クランクの街のすぐそばにある草原。ここにはイネ科に似た野生の植物が大量に生えていた。
過去形なのは、現在の草原にはイネ科植物の茎でさえ存在しないからだ。不毛の大地と化したのには当然の如く理由がある。
「怪物化ライジンバッタの蝗害による植物被害。それがこの草原で起きているという」
草原の入口に当たる村に移動してきた草薙たち。移動時間は徒歩で約二時間だ。
その村の小さな食堂のテーブルを囲み、ミゲル中心に具体的な話をする。
「怪物化ライジンバッタは、まだこの草原であらゆる植物を捕食しているようだ。草だけでなく、木の葉や樹皮も被害に遭っているらしい」
「草ならともかく、木まで食っているのはもう狂気としか思えねぇな」
ミゲルの話に、ジークは思ったことをそのまま言う。
「実際、加工品である麦わら帽子も被害を受けたという報告もありますわ」
ナターシャが補足説明を入れる。
「そんな相手に、一体どうやって立ち向かうんです?」
草薙がミゲルに質問する。
「そこで魔法の出番だ。ミーナさんは補助魔法が得意だが、一つだけ例外がある。局地火属性魔法、『デトネーション』だ。これは従来の爆発魔法に比べ、攻撃の威力が桁違いに強くなる。だが攻撃範囲は狭く、指向性の攻撃になりやすいんだ」
「確かに、五年前ならそう言われてたかもしれません。でも、今は少し違います。コツを掴めば、広範囲の指向性爆発を起こすことができますよ」
ミーナの口調はおっとりとしているが、話している内容は真逆である。
「具体的に見せてもらいたい所だが、使用する魔力も多いだろう。本番までお預けだ」
そういってミゲルは椅子から立ち上がり、剣を腰に差す。
「さて、バッタ狩りへと行こう」
そういって村を出て、少し歩いたところにある草原へと移動する。草原と言っているが、そこには植物の姿はほとんどなかった。あったとしても、地面から生えた緑色の線がチラホラと見える程度だろう。
緑色の線は限界まで食われた草の茎であり、その茎でさえ現在もライジンバッタによって食われている。
「これが怪物化したライジンバッタねぇ……」
ジークは近くにいたライジンバッタを手で捕まえる。体表は茶色から黒色に近く、歪に大きくなった顎と後ろ足が特徴的だ。
ジークの手にいたライジンバッタは、その巨大な顎でジークの皮膚に噛みつこうとしていた。
「うわっ。コイツ、植物だけじゃなくて肉も食うのかよ」
「それは多分、本能に従って防衛しているだけだと思うぞ」
ジークはバッタから手を離し、不毛の大地と化した草原を見る。
「しかし、俺のダガーナイフでなんとか斬れる程度の大きさの昆虫相手に、本当に駆除できるのかよ」
「実際にやってみないと分からないのですよ」
ジークのぼやきに、アリシアが反論する。
「とにかく、ライジンバッタの群れを見つけないとな。もう少し先に進むぞ」
ミゲルの指示の元、草薙たちはさらに移動する。枯れた木々がある場所まで来ると、数百匹規模のライジンバッタの群れを見かけるだろう。その群れは、まるで黒い雲のようである。
「よし、僕とジークはこっちからバッタを追い立てる。アリシアとタケルは向こう側から同じように追い立ててくれ。バッタの群れがミーナさんの近くまで来るように追い立てるんだ」
「そしたら、私がデトネーションで攻撃ですね?」
「あぁ。よろしく頼む。ナターシャ嬢はミーナさんの後ろに隠れていてください」
「分かりましたわ」
「それでは、各自行動開始」
ミゲルの合図により、草薙たちは各々の行動に移る。要するに、バッタの群れを追い詰めればいいのだ。
茂みを移動するが、その際にも多少バッタが反応して逃げていく。
「バッタ嫌なのです……」
アリシアが拒否反応を示しながらも、何とか茂みの中を移動していく。
草原の奥まで来た時、聞きなじみのない音が聞こえてくる。目前にいたライジンバッタを見て、草薙は気が付いた。
シャリシャリという音を鳴らしながら、ライジンバッタが草を食む音。それが群れ全体で鳴っているため、あらゆる方向から音が聞こえてくるのだ。
(うっ、正気度を削られるような音しやがって……)
しかし、今は耐えなければならない。草薙とアリシアはゆっくりと草をかき分けるのだった。
そしてどうにか、全員が配置に就いた。遠くでミゲルが腕を上げている。そして立ち上がった。
「うぉー!」
ミゲルが立ち上がったのを見て、草薙も大声を上げながら腕を大きく振り回す。それに反応したライジンバッタは、一斉に草薙から離れるように飛翔する。
その様子はまるで、ゲリラ豪雨を降らせる積乱雲のようだった。黒い影がザァーッと羽音を鳴らし、ミーナのいるほうへと飛んでいく。
ミーナは杖を構え、何かを唱える。
『エルス・ミル・ドルク・エンシャント。コール・オルド・クライアンス』
そして杖を前に突き出す。
『デトネーション!』
その瞬間、ミーナの前に魔法陣が形成される。その大きさはおよそ二十メートル。そしてその魔法陣から、音速を超えた火炎が噴きだす。
デトネーションは、魔法陣の前にいたライジンバッタを一瞬で消し炭にした上で、霧散させた。残ったのは虫を焼いた時の嫌な臭いと放出した熱だけである。
「えげつねぇ威力……」
草薙はデトネーションを見て、半ば引いていた。
(補助要員のはずの冒険者から放たれていい火力じゃねぇよ……)
そんなことを思いながらも、草薙はミゲルと共にミーナと合流する。
「さすがだ、ミーナさん」
「いえいえ。でも久しぶりに使ったので疲れちゃいました」
そういって杖を地面に差し、ヘナヘナとしゃがみこんでしまう。
「次にデトネーションを放てるのはどのくらい?」
「そうですねぇ……。三時間くらい後でしょうか」
「なら今日は一度クランクに戻った方がいいかな。バッタも逃げてしばらくは戻ってこないだろうし」
「賛成です。早く水浴びしたいのです」
ミゲルの言葉に、アリシアが反応する。こんな環境にいたら、誰だって不快な思いをするだけだ。
こうして草薙たちは一度クランクに戻るのだった。