目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第191話 幸せの形

(新星歴4819年8月5日)


俺は今、ミユルの町の海が見える洒落た一軒家を訪れていた。

照りつく日差しの中、夏の温かい海風と遠くで鳴くウミネコの声が心を落ち着かせる。


昨日、久しぶりにミンに会った俺は、少し、いやかなり混乱していた。

昨日は何かの間違いかと思っていたのだが、今朝見舞に行って彼女の顔を見たら…やばい。

どうも俺は彼女に惚れてしまったようだ。


俺はドアをノックする。

今日はアズガイヤに相談したくて、つい先日グースワースを卒業した新婚さんを訪れていた。


「はーい。あら珍しい。いらっしゃい」


ライナルーヤがニコニコした顔で俺を向かい入れてくれた。


「おう、ライナ、久しぶりだ……大分目立つな」

「ふふっ、最近動くのよこの子。アズに似れば、強い子だわ」

「お前に似ればさぞ別嬪だろうがな」

「あらお上手。今アズ買い物に行っているのよ。すぐ戻ると思うから掛けてまっていて。お茶淹れるわね」

「おう、無理すんなよ」

「こういうのは動いた方が良いの。全く男どもは」

「ははっ、ありがとな」


俺は泣きそうになるのを何とか堪えていた。

ああ、本当に幸せそうだ。

アズガイヤ、良かったな。


アズガイヤは一応卒業という形ではあるが、勤め先は相変わらずグースワースだ。

ノアーナ様に卒業祝いで一軒家と『魔王に近しもの』の称号をもらい怪しかった転移が数人同時に運べるまで熟練度が増していた。


まあ、ノアーナ様が気を使い、遠征などには参加させないが。

主に戦闘訓練を請け負ってくれている。


※※※※※


「どうしたナハムザート。お前が来るなんてな。……雪が降らなきゃいいが」


買い物を終え帰宅したアズガイヤが、笑みを浮かべながら俺に顔を向ける。


「馬鹿なこと言うなよ。夏に降るかってんだ。…なあ、アズガイヤ」

「ん?」

「おめでとう……よかったな。幸せそうだ」


アズガイヤは恥ずかしそうにお茶を飲む。


「なんだよ、本当にどうしたんだ?……まあ、その…ありがとうな」

「ふふっ、相変わらず仲が良いのね。妬けちゃうわ」

「「そ、そんなんじゃねえよ」」

「あら、息ぴったり」

「「ぐうう」」


俺たち3人は長い付き合いだ。

俺の様子にライナルーヤが気を利かせてくれる。


「私、席外そうか?」

「あー、すまないな。少しアズガイヤを貸してくれ」

「ねえナハムザート」

「ん?」

「…ふう、何でもないわ。腕を振るうから、後でご飯食べていってね」

「ああ、楽しみだ」


ライナルーヤは、部屋を出ていった。


※※※※※


俺たちは二人で向かい合い床に座り込んでいた。

普通ドラゴニュートはあまり椅子を使わない。


目の前のローテーブルには俺たちの故郷で良く飲まれていたお茶が湯気を立てていた。

いつまでも黙っている俺にしびれを切らしアズガイヤが問いかけてきた。


「それでどうしたんだ?まさか恋煩いではあるまい?」

「うっ」


ガタリと音を立て思わず立ち上がる。


「マジか?……おいおい、本当に雪になるぞ」

「ふうー、昨日の事なんだがな」


再度座り込むアズガイヤ。

どうやら聞く体制に入ったようだ。


「2年くらい前に、ナグラシアで出会った娘が昨日怪我をして運び込まれたんだよ」

「ほう」


目を輝かせる。

俺は顔に熱が集まるのを感じた。


「それで何故か真っ裸で抱きつかれて……うう」


やべえ、逃げ出したい。


「ふんふん」

「くっ、てめえ、面白がってやがるな!」

「そんなことはないさ。うん。それで?」

「ううっ……ドキドキしたんだ」


俺の顔がまるでトマトみたいに赤くなる。

つられてアズガイヤも顔を赤くする。


「……こっぱずかしいな、おい」

「くそっ、俺だって恥ずかしいわ」


俺は取り敢えずお茶を流し込む。

そして大きく息を吸い込んだ。


「くそがっ、くうう、……いんだよ」

「あ?」

「ああ、可愛いんだよ!!もうずっと考えちまう。ああ、どうなってんだよ」


ドゴオッ!!!


思わず床を叩く。

家に振動が伝わった。


「ばっ、てめえ、壊すなよ」

「くっ、すまん、つい…」


「何事?」


ライナルーヤが慌てて飛び込んできた。


「う、す、すまん。……何でもないんだ」


俺は顔を赤く染めおもわずそっぽを向く。

ライナルーヤがにやりと笑った。


「え?なに?もしかしてナハムザートも春が来たのかしら?」


そして目を輝かせ始める。


「なっ、ちがっ」

「おう、ライナ。そうだとよ。全くこの朴念仁がねえ」

「おまっ」


俺の顔は真っ赤だ。

おもむろにライナルーヤが俺の手を握ってきた。


「グスッ、…よかったじゃん……ヒック、ずっと、心配していたんだよ?」


涙を流し喜んでくれるライナルーヤを見て、俺はなぜか冷静になれたんだ。

アズガイヤがそっとライナルーヤに寄り添う。


「はあ、見せつけやがって……ああ、俺もせいぜい頑張るとするさ」

「なあ、ナハムザート」

「ああ?」


アズガイヤは真面目な表情を俺に向ける。


「俺は嬉しいよ。俺たちはお前のおかげで幸せになれたんだ。ありがとう」

「……よせよ。……ったく、照れるだろうが」

「ねえナハム」


懐かしい呼び名でライナが俺を呼んだ。


「…おう」

「私たぶん今でもナハムが好き。もちろん一番はアズだけどさ」

「……」

「だからあなたも……幸せになってほしいの」

「…ああ、お前らがうらやむような恋人になってやるさ」

「ふふっ」

「ははっ」

「ははははっ」

「「「あっはっははははは」」」


俺たちは泣きながら3人で大笑いしたんだ。

きっとこういうのが幸せなんだろうな。


俺は誓ったんだ。


俺も幸せを形にするってな。


※※※※※


「驚いた……うまいな」

「ふっふーん。だてに主婦やってないわよ。おかわりどう?」

「ああ、貰おう」

「はーい」


嬉しそうにライナルーヤはおかわりを盛ってくれる。

山盛りだ。


「ははっ、うまいだろ?俺も驚いたんだよ。だって昔はなあ」

「……昔は何かしら?」

「うっ」


うん。

確かにライナは昔、料理は壊滅的だったはずだ。


「もう、がんばったのよ。……アズに美味しいって言ってほしくて…」


顔を赤らめるライナルーヤ。

つられてアズガイヤも真っ赤だ。


「ったく、お前らなんだよ?青春か?さんざんやったくせに」


俺は言いながら、飯をかき込む。


「おいおい、羨ましいからってそういう事を言うもんじゃないぞ」

「ふん、そうだろうが」

「バーカ。俺たちのはな『純愛』って言うんだよ」

「はいはいご馳走様。ったく……ああ、でも本当によかったよ」


俺は思わず笑みをこぼす。


「ナハム、お茶どうぞ」

「ああ、ありがとうなライナ」

「また、来てよね」

「ああ、また来るさ」


俺はお茶をすする。

……うまいな。


「おい、ナハムザート。次来るときは彼女連れて来いよ」

「っ!?……う、うまくいったらな」

「ははっ、大丈夫だ。俺が保証してやる」


楽しそうに笑うアズガイヤ。

そして幸せそうに微笑む二人。


ああ、いいな。


「ふん、まあ、がんばるさ。楽しみにしとけ」


俺は幸せな時間を過ごすことができとても嬉しかったんだ。

満足した俺は再会を約束しグースワースへと転移していった。


※※※※※


昼下がりの保健室。


一応傷は治ったが、念のためベッドで休んでいるミンは、リナーリアに勇気を出して声をかけた。


「あの、その、リナーリアさん?」

「ちっちっち『リアお姉さま』」


リナーリアが人差し指を立て、イラつくようなポーズをとる。

まあミンは優しいので戸惑うだけだが……


「あう…リアお姉さま?」

「うん。何かな、何かな?おねーさんが何でも教えてあげる♡」


鼻息荒く手をワキワキと動かすリナーリア。

目が怪しく光っている。


見たことのない謎生物に、何故か『いやらしいおじさん』を連想してしまい腰が引けてしまっているミンは、恐る恐る聞きたいことを問いかけてみた。


「あの…ナハムザートさんって……その、す、好きな人…‥いるのかな」

「んん♡かっわいーミンちゃん。なになに?ナハムザートさんのこと好きなの?」


思わず顔を赤らめるミン。

そして瞳が潤んでいく。


「あう…そ、その……」

「くうううーーー♡カワユス♡はあはあはあ、ああ、食べちゃいたい♡」


距離を詰めるリナーリア。

ミンの背筋に冷たいものが走る。


「くふふ、ふふ、大丈夫だよ♡はあはあはあ、お姉さんが、優しく、手取り足取りおっぱい取り教えてあげるから♡」


「ひっ、ああ、いや、あう……」

「いっただーきまーす♡」

「おい」


むんずと首をつかまれ動きを止めるリナーリア。


「お前なあ。カナリアに注意されただろうが。全く懲りねえな」

「あはは、やだなあ、軽いスキンシップだよ?あはは、はは」

「ミン、大丈夫か?すまないなうちの変態が。……怖かったな」


ミンの目に涙が浮かぶ。


「おいリナーリア。ミンは俺の女だ。手え、出すなよ」

「っ!?」

「はい!合点承知の助であります!!」

「分かったらいい。ったく」


そそくさと逃げだすリナーリアを見送り、優しくミンを見つめる。


「ミン、すまないな。『俺の女』だなんて言って」


ぶんぶんと被りを振る。

そしてうるんだ瞳でナハムザートを見つめ口を開く。


「うれしい。わ、わたしも、好き」


顔を赤らめる。

くうっ、可愛いな、おい。


「あー、その、なんだ。……俺と付き合ってください」


頭を下げ手を差し出すナハムザート。

心なしか手が震えている。


ミンはその手を握り、にっこりとほほ笑んだ。


「はい。お願いします。ナハムザートさん♡」


顔を赤く染め立ち尽くす二人。

純愛カップルが誕生した瞬間だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?