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第6話 「地獄の推し活と、蘇る村長アイドル伝説」

──それは、あの“祠事件”から数日後のことだった。


村の道端。雨上がりの湿った空気の中で、霊野月陵はうなだれていた。


「なぁ、ツグミ……俺、なんで村の公式アイドルになってんだ……?」


肩にかけたタオルから、まだ汗の気配が抜けきっていない。だがそれ以上に、精神的な汗が止まらなかった。


「ああ、ごめんね月陵。あの後、村の緊急総会が開かれてさ。『あの笑顔と腰のキレは国宝級』ってことで、満場一致だったんだよね」


隣で申し訳なさそうに笑うツグミの手には、ラミネート加工された紙が握られていた。


《村公認地下アイドルユニット「ご神体ズ」結成記念!》

第一回ライブ in 公民館(冷房無し)

センター:霊野月陵(えくぼ担当)

振付師:村長(元アイドル・芸名は「狐屋権兵衛子」)

「センター!? ていうか、村長の芸名、なんなんだよそのクセの強さ!」


「昔は“光の魔法少女(男)”って呼ばれててねぇ……ふふっ」


「笑うな。なんかいろいろ情報量が多すぎるわ!」


すると、どこからかドタドタと駆け寄る足音。


「大変にゃ!! “泣き姫のかんざし”がなくなったにゃ!!」


やってきたのは、霊獣(自称)のミケ。口元は真剣そのもので、いつもの脱力系猫耳モードではない。


「えっ……あれがなきゃ、また泣き姫の感情が暴走するじゃん!」


「誰かがそれを“推しグッズ”としてヤフオクに出品したらしいにゃ!」


月陵のツッコミが、思考より先に口を突いて出た。


「村の因習をネットに流通させるなァアア!!」


急いで霊的ネットオークションをチェックすると、そこには恐るべき商品ページが。


《伝説の泣き姫かんざし:800年の怨念付き(開封済)》

出品者:GONBEIKO_KITSUNEYA

「……村長じゃねぇか!!!」


「いやぁ〜、ちょっと資金がねぇ……LEDステージ演出が夢でさぁ……」


「推し活で破産するタイプかよ!ていうかそれ、呪物だぞ!?」


だが、そのやりとりも束の間。


「……ッ!」


パキィィィン!


空気が弾け、空が真っ黒に染まった。地面がうねり、音もなく無数の霊たちが姿を現す。


「♪推しが尊くて今日も浮かばれない〜 布教活動で全霊費やす〜♪」


怨霊たちは合唱していた。全員、手にサイリウムやペンライトを持ち、舞台に向かって振っている。


「何これ!? 推し活しながら成仏してない霊!?」


「“情念”が強すぎて、“ライブ中毒霊”になったにゃ……このままだと、村全体が24時間ライブ会場になるにゃ……!」


「アイドルの寿命がマッハで削られるやつだろそれ……!」


そのとき、村長がどこからかマイクを取り出し、月陵の手に押しつけてきた。


「……お前がセンターだ。立て、月陵」


「俺はただの霊能力者だぞ!?」


「お前の“えくぼ”には……民意がある」


「意味わかんねぇけど……覚悟、決まったわ……!」


──ステージが光を取り戻す。観客は霊、バックスクリーンは手描きの段ボール。

しかし、そこに立つ月陵の姿は、まぎれもなく“センター”だった。


マイクを握りしめ、彼は叫んだ。


「いくぞ、村民!霊たちよ!俺のえくぼ、受信してくれぇええええ!」


♪ちゃらら〜ん(村長作詞)

♪せつない想い出、君に捧ぐ

♪幽霊なんて、笑えば怖くない(たぶん)


光が溢れる。歌声が震える。霊たちが、目を潤ませながら手拍子を打ち始めた。


「最高の推しに……出会えた……」

「推しは……推せる時に、推せ……」

「地縛から、推し縛へ……!」


「いや名言っぽくなってるけど全部ヤバいな!?」


──ライブ終了後。


観客席は拍手喝采。村長は満足げに頷き、口元を引き締めて言った。


「次は、全国ツアーよ……狐屋権兵衛子、再始動じゃ」


月陵の苦悩は、まだ始まったばかりだった──。

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