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第4話 「化け猫、恋に落ちる」

夏の夜。虫の声がざわめく村の神社に、一匹の猫が現れた。


漆黒の毛並みは月明かりを吸い込み、しなやかな四肢が音もなく石段を登る。首元には、場違いなほどキラキラしたアクリルキーホルダー――推しの名前入りだ。


「ようやく……見つけたにゃ。霊野月陵」


そう呟くと、猫は一息に鳥居を飛び越え、闇に溶けるように姿を消した。


――そして、朝。


「おーい、月陵、こっち手伝ってー」


畑で鍬を振るう幼なじみ・ツグミの声に応え、俺――霊野月陵(れいの つきりょう)は、汗をぬぐいながら作業を続けていた。平穏そのものだった。あの猫が空から降ってくるまでは。


「ついに見つけたにゃああああ!!」


「うわっ!? ちょ、なんだお前、顔近い顔近いって! 舐めるなああああ!」


「これが契約のキスにゃ! 今日からあなたは、私のものにゃ!」


「いや怖い! 怖すぎる! 物理的にも倫理的にも法的にも怖い!!」


呆然と見守っていたツグミが、ぽつりと呟く。


「……なにその猫? 新種の呪い?」


「呪いじゃないにゃ! 私は彼の運命の使い魔、“ミケ”にゃ!」


そう宣言する猫は、アクリルキーホルダーを陽光にきらめかせながら、ふわっと俺の額を舐め――。


「ちょっ、また顔舐めた!? お前、そういう趣味!?」


その瞬間、俺の体からもやもやとした白い霊気が立ちのぼる。


「な、なんだこれ……!?」


「これが月陵くんの真の力……“恋未練吸着霊場こいみれんきゅうちゃくれいじょう”にゃ!」


「名前ダサッ!! ていうかそれ、使い道がモテる系霊障限定じゃん!」


「その通りにゃ! これからは、恋に未練を残した霊たちが、あなたに吸い寄せられるにゃ!」


「やめてくれ!! 俺、ついに“霊にモテる”とかいうジャンル開拓したくなかったんだけど!」


***


それからというもの、俺の周囲には恋の未練を抱えた霊が行列を作るようになった。


「元カレのこと、どうしても忘れられなくて……」


「初恋の人が……実は蛇でした」


「推しが結婚して、祝福したいのに、無理……オタクやめられない……」


「いやそれSNSの愚痴案件じゃね!?」


もう俺の生活は崩壊寸前である。


そんなある夜。


村はずれの古びた祠の跡地が、地鳴りと共に震えた。


地中から浮かび上がる“それ”は、白無垢の花嫁姿を模した石像――


「これ……誰だ?」


ミケの表情が曇る。


「伝説の存在、“笑い神”の婚約者、“泣き姫”にゃ。負の感情を封じるため、この祠に封印されていたにゃ」


ツグミが眉をひそめた。


「……つまり、この村って、“笑い”と“泣き”のバランスで守られてたってこと?」


「その通りにゃ。でも、“笑い神”が消えた今、“泣き姫”の封印も解けかけているにゃ」


***


その夜、俺は不思議な夢を見る。


真っ白な着物に身を包んだ女が、静かに佇んでいた。


「あなたが……あの人を、封じたのね……」


「え、誰? “あの人”って?」


「……“笑い”が消えた世界で、残るのは“涙”だけ……」


目を覚ましたとき、窓の外は土砂降りだった。


「始まったにゃ。泣き姫が、“感情の嵐”を降らせているにゃ」


「え、なにそれ……ポエム?」


「違うにゃ。実害あるにゃ。泣きすぎて田んぼが沈むにゃ!」


「俺、この村で生き延びられる気がしないんだけど!?」

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