──それは、あの“祠事件”から数日後のことだった。
村の道端。雨上がりの湿った空気の中で、霊野月陵はうなだれていた。
「なぁ、ツグミ……俺、なんで村の公式アイドルになってんだ……?」
肩にかけたタオルから、まだ汗の気配が抜けきっていない。だがそれ以上に、精神的な汗が止まらなかった。
「ああ、ごめんね月陵。あの後、村の緊急総会が開かれてさ。『あの笑顔と腰のキレは国宝級』ってことで、満場一致だったんだよね」
隣で申し訳なさそうに笑うツグミの手には、ラミネート加工された紙が握られていた。
《村公認地下アイドルユニット「ご神体ズ」結成記念!》
第一回ライブ in 公民館(冷房無し)
センター:霊野月陵(えくぼ担当)
振付師:村長(元アイドル・芸名は「狐屋権兵衛子」)
「センター!? ていうか、村長の芸名、なんなんだよそのクセの強さ!」
「昔は“光の魔法少女(男)”って呼ばれててねぇ……ふふっ」
「笑うな。なんかいろいろ情報量が多すぎるわ!」
すると、どこからかドタドタと駆け寄る足音。
「大変にゃ!! “泣き姫のかんざし”がなくなったにゃ!!」
やってきたのは、霊獣(自称)のミケ。口元は真剣そのもので、いつもの脱力系猫耳モードではない。
「えっ……あれがなきゃ、また泣き姫の感情が暴走するじゃん!」
「誰かがそれを“推しグッズ”としてヤフオクに出品したらしいにゃ!」
月陵のツッコミが、思考より先に口を突いて出た。
「村の因習をネットに流通させるなァアア!!」
急いで霊的ネットオークションをチェックすると、そこには恐るべき商品ページが。
《伝説の泣き姫かんざし:800年の怨念付き(開封済)》
出品者:GONBEIKO_KITSUNEYA
「……村長じゃねぇか!!!」
「いやぁ〜、ちょっと資金がねぇ……LEDステージ演出が夢でさぁ……」
「推し活で破産するタイプかよ!ていうかそれ、呪物だぞ!?」
だが、そのやりとりも束の間。
「……ッ!」
パキィィィン!
空気が弾け、空が真っ黒に染まった。地面がうねり、音もなく無数の霊たちが姿を現す。
「♪推しが尊くて今日も浮かばれない〜 布教活動で全霊費やす〜♪」
怨霊たちは合唱していた。全員、手にサイリウムやペンライトを持ち、舞台に向かって振っている。
「何これ!? 推し活しながら成仏してない霊!?」
「“情念”が強すぎて、“ライブ中毒霊”になったにゃ……このままだと、村全体が24時間ライブ会場になるにゃ……!」
「アイドルの寿命がマッハで削られるやつだろそれ……!」
そのとき、村長がどこからかマイクを取り出し、月陵の手に押しつけてきた。
「……お前がセンターだ。立て、月陵」
「俺はただの霊能力者だぞ!?」
「お前の“えくぼ”には……民意がある」
「意味わかんねぇけど……覚悟、決まったわ……!」
──ステージが光を取り戻す。観客は霊、バックスクリーンは手描きの段ボール。
しかし、そこに立つ月陵の姿は、まぎれもなく“センター”だった。
マイクを握りしめ、彼は叫んだ。
「いくぞ、村民!霊たちよ!俺のえくぼ、受信してくれぇええええ!」
♪ちゃらら〜ん(村長作詞)
♪せつない想い出、君に捧ぐ
♪幽霊なんて、笑えば怖くない(たぶん)
光が溢れる。歌声が震える。霊たちが、目を潤ませながら手拍子を打ち始めた。
「最高の推しに……出会えた……」
「推しは……推せる時に、推せ……」
「地縛から、推し縛へ……!」
「いや名言っぽくなってるけど全部ヤバいな!?」
──ライブ終了後。
観客席は拍手喝采。村長は満足げに頷き、口元を引き締めて言った。
「次は、全国ツアーよ……狐屋権兵衛子、再始動じゃ」
月陵の苦悩は、まだ始まったばかりだった──。