土砂降りの雨が、村の静寂を狂わせていた。
どこからか聞こえるすすり泣き。
スーパーでは、値引きシールがすべて“悲しみの値段”に貼り替えられ、
カラスたちは、電線に並んで失恋ソングをハモっていた。
極めつけは村長。赤ペン片手に「推しの名前」をノートに書き連ね、号泣中である。
そんな異様な光景の中心。
霊野月陵は、雨の中に佇む一人の女と対峙していた。
「お前が……笑い神の封印を壊したのか」
白装束をまとい、髪先まで濡らした彼女の名は“泣き姫”。
その眼差しは、濁った哀しみを宿していた。
「え、いや……俺、ただ祠の瓦に足引っかけて転んだだけなんだけど!?」
「つまりお前のせいだな」
「ちょっと待て!その三段論法、法律でも通らんからな!?」
ツグミが慌てて割って入る。
「ミケ、その“泣き姫”って、伝承に出てくる“感情の神”……?」
猫の姿をした使い魔、ミケがコクリと頷いた。
「そうにゃ。人々の悲しみを引き受け、静かに泣き続ける存在……けど、祠の封印が解けたことで……」
その背後。泣き姫の身体から、禍々しい黒霧が渦巻いていく。
「……未練が暴走して、村全体に“感情の嵐”をぶちまけ始めたにゃ」
「つまり、感情メンヘラ極まった感じだな!」
「ええい、黙れぇええええええええええええええ!」
泣き姫の叫びと同時に、黒い霧が月陵めがけて襲いかかる!
ドォォォン――!
――目を開けた瞬間、月陵は、なぜか村長の手作りと思しきアイドル衣装を着せられていた。
そしてステージの上。
眩しいライトと、流れるBGM。
「え、ちょっ、なんで俺、アイドルの振り付けしてんの!?」
「これは“感情解放の儀”にゃ!」ミケが叫ぶ。「歌とダンスで、泣き姫の未練を浄化するにゃ!」
「月陵!動きキレッキレじゃん!」
ツグミが感動している。
「いやだあああ!勝手に腰が……うわ、このターン気持ちいい……」
そこへ、再び泣き姫の絶叫が轟く。
「笑うなァアアアアアアアアア!!!」
黒霧が広がり、観客席――いや、村民たちにも感情の奔流が襲いかかる。
「初恋の人に告白できなかった……」
「オタクを卒業するって言ったのに、Blu-ray全巻予約しちゃって……」
「ファンレター返ってこなかった……!」
「情緒どうなってんだこの村!?」
ミケが叫ぶ。「月陵、今こそ君の“チャームポイント”を解放するにゃ!」
「……チャームポイント……?」
彼はふと、鏡に映る自分を見た。
普段は無気力な顔。そのはずなのに、ふと――
「……えくぼが、ある」
彼は、心の奥底から声を振り絞った。
「俺のえくぼは、悲しみの中に生きる微笑みだ!
食らえ……スマイル・ディンプル・ビーム!!」
ズドォォォォン!
光の奔流が泣き姫を包み込む。
その美しい一撃に、彼女の足がふらりと揺れた。
「……えくぼ……やばい……尊い……」
バタン。
泣き姫は、微笑みながらその場に崩れ落ち、小さな祠の石像へと姿を戻していった。
月陵は、ひとつ息をついた。
「……勝った、のか?」
「にゃーん(よくやったにゃ)」ミケが誇らしげに鳴く。
ツグミが、苦笑しながら呟いた。
「……月陵、その衣装。もう脱いでいいよ?」
「いや……このスパンコール、ちょっと気に入ってきたかもしれない」
感情の神が封じられた村の夜に、再び小さな笑い声が戻っていた――。