(新星歴4819年1月22日)
今日もグースワースの住人達は世界を飛び回り、守るため力を尽くしていた。
そんな中ナハムザートとアズガイヤは珍しく二人で、かつて属していたナグラシア王国の王城へと出向いていた。
火の神であるアグアニード経由で、国王であるガランドより声がかかっていた。
どうやら二人の故郷でのトラブルらしく、ノアーナに直接振られた話でもあった。
内容を聞いてもノアーナはなぜかはぐらかすばかりで「直接聞け」の一点張り。
あまつさえ「お前らに休暇をやる。6日くらい休んで来い」とまで言われる始末。
意味の分からない二人は直接故郷へ飛ぼうとするも、なぜか必ず王に会ってからだと厳命までされていた。
そんなわけで二人は王に会うためここに来たのだった。
「お久しぶりでございます。お呼びとのことで参上いたしました」
跪き臣下の礼をとるナハムザートとアズガイヤ。
今は違うとはいえつい数年前までは彼らは目の前の王の配下だ。
「久しいな……ずいぶん力を増したようだ……戻る気はないか」
ガランドは目を細めナハムザートとアズガイヤに問いかけた。
ガランドは火喰い族の猛者で、存在値は4000を超える。
人外の王だ。
「もったいないお言葉。しかし、この身はすでに魔王ノアーナ様へ捧げました」
「私も同じでございます」
「ふう、仕方ないな。頭を上げてくれ。今日はお前たちに頼みがあるのだ」
ガランドは目配せをし、人払いをする。
周りの気配が消えていく。
王はなぜかためらうような仕草をしたが、咳ばらいをし真剣な表情を浮かべた。
「ルンラード村、お前たちの故郷だと記憶しているが間違いはないか?」
懐かしい名前に二人は顔を上げ、思わずガランドを見つめていた。
確かに話には聞いていたがまさか本当に村の名前が出てくるとは思っていなかったのだ。
「はい。確かにそうですが……いったい」
首をかしげ困惑する二人。
特に思い当たることがない。
ドラゴニュートの男は基本旅立てば故郷には戻らない。
掟というわけではないが、残ると決めたもの以外は大体違う場所で生き、そして死んでいく。
ドラゴニュートが多く住む国の王であるガランドだって承知しているはずだ。
意味の分かっていない二人を見てガランドは大きくため息をついた。
そして立ち上がり二人の肩に手を置いて渋々と口を開く。
「ライナルーヤ……知っているな?」
「っ!?……はい」
知っているも何も、幼馴染だ。
しかも数年前まで同じ軍に所属していた。
当然知っている。
「ライナが、どうかしたのですか?」
彼女は女性でありながら稀有な才能を発揮し、軍で実績を上げ繁殖のため数年前に村に戻ったはずだ。
実はアズガイヤの初恋の人でもある。
ナハムザートも密かに憧れていた女性だ。
「つい5日前の事だ。闇落ちして村を滅ぼした」
「っ!?なっ!?」
「もっとも殺されたのは数人だ。大多数は逃げることができた」
ドラゴニュートは元々強い種族だ。
しかし強いためいくつかの種族としての決まりがある。
創造したノアーナは忘れているが、とても情が深い種族なのだ。
それゆえに最大の禁忌は家族の殺害、特に親子や夫婦を殺害した場合『闇落ち』という状態になる。
そして10日ほど暴れまわり、最後には極大な呪いを発し消滅してしまう。
呪いはその個体の強さに準じるが、強いものほど本来は落ちることはないはずなのだが。
かつて違う村で闇落ち事件が発生した。
闇落ちしたのは存在値350くらいの男だった。
すでに200年前くらい過去の話だが、その場所ではいまだに半径2キロメートルくらいにわたり呪いが残っており、だれも住めない死の沼地となっている。
そして今回闇落ちしたライナルーヤの存在値は700を超えていた。
「俺は火喰い族だからよく知らないが、お前たちなら治める方法を知っているのだろう?放置すればあの一帯が呪いで汚染されてしまう。だからお前たちを呼んだのだ。俺は彼女を殺したくない」
思わず固まる二人。
確かに闇落ちを解呪する方法はある。
しかもおそらくこの二人しか適応者は存在しない。
「経緯は分かりますか。原因が分からないと対応が難しくなります」
ナハムザートが問いかける。
アズガイヤは難しい顔で考え中だ。
「夫が悪意に操られた。そして子供をライナルーヤの前で食い殺したようだ」
余りの内容に立ち尽くす二人。
「そして…ライナルーヤは夫を殺し、闇に落ちた」
「彼女が殺したものは8人だ。全員が悪意に操られ非道なことをしていた」
「だから国の法では彼女に罪はない」
「だが結果として……村を滅ぼしてしまった」
ガランドは悔しそうに顔をゆがめ二人に頭を下げる。
「すまなかった。俺たちの対応が遅かったのだ。……悪意についてはアグアニード様が対応なされた。だが村長が闇落ちした彼女を殺す前に、お前たちに伝えてほしいとアグアニード様に懇願されたのだ。そしてノアーナ様に託した」
理解がやっと追いついた。
そしてなぜ直接行くなといったのか、そしてなぜ『6日』休めといったのか。
「頼む。理由はわからんが俺たちではもう殺すことしかできない。助けてやってくれ」
ガランドは再度頭を下げる。
二人はその想いに涙し、今回の件を引き受けたのだ。
※※※※※
二人は情報整理と覚悟を決めるため、王に頼み話が漏れない部屋に移動していた。
「まったく、さすがは大将だ。おいアズガイヤ、二人でライナを助けるぞ」
「っ!?……しかし」
ナハムザートは真っすぐアズガイヤを見る。
「まだ5日だ。あいつは絶対に村から離れない。そうだろ」
「……ああ、だが…」
そして背中をひっぱたく。
バチーーーンといい音が鳴り響いた。
「馬鹿野郎!悩む奴があるか!あの時お前がヘタレたのが原因だろうが。くそっ、余計な気を回しやがって」
「ぐっ……」
※※※※※
二人は年も近く小さいころから仲が良かった。
そしていつもライナルーヤも一緒にいたのだ。
幼いころ約束していた。
「私がピンチになったら助けに来てね。私はずっと二人が来てくれるのを待ってるよ。この木の下で」
三人にとってこの約束は何よりも大切な宝物だった。
あの約束を果たす。
今度こそ。
※※※※※
はじめに恋に落ちたのはナハムザートだった。
でもすでにライナルーヤの心にはアズガイヤがいた。
そしてアズガイヤも彼女が好きだった。
若いころ二人は決闘した。
一人の女性、そうライナル―ヤを求めて。
そして勝ったのは。
アズガイヤだった。
しかしアズガイヤは気づいていた。
ナハムザートがわざと負けたことに。
もちろん親友を想っての事だったがアズガイヤは許せなかった。
そしてお互いわだかまりを抱えたまま大人になり、その歪な関係は長く続き、何度も訪れた繁殖期をごまかしながら80年以上経過してしまっていた。
ドラゴニュートの女性にとって繁殖は種族を守るための神聖な儀式だ。
それを放棄することは許されない。
100歳までに繁殖できない女性は、ドラゴニュートの社会から排除されてしまう。
そしてアズガイヤは最後まで彼女に告げることをせずに、種族の誓いの為ライナが里の男との繁殖を決断したことを見送ってしまっていた。
死にたくなるほどの後悔をアズガイヤはしていた。
愛する女性が他の男の子を孕むという事。
地獄だった。
ライナルーヤが軍を抜ける前夜、ナハムザートはアズガイヤを問い詰めた。
どうして、ライナに告白しないのかと。
ライナはお前のことを愛していると。
しかしアズガイヤは。
あの決闘を許せなかった。
「本当はお前だって好きな癖に!!」
「馬鹿野郎!!ライナはお前の事がっ!!」
「俺はお前以外の男は認めない。俺より強いお前しか……認められないんだよ」
「…この分からずやめ!!良いのか?どこの馬の骨ともわからない奴にライナが抱かれるんだぞ!…くそがっ!このヘタレめ!!」
「お前が抱けばいいだろうが」
「くっ、てめえ!!いい加減にしやがれ!!好きなんだろうが!良いじゃねえか!!」
そして意識がなくなる程二人は殴り合った。
意識が戻ったとき、ついにアズガイヤは自分の気持ちに向き合うと決心した。
だが運命は待ってくれなかった。
気が付いた時、ライナは里へと帰った後だった。
二人は大泣きした。
そういう運命だと二人はあきらめた。
そしてせめて、ライナが幸せになるように、祈ったのだ。
※※※※※
「おい、いまさら詰まらねえこと言うなら俺がお前を殺すぞ」
殺気を纏いナハムザートがアズガイヤを睨み付ける。
アズガイヤは真っすぐ決意を込めた目をナハムザートに向けた。
「……90年だぞ」
「あ?」
「俺は今嬉しくて震えているんだよ」
「……」
「やっとライナを俺の女にできるんだ。お前に認めてもらえたんだ」
そして一筋の涙を流しにかっと子供のような笑みを浮かべた。
「行くぞナハムザート。俺が助けてライナを奪ってやる」
アズガイヤから魔力が噴き出し始める。
「ふっ、遅すぎだ……馬鹿野郎が」
二人は愛するライナルーヤが待っているであろう、村のはずれの大きな木を目指し転移していった。
※※※※※
ドラゴニュートの闇落ちには段階がある。
まず考えられないような怒りに囚われる。
そして近きものを殺害し、周囲に破壊を振りまく。
第2段階は後悔に襲われ身動きが取れなくなる。
周囲に呪いをばら撒きながら。
第3段階は存在値が跳ね上がり自身の真核が分解され始める。
そして最終段階。
真核がはじけ飛び極大の呪いをばら撒き周囲を汚染し……消滅してしまう。
今ライナルーヤは第2段階の終わりに突入していた。
約束の木の下で涙を流しながら、愛おしいアズガイヤとナハムザートを思い出しながら後悔に囚われていた。
「私は……なんで素直になれなかったのだろう……愛していたのに……グスッ…うああ……ああああ……」
悲しみの魔力を噴き上げながら、いずれ訪れる破滅におびえひとり泣き続けていた。
周囲の地面が腐蝕をはじめ、大切な大木も枝が枯れ落ち始めていた。
空間が軋み魔力があふれ出す。
ライナルーヤは懐かしい魔力に思わず顔を上げる。
涙があふれ出し止まらない。
「ライナっ!!愛している!!」
アズガイヤがライナルーヤを抱きしめた。
壊れそうなくらい、そして絶対に離さないという想いとともに、強く抱きしめられるライナルーヤ。
そして優しいキスを交わした。
二人の真核がリンクする。
美しい魔力が立ち上り始めた。
「まったく、世話が焼けやがる。……くそっ、嬉しくて目から汗が止まらねえよ」
その横でナハムザートは男泣きしていた。
抱きしめあう二人を心から祝福して。
※※※※※
ドラゴニュートの闇落ちの解呪は、恋する乙女の物語のような、そんな思わず赤面する様な儀式だった。
「真に愛する者同士の抱擁と、優しいキス」
「闇落ちした期間と同じ時間の抱擁」
制定した魔王はすっかり忘れていたようだが、今回は思い出していた。
そしてまあチートな魔王の事だ。
ナハムザートとアズガイヤ、今回のライナルーヤの事を把握し、指示を出した。
きっと今頃ほくそ笑んでいるに違いないだろう。
何となく笑っているノアーナの顔が浮かび、イラっとしたことはナハムザートだけの秘密だ。
ライナルーヤとアズガイヤは甘々な5日を過ごしていた。
二人の蕩けるような顔を見せつけ続けられたナハムザートは、はじめ素直に祝福していたものの、いい加減うんざりしてきた。
割り切っていたし、覚悟もしていた。
だがやっぱり好きだった女が親友とはいえ違う男といちゃいちゃする様を見るのは、まあ拷問の様なものだ。
この世界は地球程の倫理観はない。
ぶっちゃけ3人でそういう関係だって問題はない。
正直なところライナルーヤはそれを望んでいたのだから。
結局、この3人はあまりにも優しすぎて、そしてお互いを愛していた。
ノアーナが応援したのは、実は当然のことだった。
※※※※※
あの日から6日が経過した。
ナグラシア王国の王城の謁見室の前に、3人のドラゴニュートが膝をつき臣下の礼をし、代表してナハムザートが口を開く。
「ガランド王よ、今回の件大変ご迷惑をおかけいたしました。そして……仲間を助けられたこと、心より感謝申し上げます」
王座に座っているガランドは目に優しさをたたえ大楊に口を開く。
「うむ。大儀であった」
そして立ち上がり3人の前に座り込んだ。
整列している高位者の皆に動揺が走る。
「顔を上げてくれ。礼を言うのはこっちだ。……ライナルーヤよ、すまなかった。お前の気持ちはわかっていたのにな。この通りだ」
「ガランド様、どうか顔を上げてください。私は許されない罪を犯したのです。あなた様に責はございません」
ガランドが顔を上げにっこりとほほ笑んだ。
「そうか。……幸せになりなさい。……アズガイヤ」
「はっ」
「俺の最後の命令だ。ライナルーヤを幸せにしろ」
アズガイヤの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。
「承知いたしました。この命に代えても」
こうして闇落ち事件は解決した。
アズガイヤの初恋は、90年という長い時間をかけ成就されたのだった。