(新星歴4819年2月17日)
寒い真冬だが、ここ数日好天に恵まれたグースワースでは久しぶりに森の中での戦闘訓練が行われようとしていた。
普段は行われない連携を深めるため、ドラゴニュート隊からガルナルーとダグラス、諜報部隊からヒューネレイとニル・ドラーナ、突撃部隊からアカツキとミーア・ルンドが参加し、珍しくムクが指揮をとり今陣形の確認を行っていた。
「ふむ、せっかくなので苦手なことを鍛えましょう。ガルナルーとミーアは魔法禁止。ダグラスが警戒のための土属性を使用しなさい。ヒューネレイは肉弾戦のみ許可します。ニルは精霊に頼らずに探知を」
「「「はい」」」
「分かりました」
「はっ」
「アカツキ。あなたは今日魔法のみ使用を許可します」
「っ!?……はい」
ムクは指示を飛ばすと魔力を込め、簡易な契約紋を展開する。
皆の手の甲に、呪印が浮かび上がった。
「念のためです。ただし命の危機になったら全力で能力を使用しなさい。ノアーナ様の為の命ですから。……訓練で死ぬのは許しません」
ムクの圧倒的な圧に全員の背中に怖気が走る。
覚悟が決まっていく。
「それでは行きましょうか。荒野まで行きます。8刻以内での帰還が最低条件としますよ」
そして一斉に森へと突入していった。
※※※※※
「くううっ!!」
「ダメですわノアーナ様、抑えてくださいまし」
俺はギルガンギルの塔の第一闘技場で存在の安定した擬似人格の漆黒人形と戦っていた。
流石に皆が見るため姿は偽装してあるが、アースノートが培養したうちの1体だ。
「くあっ!」
少しでも気を抜くと俺の真核から魔力を奪われる。
かといって抑えすぎると攻撃が通らない。
漆黒人形が炎の魔法を紡ぐ。
5発のフレイムジャベリンが俺に襲い掛かってきた。
同時に漆黒の剣を顕現させ漆黒人形が突っ込んでくる。
「このっ!」
俺は真核を意識的に抑えながら数パーセントの細かい魔力コントロールを行い、マルチタスクスキルを限界までぶん回し同時に幾つかの魔法を紡ぐ。
「ぐうっ!?…」
頭が熱を帯び、脳に焼き切れそうな痛みが走る。
目と耳から血が流れ落ちる。
「ああああっ!食らいやがれ!!」
防御陣を出現させながら術理を消去、フレイムジャベリンを無効化。
漆黒の剣を防ぎながら緑纏う琥珀で形成したキューブ状の小型結界を形成し、漆黒人形の動きを止める。
そしてすべての魔力を合わせた虹色の剣を創造し漆黒人形を切り裂いた。
「!?」
キラキラと輝きながら消える漆黒人形を視界にとらえながら俺は意識を手放した。
アースノートは必死にデータの収集を行う。
意識を失った俺にはモンスレアナとアルテミリスが駆け付け治療を始める。
アグアニードが回復を助長する結界を展開した。
茜とダラスリニア、エリスラーナには刺激が強すぎるため、参加を断っていた。
俺の訓練は真核と命を削らないと経験が積めないためだ。
「まったく。わたくし達だって泣きたいほど辛いというのに。この方は」
「しょうがありませんね。まあ、信頼されているという事にしましょう」
モンスレアナが涙を浮かべ、俺の顔の血を拭いてくれる。
涙を零しているアルテミリスをジト目で見ながら。
「もう。アルテミリス。……あなた泣いているわよ」
金を纏う白色の魔力で結界内を満たしながらアルテミリスは無理やり笑顔を作った。
「ええ、わたしだって……怖いのですよ。これくらいの事は見逃してください」
モンスレアナはため息をついて【安定】の権能を解き放った。
※※※※※
「ファイヤーボール!!」
「キャイン!!」
アカツキが紡いだ魔法が、ネオウルフに着弾した。
しかし練度が低いため致命傷にならない。
「はあああっ!!」
そこにニルの短剣が、とどめとばかりに襲い掛かる。
ズシャアアアーーー
返り血を浴びたニルはしかめっ面だ。
「ふう、これでこの辺はいい様ね。アカツキ、あんたもっと鍛えないと、実践で使えないよ」
短剣の血を振り払い、顔に着いた血を拭きながらニルはアカツキに視線を向けた。
「分かってるよ、しょうがないだろ?……俺は剣士だ」
「私だって精霊魔法士だし?」
「くっ…」
突然横にダグラスの紡いだ土の壁がいびつに構築され始めた。
アカツキの感知に魔物が引っ掛かる。
「ニルッ!くそっ、大物だ!」
「っ!?うん!」
「ニル、無事か?」
そこにヒューネレイが参戦する。
途端に可愛い顔に豹変し、声を上げるニル。
「はい♡ヒューネレイ様」
「アカツキ、感謝する」
「いえ、俺は……!?来ます!!」
存在値1000のワイバーン2体が上空から襲い掛かってきた。
「はあああっ!!」
気合を込めワイバーンめがけ飛び上がる。
ヒューネレイは拳に魔力を纏わせた。
追いついたダグラスが、周りに壁を構築する。
練度が足りないそれは、上空に対して意味をなさない。
「くそっ、これじゃあ役に立たん」
アカツキは心を落ち着かせ、魔力を集中させた。
周りの音が消える。
「……ウインドトルネード!!」
上空のワイバーンめがけ自身の扱える最上級の渾身の風魔法を放つ!!
「!?グギャアアアアアーーーー」
渾身の魔力を込め生成された風系の魔法はワイバーンを捉え、翼にダメージを与えることに成功した。
飛行能力を阻害されたワイバーンが地上に落下してきた。
「くうっ!?」
避けようとするが足に力が入らない。
魔力切れだ。
普段ほとんど行わない魔力戦闘に、魔力配分をミスっていた。
「なにやってんの!!よけてっ!!!」
ニルの声とほぼ同時に数百キロはあるワイバーンが木を薙ぎ倒しながら逃げ遅れたアカツキを巻き込んだ。
物がつぶされるような嫌な音が響き、よろよろと立ち上がろうとするワイバーンの横には左腕が変な方にひしゃげ、顔半分をつぶされたアカツキが横たわっていた。
「くそがっ!」
慌てて助けようと突っ込むダグラス。
同時にそのすぐ横にヒューネレイが叩き落とされた。
「ぐあああっ!!」
「ああ!?まずい!」
上空でダメージを負ったワイバーンが怒りに我を忘れ突っ込んできたのだ。
ズシャアアアアーーーーー
ドンッ!!
引き裂かれ吹き飛ばされるヒューネレイ。
人形のように大木に叩きつけられ、ぐったりと倒れ伏した。
「いやあああああーーーーーー」
ニルの悲鳴が響き渡る。
絶望的な状況に、ダグラスは目に涙が浮かぶのを拭くことすらできずに呆然としてしまっていた。
※※※※※
「なあ、アカツキ。お前はどうなりたいんだ」
ふいにゴドロナに問いかけられた。
「ん?どう、とは?」
「俺たちは弱い種族だ。だからこそ、覚悟が必要だろ」
「うん、まあ、ね。」
ゴドロナがため息をつく。
「俺たちヒューマンの最後の力は心だ」
「……心?」
「ああ、絶対に守るっていう覚悟だよ。恐ろしい力が出る」
「恐ろしい……ちから」
「まあ、今のお前じゃわからんだろうがな」
朦朧とする意識の中で、アカツキはかつての会話を思い出していた。
もうどこが痛いのかすらわからない。
自分は死ぬのだろう。
そう思った。
ふいに好意を抱いているルナの顔が浮かぶ。
アカツキはルナの過去を知っている。
ノアーナ様が教えてくれた。
俺だけに。
「……守りたい……」
アカツキの心に小さな光がともる。
寂しそうなルナの顔が鮮明に浮かび上がった。
「…守る……俺が…ルナを……守るんだ!!」
※※※※※
爆発的にアカツキの真核から魔力が噴き出した。
暴れていた2体のワイバーンが魔力に反応し動きを止める。
「えっ!?……アカツキ?」
「アカツキ?なのか…」
ゆらりと立ち上がるボロボロのアカツキ。
彼を見たことのない濃厚な魔力が包みこんでいた。
腰に装備されている1本の短剣を何とか動く右腕ですらりと抜く。
刹那。
空間が振動した。
目の前には。
2体のワイバーンが体をバラバラに切断されていた。
直後におびただしいワイバーンの血しぶきが視界を遮る。
体を返り血に真っ赤に染め、糸の切れた人形のように倒れ込むアカツキ。
体中重度のけがを負いまさに瀕死だ。
しかし、半分ぐちゃぐちゃな顔には。
満足そうな笑顔が浮かんでいた。
※※※※※
「ふう、ノアーナ様に叱られてしまいますね」
ムクのため息が保健室に響き渡る。
無事だったのはニル・ドラーナとダグラスのみ。
ヒューネレイとアカツキは瀕死。
ガルナルーは両腕を複雑骨折。
ミーア・ルンドは半身に大やけどを負い意識がない状態だ。
取り敢えず応急処置は済んでおり、包帯でぐるぐる巻きだ。
アカツキなどミイラのようだが。
「まったく。ねえ、うちの人たちってドMなのかな?」
リナーリアがため息交じりに魔法を紡ごうと魔力を集中し始めた。
「ああ、リナーリア。待ってください」
「えっ?」
魔力が霧散する。
「しばらく痛みに耐えさせましょう」
「???……それどんなプレイ?」
思わず吹き出すムク。
「はっは、そうではありませんよ。未熟さを実感してもらいたいのです。まあ、ミーアは直してあげてください。美しい女性には火傷はショックでしょうから」
「うん。じゃあミーア治しちゃうね」
一瞬できれいな皮膚が再生されるミーア。
怪しかった呼吸も安定した。
ムクはしみじみと思う。
リナーリアがいて良かったと。
「さて、このまま放っておきましょう。応急処置は済んでいます。命の危機はないでしょうから」
怖い笑顔を浮かべ呟くムク。
そしてニルとダグラスに視線を向けた。
「ふむ。反省会をしましょうか。執事控室へいらしてください」
二人を絶望が包み込んだ。
※※※※※
「グッ…うう…」
全身を突き抜ける痛みにアカツキは目を覚ました。
見慣れた天井に命をつないだことを理解し、思わず自分の胸の内を吐露した。
「俺はもっと強くなりたい。……ルナを、守りたい。好きなんだ」
「ああ、好きだ。大好きだ。…ルナ、可愛いルナ……」
怪我を負いすぎていて、感知すら働いていないことをすっかり忘れていたアカツキは、反応がない事を誰もいないと勘違いしていた。
しかし、想い人は。
ルナは。
ベッドの横で本気の告白に顔を赤らめていた。
「アカツキさん……わたしで良いの?」
心臓が止まった。
そう思うほど驚いた。
「っ!?……えっ?……なんで…」
そして愛おしいルナの顔が目の前に現れた。
生まれて初めて本気の告白を受けた顔を赤らめたルナは。
アカツキにとって世界で一番かわいかったんだ。
「あ、あ……ああ?……あう……」
余りの恥ずかしさと痛みに意識を失ってしまった。
その様子を心配そうにアカツキを見つめるルナは。
きっと、もう。
恋なのだと、心がときめくのを感じていた。