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第23話 検査した

 夜になった頃、馬車はクランクの街に到着した。


 草薙たちはすぐに近くの駐屯兵の詰所に向かう。クレイウルフのスタンピードについて報告するためだ。


「あぁ、あなたたちが怪物化現象の調査を行うという冒険者ギルドの調査隊?」

「えぇ、そうです。ジョーディの街を出発し、この街に来る道中でクレイウルフの群れに遭遇しました。サンプルも回収していますので、残骸の処理をお願いします」

「なるほど。確かに駐屯兵の仕事ですな。分かりました。場所はこの街道沿いで問題ありませんね?」

「はい」


 駐屯兵とミゲルが話をし、戦闘があった場所を共有する。駐屯兵はすぐに派兵をし、残骸を処分してくれるようだ。


「それじゃあ僕たちは予定の場所に行こうか」


 街の中を馬車で移動する。クランクの街も、エルケスの街に負けないくらい大きな町だ。しかし、エルケスの街が日本の県庁所在地ほどの規模とすると、クランクの街はそこから電車で一、二時間ほど移動した地方都市のような感じだ。


 少しすると、目的地が見えてくる。国家機関直属の研究施設がある王立クランク科学研究所だ。


「クランク科学研究所は、様々な現象に対して科学的魔法的知見からアプローチを試みる最先端の研究所だ。今日は珍しい設備が見れるぞ」


 ミゲルがそのように紹介する。


(この世界では魔法とかも科学でひとくくりにするタイプなのかな……?)


 そんなことを草薙は思いながら、研究所の門をくぐる。入口では、研究員と思われる白いエプロンを着た人が数人待っていた。


「よくいらっしゃいました、『金剛石の剣』様と『ヘイムダルの守り人』様、そしてナターシャ・カルナス子爵令嬢」


 研究員たちは跪いて敬意を見せる。


「頭を上げてください。僕たちはあなた方と仕事をしに来たのですから」

「では早速ご案内します」


 研究員たちは立ち上がり、研究所内を案内する。研究所とは言っても、普通の二階建ての屋敷に見えるだろう。


 研究所の二階に上がり、とある部屋に入る。部屋の中央には、黒い何かしらの山が出来ていた。


「アレをご覧ください。二ヶ月前、クランクの近郊で発生したライジンバッタの怪物化現象です」


 黒い山をよく見ると、明らかに大きいバッタの死骸で出来ていた。おおよそ百匹といった所か。


 研究員は近くのテーブルから箱を取る。


「こちらが通常のライジンバッタの標本です。緑色の体表面に黄色の線が入っているのが分かると思います」

「それに意外と小さいのです」


 アリシアが顔を引きつりながら指摘する。


「えぇ。最初はライジンバッタの群生相、つまり相変異による蝗害こうがいかと思っていました。しかし実際に捕獲すると、そうではないことが分かったのです」


 そういって研究員はある物を取り出す。一見すると放射線を検出する測定器のような、筒と検出針が一体化したような見た目をしている。


「これは魔石を加工して内部機構に組み込んで作った測定器です。これを怪物化したライジンバッタに接近させると……」


 測定器をバッタに接近させると、検出針が右に振れる。何かしらを検出しているようだ。


「魔石は、周囲にある魔力の量に応じて一定量の振動を発します。それを測定し、数値化できるようにしたものがこの測定器です」

(まるで水晶振動子みたいな性質を持っているなぁ、魔石)


 呑気にそのようなことを考える草薙。


「ライジンバッタから発せられる魔力は、一分間でおおよそ三ミリジュールパーキログラム。これは人間が一年間で自然に吸収する魔力に相当します」

「なるほど。怪物化の原因は、魔力の過剰吸収によるものだと言うことですか」

「その通りです。過剰吸収が一つの要因として怪物化が発生していると、王都の研究機関やギルド本部からの情報提供があります」


 ミゲルの指摘に、研究員は同意する。


(魔力の過剰吸収ねぇ。日本のファンタジー作品ならよくある設定だ)


 草薙はそのように思い、少し思いを馳せる。


(……さっき言ってたジュールパーキログラムって、明らかに地球上での単位系だよな?)


 聞き覚えのある単位に、草薙は少し考える。そして思い出した。


(この単位、もしかして放射線のグレイでは?)


 確かな記憶はないが、このような単位だったと思っている。しかし問題はそこではない。なぜ異世界で地球の単位系が使用されているのか。


 思えばこれまでもそのようなことがあったような気がする。時間も、距離もだ。


(そしてあまりにも近代的な世界観すぎる。ジュールなんでもっと後の時代だろ)


 ちょっとした違和感が喉にひっかかり、他人の話が入ってこない草薙。


 そんな時、誰かが草薙のことを呼ぶ声が聞こえてくる。


「タケル!? 大丈夫?」


 ナターシャだった。


「え? あぁ、大丈夫……」

「ずっと上の空だったけど……」

「ちょっと……考え事をしててね。魔力ってそんなに偏在するものなのかなぁって」

「魔力量は基本的に偏っているものです」


 草薙の疑問に、研究員が答える。


「ですが、怪物化現象に至るまでの魔力量の偏在は考えにくいですね……」


 研究員がそのように話す。


「それじゃあ、これはどうでしょう?」


 ミゲルは先の街道で遭遇したクレイウルフの残骸━━爪を見せる。


「測定してみましょう」


 先ほどの測定器をクレイウルフの爪に近づけてみる。すると怪物化したライジンバッタの時と同じように、検出針が右に振れた。


「これも怪物化した時の特徴が出ていますね……。ただの街道に大量の魔力が存在するとは考えにくい……」


 なんだか謎が増えたようだ。


「とにかく、サンプルは多いほうがありがたいです。現在も怪物化したライジンバッタは近くの森に潜んでいますから」


 こうして草薙たちは、ライジンバッタの駆除へと乗り出すのだった。

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