──静かな夜だった。
霊野月陵の前に、ふわりと現れたのは、白いワンピースの少女。
「あの……私……死んでるのかな?」
霊センサー、通称“月陵の耳毛”がびしびし反応する。ビンゴだ。こいつ、完全に幽霊。
「とりあえず落ち着こっか。名前、聞いてもいい?」
「小夜(さよ)……神倉小夜って言います」
その名前に、月陵は思わず息をのんだ。
神倉──あの祠に祀られていた、“共感喰い”の一族。
「おじいちゃんが言ってた。“私を二度と出すな”って。“封印しろ、祠の奥にある感情ごと”って──」
そう、小夜は“共感喰い”の核だった。
生前、彼女は「共感しすぎる力」を持っていた。
他人の怒りも、悲しみも、ぜんぶ“自分の感情”のように流れ込んでくる。
そして、耐えきれずに──感情ごと封印された。
「……そんなの、ただの“心を殺す”ってことじゃん」
月陵の声が、夜に刺さる。
「でも、私はそれで良かったと思ってた。だって、あのときは──生きてるのが辛かったから」
──けれど。
村人たちが、笑って泣いて踊っていた“フェス”の光景を見て、小夜は戸惑っていた。
「……感情って、全部迷惑だと思ってた。でも……あれ、楽しそうだった。私も、笑いたかったな……」
その瞬間だった。
月陵のえくぼが勝手に光りだした。
突っ込みたいけど、もう慣れた。諦めた。
「じゃあさ、祠、壊しに行こう。封印なんて、もういらない。“神倉小夜”を、ちゃんとここに戻すんだ」
月陵は、小夜の手を取り、祠の奥へと進んでいく。
そこにあったのは、黒く変色した鏡。
そして、古びた文字が刻まれていた。
感情は災い。
笑うな、泣くな、共感するな。
村に争いを呼ぶな。
神倉小夜を、二度と解き放つな。
「……ははっ。じゃあ、書き換えるか」
月陵は、フェスの屋台で手に入れた景品──マジックペンを取り出し、鏡の下にこう書き足した。
“えくぼは世界を救う”
光が弾ける。
封印が砕け、小夜の身体がだんだんと透けていく。
「ありがとう、月陵くん。私、やっと“感情”って、愛おしいものだって思えた……」
「なあ小夜、もしまた生まれ変わったら、俺と──」
「じゃあね!」
「え!? ちょ、最後にサイズだけ──」
「そういうとこが、ダメなんだよっ!」
\ズコー/
──翌朝。
村はいつも通りの、のどかな風景を取り戻していた。
村人の感情も正常に戻り、もう誰もアイスを泣きながら配っていない。
月陵は今日も、道端の霊に話しかけながら歩いていた。
「お前ほんと、懲りないな……」
「いやいや、俺、モテてる気がすんのよ。心の中で!」
「えくぼは光っても、脳内妄想は止まらんのだな」
「はっはっはっ」
──こうして、霊野月陵の“モテたいだけの霊能ライフ”は、今日も続いていく。
たぶん、ホラーもある。
でもきっと、笑える。
完