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第177話 少し早い春の訪れ

(新星歴4819年2月4日)


グースワースの住人が一人増えた。

ドラゴニュートのライナルーヤが仲間に加わった。


俺はアズガイヤとライナルーヤに二人用の個室を与えた。

二人は遠慮していたが、俺がごり押ししたのだ。


「早く繁殖できると良いな」


焚きつけることはもちろん忘れない。

二人して真っ赤になり固まる様は、何とも微笑ましい。


俺とネル以外のカップルが誕生したことで、グースワースには一足早い春が訪れたようだ。

追随するかのように想いを表に出す者たちが増えてきた。


「あの、ヒューネレイ様、少しよろしいでしょうか」


ニル・ドラーナが顔を赤く染め上目遣いで執事控室にいるヒューネレイを見つめ問いかけた。

書類を確認していた手を止め、ニルに視線を向けるヒューネレイ。

優しく微笑む。


「どうした?ああ、ちょうどいいな。休憩しようと思っていたんだ。談話室に行くか」


ニルの表情が花開くようにほころぶ。


「はい。お供します」


ヒューネレイの腕に自分の腕を絡ませる。

ヒューネレイはもう片方の手でニルの柔らかい髪を撫でてやった。


「ふふっ、甘え上手だなお前は」


とても良い雰囲気に、周りの皆は温かい表情で見守っていた。


※※※※※


「ふう、これで今日は良いかな」


てきぱきと仕事をこなし、額の汗をぬぐいながらサニタリールームの備品を確認していたルナは独り言ちる。


ルナは今21歳のヒューマンだ。


ドルグ帝国での悲劇は彼女を数段成長させ、グースワースに欠かせない人材となっていた。

茶色い髪を丁寧に結い上げ、やや下がっている同じ色の眉毛は、大き目なアーモンド形の目とやや緑がかっている瞳によく合っていた。


鼻はやや丸いものの小さく、薄めの唇は形が良い。

目立つ美人ではないがきっと心が成長したのだろう。

その表情はかつてと比べ物にならないほど輝いている。


ネルの地獄のキャンプをクリアした引き締まった体は、可愛らしくもやや小さめな胸と相まって、今の彼女はとてもチャーミングな女性だ。

ノーマルタイプのメイド服を好んで着用しており、とても清楚な姿は非常に好印象だ。


もっともノアーナの趣味に走った特製のメイド服は今誰も着用していないが。

たまにせがまれたネルが『そういう時』に着るくらいだ。


身長は155cmくらいで、やや幼く見える。

それもまた彼女の魅力を引き立てていた。


様々な運命で彼女はここで働くこととなった。

初恋の苦さを経験した彼女は今、薄っすらとした恋慕の情をノアーナに抱いていたが、むしろあこがれの様なものだった。


そしてグースワースの中にまさか彼女に思いを寄せているものが居るなど想像すらしていなかったのだ。


「あー、ちょっといいか?」


突然声を掛けられビクッとするルナだったが、声をかけられた方へ姿勢よく向き直り優しい口調で返事をする。


「アカツキさん?どうされました」


そしてにっこりと笑う。


「っ!?…あ、いや…その…」


何故か顔を赤くしモジモジするアカツキ。


ゴドロナのかつての一番弟子のヒューマンだ。

年齢は27歳。


グレーの髪を短く整え、同じ色でしっかりとした眉毛に意志の強そうなやや赤みの強い茶色の瞳が意志の強さを表すように瞬いている。

丸顔で年齢より幼く見えるが、可愛らしい顔は実はメイド隊の中では高評価を得ていた。


身長は170cmくらい。

しっかりと鍛えられた体躯は野生の猛獣を思わせるしなやかさを備えている。

今日はオフなのだろう、ゆったりとした無地のベージュのトレーナーとジーパンのような普段着を着用している。


「?……大浴場ならもう利用できますよ?……タオルとか必要ですか?」


ルナはタオルを棚から取り出しアカツキへと近づいた。

思わず一歩下がるアカツキ。

ルナはますます意味が分からない。


「あ、いや、そうではなく……」


そしてまた顔を赤くする。


「???」


首をかしげるルナ。


非道なことが重なりそれなりに男性経験のあるルナだが、実は超の着くほどの純情ちゃんだ。

壊滅的なまで察するという能力が欠如していた。


「っ!?もしかして、体調が悪いのですか?…大変、保健室へ行きましょう」


そしておもむろにアカツキの手を握る。

ビクッと反応するアカツキ。

そして覚悟を決めた目でルナを見つめる。


「あっ!?…そのっ……俺はルナが好きだ」


突然もたらされたあまりにもムードのない告白に、ルナの頭は混乱に包まれた。

思わず手をつないだまま見つめ合う二人。


ルナの顔が真っ赤に染まっていく。


「えっ?……ええっ?……は?…嘘……」


ルナの自己評価はあり得ないほど低い。

実際はかなり有能だし十分美しい女性だが、育ってきた環境とグースワースの美女たちが当たり前の環境では致し方ないが、まあ低いのだ。


だからアカツキの言葉が素直に入ってこない。


つないだ手を離しドキドキする鼓動を押さえる様深呼吸をし、寂しそうな表情を浮かべアカツキを見た。


「ありがとうございます。冗談でもうれしいです……わたし仕事あるので失礼しますね」


そしてそそくさと立ち去ってしまった。

残されたアカツキは膝から崩れ落ち、しばらく固まってしまっていた。


※※※※※


「ほいっ!へへん、それっ!!」

「くっ、ちょこまかと、うわっ!?」


サーズルイの変な粘液魔法がラズ・ロックの顔にへばりつく。


「ぷわっ、ちょっと、ああー気持ち悪い」


武器を手放し必死に顔を拭く。


「へっへー、僕の勝ちだね。おやつゲット!!」


ニコニコ顔のサーズルイ。

不満顔のラズ。


訓練場の片隅で、おやつをかけた戦いに幕が下された。


「相変わらずサーズの魔法意味わかんないよね」


マラライナがあきれ顔でつぶやく。

そそくさとタオルを手渡すあたりがこの子は気が利く。


タオルで顔の粘膜を拭いて何故か匂いを嗅ぐ。

後悔の表情を浮かべた。


「くっさー。何よコレ。も~最悪」

「ん?腐ったカエルの卵だよ。まあ害はないから」

「っ!?信じられない。あんた馬鹿なの?女性の顔にこんなもの…」

「えっ?女性?ラズが?はははははははっ、うける!」


腹を抱えて笑い出す。

プルプルと怒りに震えるラズ。

まあ何とも仲の良い3人だ。


突然空間が軋み魔力があふれ出しロロンとガルナローが仲良く転移してきた。


「あっ、ロロンちゃん♡可愛い♡」


サーズルイが余所行きの可愛らしい顔をロロンに向ける。


「うん、ありがと。……さー君。ここ使ってもいい?」


コテンと首をかしげるロロン。

破壊力は抜群だ。


「もちろん……ガルナローと訓練するの?」

「うん。ロー君ね、だいぶ強くなったの。ロロンも頑張る♡」


負けないぞーとか言いながらストレッチをするロロン。

訓練用のぴちっとした体操着の様なものに包まれたたわわなものがプルンと揺れる。


思わず赤くなるサーズルイとガルナロー。

ラズとマラライナはジト目だ。


「はあ、これだから男は」

「まったくだよね」


なんだかんだ今日もグースワースは平和な一日を過ごしていたのだった。

皆の春はいつ訪れるのか。


それは誰にも分らない。


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