レイトサンクチュアリ宮殿の応接室は緊張感に包まれていた。
色々と話をしたが、一番重要なことをまだ伝えていない。
そしてアルテミリスが伝えようとしたタイミングでルースから伝えたいことがあるといわれたのだ。
アルテミリスは真っすぐにルースの瞳を見つめた。
「実はあの時、ミルラナちゃんに嚙まれたとき、変な靄みたいなのがずっと私を見ていたんです」
「っ!?」
アルテミリスは固まってしまった。
本命の話が、まさか彼女から齎せるとは思ってもいなかったからだ。
「…アルテミリス様……あれは何なのですか?」
「ふう、あなたはとんでもなく優秀ですね。……見えたのですね」
「はい。それから……話もしました。夢だと思っていたけど……覚えてます」
アルテミリスは思わず天井を見上げた。
ため息をつきルースを促す。
「教えてくれますか?」
「はい。……世界を壊すって、言ってました。そして……言う事聞かないと……」
ルースの目に涙が浮かぶ。
アルテミリスは隣に行き、優しく抱きしめた。
「大丈夫ですよ。絶対に守ります。……教えてくださいますか?」
「お父様とお母さまを殺すって……国を壊すって…ヒック……グスッ……怖い……うああ」
アルテミリスはルースの髪を撫でながら、改めて悪意に対し怒りを感じていた。
どのくらいそうしていただろうか。
ルースの震えがおさまってきた。
アルテミリスは彼女の目を真直ぐに見つめた。
「今回の事件の裏には悪意と呼ばれるものが居ます。あなたが見た靄ね。……そしてあの少女を操り、あなたに種を仕込みました」
「えっ?……種、ですか?」
「遅効性の種です。発芽まで早くても1年以上を要するでしょう」
「そして発芽すればあなたの真核を侵食し、この世界を破滅へと導くかもしれません」
「っ!?……取ることはできないのですか?」
「取り除くことは可能です。あなたが望むのなら今日取り除けますよ」
「お願いします。取り除いてください。……怖いです」
アルテミリスは小さく頷いた。
そして優しい表情を向ける。
アルテミリスが口を開こうとしたとき、何かに気付いたようにルースが話し始めた。
「あの、どうして今なのでしょうか。起きていないと取り除けないのでしょうか」
アルテミリスは悲しそうに顔をゆがめる。
「ごめんなさいルース。実はあなたにお願いしたいことがありました」
「でも……わたしはもう、あなたに辛い思いはさせたくないのです。取り除きましょう」
少し対話したことで、アルテミリスはこの子を助けてあげたいと思ってしまっていた。
いくらノアーナの、世界のためとはいえこの子を犠牲にはできない。
アルテミリスの葛藤を見たルースが、決意の込めた目で見つめてきた。
「取り除かなかったことに、意味があるのですね?」
「っ!?」
驚いた。
この子は本当に賢すぎる。
「教えてください」
「お願いします」
10歳の少女とは思えない真剣なまなざしに、アルテミリスは全てを伝えた。
涙を流しながら。
※※※※※
ルースは最初、唯一と言える友達の豹変する姿に強い違和感を覚えていた。
噛まれた直後、黒い靄が自分を見ていたことに気が付いていた。
そして、アルテミリスから話を聞いて、全てを理解した。
「アルテミリス様、他に方法があるのですか?悪意を倒す方法が」
アルテミリスは思わず俯いてしまう。
その様子を見て、ルースが口を開いた。
「罠を仕掛けましょう。アルテミリス様」
「っ!?なっ……でも、あなたが……」
そしてルースはアルテミリスの手をそっと握り、照れながら口を開いた。
「ありがとうございます。私を助けようとしてくれて。でも…わたし、あいつを許せないんです。それに……わたしを守ってくださるのですよね?すべてが終わったら、治してくれるのですよね?」
「もちろんです。神の名に誓って」
「本当は逃げ出したくなるほど怖いです。でも、私思うんです。きっとこの力には意味があるって。だから……わたしも、パパやママを守りたいんです」
「そして、友達を傷つけたあいつを『ぎゃふん』といわせたいです」
彼女の覚悟なのだろう。
額から神々しい光があふれ出した。
光触族の覚醒が始まったのだ。
「えっ……すごい……力が……」
そして10歳の少女は、その姿を美しい妙齢の女性へと変えていた。
※※※※※
王城の謁見室にはアルテミリスの眷属の上位者たち300名が整列し、その時を待っていた。
アルテミリスは王座に座り、その横にはエスペリオンが控えている。
空間が軋み魔力があふれ出す。
ルースが転移してきた。
ルースは跪いてアルテミリスに口を開く。
「お待たせいたしました。アルテミリス様。これをお納めください」
そして先ほどの箱を前に置く。
アルテミリスが視線を横にやると、エスペリオンが頷き、4名の完全装備の騎士が大き目の封印の施してある箱を持って前に出てきた。
そして封印の術式を紡ぎ、ルースが持ってきた箱を封入した。
その様子を見届けアルテミリスは立ち上がり、跪いているルースの前へと歩みを進めた。
そしてさらりと髪の毛を撫でる。
「ルース・エスバニア、あなたを今日より私の眷属第1席に任命します。そして名をルースミールとします。よろしいですね」
ルースは顔を上げアルテミリスを見つめ、しっかりとした口調で誓いの言葉を口にした。
「はっ、ありがたき幸せにございます。今日よりこの命、アルテミリス様に捧げます」
二人の間に契約の紋が現れ、それぞれに吸い込まれていく。
眷属化の儀式が終了した。
「……ルースミール。普段は御両親と一緒に生活してかまわないのですよ」
アルテミリスは成長し大人の姿になったルースミールを見て切なそうにつぶやく。
ルースミールはかぶりを振る。
「いいえ、アルテミリス様。父と母には大変よくしていただきました。これ以上一緒にいると決心が鈍ってしまいます」
「わかりました。でも一つ命令します。月に一度は必ずご両親を訪ねなさい。ノアーナ様を嘘つきにしてはいけません」
思わず目を開くルースミール。
そして涙を流しながら頷いた。
「…は…い……グスッ……」
神格に悪意を隠しながら刻まれたルースミールがついに眷属となり、神の懐へと入った。
しかしこれは承知の上での策だ。
そして誰も気付いていなかった。
ルースだった頃、彼女の中に眠っていたわだかまりが、実は黒かったことに。
そして物語は加速していく。
あの悲劇が手繰り寄せられるように、運命は動き始める。