(新星歴4818年12月22日)
モンテリオン王国の下町の領地を治めるエスバニア男爵家では、親子3人だけのささやかな回復を祝う宴が開かれていた。
2か月前の騒動で大けがを負ったルースが、ようやく目覚めたのだ。
すっかり元通りになりルースは目を覚まし、今までにないように母親と父親に甘えた。
心配で夜も眠れない日が続いた夫婦ではあったが、王やルミナラスやアルテミリス、そして魔王までもが心配してくれて、何度も足を運んでもらうなどされたことで心が軽くなり、最近ではいつも通りの生活に戻っていた。
祖母であるスイネルもずっと心配してくれていたが数日前から肺を患い、今は故郷で療養中だった。
そんな中、目を覚ました愛するルースが甘えてくる。
父も母もデレデレになるのは仕方がない事なのだろう。
「ママ、抱っこしてほしい」
10歳の少女とすれば何故か幼い物言いだが、母のルイナラートはルースを抱き上げる。
「ママ、大好き」
そして胸に顔をうずめる可愛い我が子。
「あらあら、甘えん坊さんね。ああ、可愛いルース」
溶けそうなほど甘やかしていた。
「はははっ、次はパパの番かな。ルース、おいで」
母に甘えていたルースは父を見て、手を伸ばす。
ルイナラートは物足りなさそうに愛する我が子をラナドリクに手渡した。
「パパ!大好き」
そして抱き着くルース。
ラナドリクの顔は崩壊寸前だ。
「ああ、可愛いルース。良かったな、怪我が治って」
そして顔をスリスリとするのだ。
「んん、お鬚痛いの」
「ははっ、すまんすまん。ああ、ルース、本当に可愛い」
久しぶりに家族3人に幸せな笑顔が戻っていた。
「さあ、せっかくのご馳走だ。ルース、たくさん食べるんだぞ」
「……はい。お父様」
突然ルースの表情が変わり、凍り付く両親。
ルイナラートがおそるおそるルースに問いかけた。
何故か冷や汗が止まらない。
「えっ、ルース?どうしたの、美味しくなかったかしら」
「いいえ、とてもおいしいです。ありがとうございますお母さま」
ついさっきまで甘えていた可愛いルースが。
消えた瞬間だった。
「お父様、アルテミリス様にお伝えください。眷属になります。私はアルテミリス様の元へ行きます」
「なっ、何を……ははっ、目が覚めたばかりだ、混乱しているのだろう?」
ラナドリクは恐ろしさのあまり膝が震えていた。
ルースは冷めた目で父親のラナドリクの目を見つめた。
「いいえお父様。これは運命ですわ。わたくしはあの方の元で神への修行を行います」
そして見る間に成長していく我が子。
体を銀色の魔力が包み込む。
そこには18歳くらいの神々しい美しい女性が顕現していた。
そしてなぜか、背筋に寒いものを感じさせる異質な魔力を纏っていた。
ルースの目から一筋の涙が零れる。
「ありがとう、ママ……パパ……さようなら」
そしてルースは。
二人の前から姿を消した。
※※※※※
くくくっ、うまくいった。
まさかここまで『はまる』とはな……
ははっ、3年もいらないかもな。
……ん?
なんだ?
フン、律儀な奴だ。
俺に会いに来るとは
まあいい。
俺も少しは感謝しているんだ。
話くらい、いいだろう。
※※※※※
誰も知らないような薄暗い部屋に、ルースは一人佇んでいた。
そしてそこに、白銀纏う漆黒の怪しいレイスがふよふよと近づいて来た。
「おめでとう。無事に発芽したようだな」
「ええ、おかげさまで」
ルースはつまらないようにぶっきら棒に言い放つ。
そしてレイスを見つめた。
「これでもう、モンテリオン王国には手を出さないのよね」
「…ああ、俺は悪だが、嘘はつかない」
「そう、ならいいわ」
「くくっ、いい子だ………だが、なんだその物騒な箱は」
「っ!?」
突然レイスが消える。
「くっ、待ちなさいよ!」
『はははっ、残念だったな。先に裏切ったのはお前だ』
ルースは冷たい笑みを浮かべた。
「そうね。まあ、どうでも良いけど……捕らえたし」
『っ!?なっ?……お前、どうやって』
突然ルースの手のひらにあり得ないような大質量の悍ましい箱が出現し、レイスが囚われていた。
「はあ、おしまいね。簡単で良かったわ」
『!???!!!』
「もうしゃべれないでしょ。まあ、あなたは本体じゃないのでしょうけれど」
ルースはアルテミリスの待つ、モンテリオン王国の王城へと転移していった。
※※※※※
実は10日くらい前にルースは一度目覚めていた。
様子を見に来たアルテミリスが魔力を放出し種族特性を刺激させ起こしたのだ。
ルースをレイトサンクチュアリ宮殿へ連れていくために。
彼女がまだ寝ていると【虚実】の権能を施してまで。
真実を伝え、彼女の意志を確認したうえで対応を決めるために
アルテミリスは宮殿の応接室で、二人きりで話をすることにした。
この少女の人生を決める話だ。
本来なら両親も交えてするべき話であろう。
だが今回の結末を知るものは少なくする必要がある。
珍しいのだろう。
ルースはきょろきょろとあたりを見回している。
こうして見るとただの10歳の少女だ。
そして物凄く緊張しているようだ。
まあ、神と二人きり……
緊張するなという方が無理がある。
だが、この少女に世界の、いやノアーナの運命がかかっている。
アルテミリスは頭を悩ませたが、素直に伝えることにした。
賢いこの子の対応に任せることにしたのだ。
「ルース、普通に話すことを許します。不敬など一切問いません。そうですね、女同士の内緒話という事にしましょうか」
アルテミリスはにっこり笑う。
驚いたような顔でこちらを見つめるルース。
「まずあなたに事実を伝えますね。あなたは私と同じ光触族の末裔です」
「凄まじい力を備えています。普通の生活は難しいかもしれません」
ルースの瞳が驚愕で見開かれた。
そして何となく理解していたのだろう。
自分が人より大きく優れていたことに。
「そ、そうなんですね……」
「隔世遺伝したようですね。今この世界に光触族は私とあなた、そしてとても薄いですがあなたのお母様の3人しか私は知りません」
「っ!?お母さまも」
「ええ、あなたのお母様は優秀な光魔法の使い手ですよ」
薄っすらとほほが上気する。
母を褒められ嬉しいのだろう。
そして躊躇いがちにアルテミリスに問いかけてきた。
「普通に暮らせないって、どういうことですか?……優秀なのはいい事なんじゃ……」
「強い力は、他人の嫉妬を買います。そして権力に求められるでしょう」
「っ!?……どうすれば……」
「貴方が望むなら、わたしの眷属として迎え入れます」
沈黙が二人を包む。
目の前では紅茶から湯気が立ち上っていた。
アルテミリスが続けて口を開く。
「もちろん普通に暮らしてもらっても構いません。ただ、今言った懸念は付きまとうのでそれは受け入れてください。私たちも協力は惜しみません」
ルースは難しそうな顔をする。
そして遠慮がちに口を開いた。
「眷属になるとお母さまと、お父さまに会えなくなるのでしょうか」
「そんなことはありませんよ。まあいくつかの義務がありますから、毎日というわけではありませんが。修行もありますからね」
アルテミリスは優しく笑いかける。
「ここで決めなくてはいけませんか?」
「いいえ、お母さまとお父さまと相談していいですよ。あなたの人生ですから」
ルースの顔が緩む。
アルテミリスは紅茶を飲み、彼女にも勧める。
おずおずと紅茶に口をつけ、眼を煌めかせる。
「おいしい……あっ」
茶器に慣れていないのだろう、かちゃりと大きく音を立てた。
「ふふっ、良いのですよ。お菓子もどうぞ」
「言ったでしょ?今日は二人の内緒話ですよ」
そして手をのばして頭を撫でてやる。
ビクッとしたが、目を細めた。
「貴方は可愛いわね。少し休みましょうか。疲れたでしょう」
「っ!?……いえ、大丈夫です」
「そう、偉いわね。じゃあもう少し頑張りましょうか」
「はい」
アルテミリスの雰囲気が変わる。
これからが本題だ。
伝わったのだろう。
ルースも背筋を伸ばし、アルテミリスを見つめてきた。
「本当にあなたは優秀ですね。今から少し嫌な話をします。ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です……わたしもアルテミリス様に聞きたいことがあります。いえ、伝えなくちゃならない事があります」
二人の内緒話はまだまだ続くのだった