスが目を見開きルイナラートを見つめる。


「あなた……光触族?」

「?……えっ、いえ、天使族ですが……」


突然の問いかけに、キョトンとするルイナラート。


アルテミリスはおもむろに自分の金を纏う白色の魔力を広げ始めた。

優しい光が部屋を覆いつくす。


「ああ、なんて心地よい光……えっ?」


ルイナラートの額の両側がうっすらと発光していた。

そして、寝ているルースの額が、強い光を放つ。


「ノアーナ様、彼女と娘のルースは、わたしと同じ光触族のようです。ルイナラートはだいぶ薄いですが、ルースは隔世遺伝なのでしょうね。……資格を得ています。神としての」


部屋を驚愕が包む。

ラナドリクが膝から崩れ落ちた。


「なっ?……ルースが……神の……」

「ええ、貴重な子です。この子は放置できません。目覚めたら私の眷属といたします」


ルイナラートが弾かれたように起き上がりアルテミリスに詰め寄った。


「ア、アルテミリス様、お待ちください。まだこの子は、10歳なんです。まだ子供なのです。……その、光栄ですが……」


「ええ、あなたの心配する様な事は致しません。ただ、放置はできません。彼女の力はあなた方の想像を超えるでしょう。申し訳ないのだけれどきっと普通の暮らしはできない。それほど強力な力です」


そして何故かちらりと俺を見る。

念話が届いた。


『ノアーナ様、おそらく何かを仕込まれています』

『っ!?……そうか。分かった。詳しくは後で良いのか』

『ええ、ギルガンギルの案件です』

『ああ、了解だ』


「コホン、何はともあれしばらくは様子を見させてくれ。急を要することではなさそうだ。ラナドリク、ルイナラート、大変だったな。お前たちも休んでくれ。ルースを二人の寝室へ移すといい。3人で寝る方が良い。あとのことは俺が預かる。悪いようにはしない」


俺が言うと二人は膝をつき涙を流し始めた。

俺は二人の肩に手を置き、緑纏う琥珀の魔力で包み込んだ。


「さあ、ゆっくり休んでくれ」

「あ、ありがとうございます」


「スイネルも休みなさい。若い夫婦を支えてやってくれ」


ノアーナに声を掛けられ思わず涙ぐむ。


「茜、すまないが一応広範囲での解呪を頼む。ルミナラスは取り敢えず休め。あとは王と詰めるだけだ。王城へ向かう」


「はい」

「ありがとうございます。休ませていただきます」

「ああ、心配いらない。俺に任せろ」


茜が解呪を行い俺たちは王とともにモンテリオン王国の王城へと転移していった。


※※※※※


モンテリオン王国の謁見室で俺たちは王のエスペリオンと向かい合いあい、これからの事について話し合いを行った。


目の前の紅茶からかぐわしい香りが立ち上り、あたりを包む。


「ふむ、いい茶葉だな。流石はモンテリオン王国だ。造詣が深い」

「はっ、ありがたき幸せ」


緊張しているのだろう。

落ち着きがない様子だ。


「ところで、この国は相変わらずだな。どうしてもクズが多いようだ」

「まあ、100年前よりはましなようだがな……少しテコ入れが必要かもしれないな」


エスペリオンの額から滝のような汗が流れ落ちる。


「アルテ、実際どうだ。賢いお前のことだ。考えはあるのだろう?」


アルテミリスは俺をまっすぐ見つめ感情の乗らない声で口を開いた。


「はい。エスペリオンはよくやっています。元貴族院については対策済みです。じき効果が表れるでしょう」

「そうか。エスペリオン、大変だろうが引き続き頼む。ああ、しばらく上位の眷属を要所に配置する。許可をくれ」


「はっ、仰せのままに。おい、詳細を詰めてくれ」

「はっ」


宰相と近衛騎士団長が部屋から出ていった。


一部腐っているとはいえさすがは70万人からいる国の王だ。

優秀なのは間違いがない。


※※※※※


エスペリオン・ガイナ・オルズニルド

天使族で存在値は310。


現在72歳で見た目は40前後の美丈夫だ。

銀髪を結い上げ切れ長の茶色の瞳には力がある。

身長は170くらいで比較的細いが、しっかりとした鍛えられた体躯には珍しい銀色の魔力がまとっている。


やや気弱なところもあるが民を想える心優しい王だ。


※※※※※


「今回の件だが、広まる速度が速すぎる。おそらく扇動しているものが居るのだろう。お前の方で調査を頼みたい」


悔しそうに俯いてからエスペリオンは決意を込めた目に変わり俺を見つめた。


「はっ、力の限り。魔王陛下のご意志のままに」

「ああ、勤めてくれ」


「アルテ、眷族の対応はお前に任せる。少し強めで頼んだ」

「はい。承知いたしました。エスペリオン、あなたの眷属位を少し下げます。第1席の人材が見つかりました」


「……はっ、謹んでお受けいたします」

「貴方が無能とかそういう事ではありません。これからも私を補佐してください」

「ありがたき幸せ」


これでしばらくの対応は問題ないだろう。

細かな指示を出し、一応茜に解呪してもらい俺たちはギルガンギルの塔へと飛んだ。


ここからが本番だ。


ギルガンギルの塔の会議室には6柱の神と茜、ミューズスフィア、エアナルード、セリレと俺の11名がそろい、今回の内容を話し合っていた。


「ノアーナ様、ルースに植えられた種はおそらく数年のうちに発芽するでしょう。恐ろしく慎重に隠蔽されております。あの子が光触族でなければ分かりませんでした」


想定外の事態に皆が驚愕の表情を浮かべた。

俺は紅茶でのどを潤す。


「そこまでわかっていて放置か。何か案があるのだな?」


アルテミリスの顔に冷たい表情が浮かんだ。


「ええ、罠を仕掛けます。少々危険ですが。そして……ルースの人生が犠牲となるでしょう」


俺は思わず天を仰ぐ。

アルテミリスの言いたいことはわかる。

だが、年端もいかぬ少女を犠牲にしなければならないのは……


「光喜さん。私もそうした方が良いと思う」

「酷いこと言うようだけど……最優先は……光喜さんだよ。ルースちゃんには……可哀そうだとは思うけど……でも……」


うなだれる茜。

優しい彼女の事だ。

心が引き裂かれるほどつらい決心なのだろう。


「ふう、とりあえず聞いてからだ。まさか殺すわけではあるまい?具体的な案を教えてくれ」


そしてこれが、俺が消され地球へ再転生するきっかけとなる。

ルースはカギになる。

そして眷族化に伴い新しい名前『ルースミール』と名を変えるのだった。


種を仕込んだ悪意と

罠を仕掛けた俺たち


どちらに軍配が上がるのかはきっと。


数年後に俺たちの前に真実となってもたらされるだろう。


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