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第5話 「泣き姫、感情大爆発」

土砂降りの雨が、村の静寂を狂わせていた。


どこからか聞こえるすすり泣き。

スーパーでは、値引きシールがすべて“悲しみの値段”に貼り替えられ、

カラスたちは、電線に並んで失恋ソングをハモっていた。

極めつけは村長。赤ペン片手に「推しの名前」をノートに書き連ね、号泣中である。


そんな異様な光景の中心。

霊野月陵は、雨の中に佇む一人の女と対峙していた。


「お前が……笑い神の封印を壊したのか」


白装束をまとい、髪先まで濡らした彼女の名は“泣き姫”。

その眼差しは、濁った哀しみを宿していた。


「え、いや……俺、ただ祠の瓦に足引っかけて転んだだけなんだけど!?」


「つまりお前のせいだな」


「ちょっと待て!その三段論法、法律でも通らんからな!?」


ツグミが慌てて割って入る。


「ミケ、その“泣き姫”って、伝承に出てくる“感情の神”……?」


猫の姿をした使い魔、ミケがコクリと頷いた。


「そうにゃ。人々の悲しみを引き受け、静かに泣き続ける存在……けど、祠の封印が解けたことで……」


その背後。泣き姫の身体から、禍々しい黒霧が渦巻いていく。


「……未練が暴走して、村全体に“感情の嵐”をぶちまけ始めたにゃ」


「つまり、感情メンヘラ極まった感じだな!」


「ええい、黙れぇええええええええええええええ!」


泣き姫の叫びと同時に、黒い霧が月陵めがけて襲いかかる!


ドォォォン――!


――目を開けた瞬間、月陵は、なぜか村長の手作りと思しきアイドル衣装を着せられていた。

そしてステージの上。

眩しいライトと、流れるBGM。


「え、ちょっ、なんで俺、アイドルの振り付けしてんの!?」


「これは“感情解放の儀”にゃ!」ミケが叫ぶ。「歌とダンスで、泣き姫の未練を浄化するにゃ!」


「月陵!動きキレッキレじゃん!」

ツグミが感動している。


「いやだあああ!勝手に腰が……うわ、このターン気持ちいい……」


そこへ、再び泣き姫の絶叫が轟く。


「笑うなァアアアアアアアアア!!!」


黒霧が広がり、観客席――いや、村民たちにも感情の奔流が襲いかかる。


「初恋の人に告白できなかった……」

「オタクを卒業するって言ったのに、Blu-ray全巻予約しちゃって……」

「ファンレター返ってこなかった……!」


「情緒どうなってんだこの村!?」


ミケが叫ぶ。「月陵、今こそ君の“チャームポイント”を解放するにゃ!」


「……チャームポイント……?」


彼はふと、鏡に映る自分を見た。


普段は無気力な顔。そのはずなのに、ふと――


「……えくぼが、ある」


彼は、心の奥底から声を振り絞った。


「俺のえくぼは、悲しみの中に生きる微笑みだ!

 食らえ……スマイル・ディンプル・ビーム!!」


ズドォォォォン!


光の奔流が泣き姫を包み込む。

その美しい一撃に、彼女の足がふらりと揺れた。


「……えくぼ……やばい……尊い……」


バタン。


泣き姫は、微笑みながらその場に崩れ落ち、小さな祠の石像へと姿を戻していった。


月陵は、ひとつ息をついた。


「……勝った、のか?」


「にゃーん(よくやったにゃ)」ミケが誇らしげに鳴く。


ツグミが、苦笑しながら呟いた。


「……月陵、その衣装。もう脱いでいいよ?」


「いや……このスパンコール、ちょっと気に入ってきたかもしれない」


感情の神が封じられた村の夜に、再び小さな笑い声が戻っていた――。

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