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第22章: 勝利

沈黙は千の声よりも重い時があります。血が流され、戦闘の轟音が消え去ると、残るのは我々の決断の残響だけだ。勇敢な人々が切望する栄光は、それを達成するために払われた代償をしばしば隠しています。


時には、勝利は得点や拍手の数で測られるのではなく、目に見えない傷、孤独の中で交わした約束、そして勝つために自分がどうなったかを思い出すのを恐れて鏡に映る視線を避けていることで測られるのです。


それでも…私たちは前進し続けます。なぜなら、この世では疑う者は負け、震える者は倒れるからです。嵐によって他のすべてが押し流されたとき、目的のために自分の魂を犠牲にする覚悟のある者だけが立ち続けることができる。


勝利…本当に賞品なのか?それとも、奈落の底へ向かうまた一歩なのでしょうか?


—————————————————————————————————————————————————————————


乾いた血の鉄の匂いと、凍てつく空気が混ざり合い、そこに立つ者の肺を刺した。風は死者の囁きを運ぶかのように低く唸り、まるで語られぬ物語が残されているようだった。




「ここで…いったい何があったんだ…?」


特殊警察部隊の司令官であるドレイクが、氷のように静まり返った空間に低く呟く。


足元には、まるで外科手術のように精密に切り裂かれた無数の死体が転がっていた。




辺りは完全な沈黙に包まれていた。証人はいない。ただ、圧倒的な力の痕跡だけが残されている。




「こんなことをやった奴がいるとすれば…」


ドレイクは唾を飲み込みながら言った。


「そいつは、極めて危険な怪物だ」




数歩後ろから、副官のウィンクスが青ざめた顔で現れ、震える手で報告書を差し出した。




「隊長…さらに死体が発見されました。警備兵や役人が…ここだけでなく、九つの世界すべてで、です」




ドレイクは目を閉じた。まるで意識を飛ばすように。




「…くそっ、これはただの襲撃じゃない。戦争の宣言だ」


その言葉は重く、場の空気を沈めた。




「ウィンクス、中央本部と連絡を取れ。バーサーカー部隊を呼び出すぞ」




「バーサーカー部隊!? 隊長、それは特級任務専用の部隊です…」




「命令だ」


ドレイクの視線が突き刺さる。


「これが特級じゃなければ、何がそうなんだ?」




「了解です、隊長!」


ウィンクスは瓦礫と死体の山を踏み越えながら、急いでその場を離れた。




――――――――――




一方その頃、遠く離れた都市では、まったく異なる景色が広がっていた。


色とりどりの旗と魔法のランタンが街を彩り、祝祭の音楽が響く。トーナメント最終日。誰も、影で進む惨劇を知る由もない。




アフロディーテは、人々の喧騒の中を静かに歩いていた。


その眼差しは懐かしさと不安の色を帯びていた。




「やっぱり今日は最後の日って感じね…」


腕を組んで、ぽつりと呟く。




隣を歩くバルドルが、空を見上げながら頷いた。


「そうだな…誰もが息を潜めているように感じる。ところで、お前の教え子、シュウはどうしてる?」




「たぶん大丈夫よ。今朝もアイザックと一緒に鍛錬してたわ。あいつら、血を流しても止まらないのよ」




「なるほど…」


バルドルが微笑む。


「で、ナイは? あの子の姿は見かけなかったけど」




「ナイ? ここにいるんじゃなかったの?」




「いや。俺の記憶が正しければ、氷の巨人討伐のためにトールと一緒にヨトゥンヘイムへ行ったはずだ」




「ヨトゥンヘイム!?」


アフロディーテは驚いたように振り返る。


「あんな危険な場所に、何のために…?」




「さあな。トールのやることは読めない。滅多に顔を見せないし、いつも特務の任務に忙しそうだ」




「…あの化け物たちが現れてから、みんなの生き方が変わったわね」




「…ああ」


バルドルは都市の喧騒を見下ろす高台で立ち止まる。


「戦っているのはもう学生じゃない。世界の崩壊を前にした、“継ぐ者たち”なんだ」




――――――――――




喧騒から遠く離れた訓練場では、シュウがアイザックの槍に吹き飛ばされ、地面を転がっていた。


血を吐きながら立ち上がろうとする彼に、アイザックが叫ぶ。




「どうした!それがお前の全力かよ!」




「バカ…まだ始まったばかりだ」


血をにじませた口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。




黄金に輝く瞳。その瞬間、見えない力が彼の身体を包む。




「来いよ…バラバラにしてやる」




アイザックが再び突撃する。しかし、シュウにとってその動きはまるでスローモーションのようだった。


全ての動きが、鮮明に、計算されていた。




「見えた」


身体をひねり、流れるようにかわす。そして――




槍が腹部を突く。


アイザックが地面に倒れる。




「…やっぱお前、化け物だな」


アイザックが笑いながら吐き捨てる。


しかしその目が捉えたのは、流れる血。シュウの瞳から流れ出る紅い涙だった。




「おい!大丈夫か!?」




「平気さ」


シュウはふらつきながら笑う。


「…ただの“副作用”だ。“神の眼”は、十秒以上は持たない。ナイのために取っておこうと思ってたんだけどな」




「医者呼ぶか?」




「いい。…少し、休めば平気だ」


そう言って地面に座り込む。




「けどな、今夜が本番なんだぞ。ちゃんと準備しろよ」




「はいはい…母さん」


シュウが冗談を返し、二人は笑い合った。




その笑顔の奥で、覚悟はすでに定まっていた。


――本当の戦いは、まだ始まってもいなかったのだから。




吹き荒れる嵐の咆哮が、凍てついたヨトゥンヘイムの大地を揺るがしていた。


雷の獣たちが空を駆け、天を引き裂く。


その遥か彼方、氷の原野と永久凍土の峰々の狭間に、一つの雷光が舞い降りた。




雷鳴とともに降下したその一撃は、大地を激しく揺るがし、数十体の氷の巨人たちが布のように吹き飛ばされる。




「来いよ、クソったれどもォォォォ!」


トールは野獣のような笑い声を上げた。


「少しは俺を楽しませろっての!」




その挑発に応じるかのように、一体の巨人が氷でできた巨大な槌を振りかざし、神の頭上に振り下ろす――!




ズドォォォン!




氷の破片が弾け飛び、白煙が立ちこめた。


しかし次の瞬間、煙の中心から輝く光が走る。


雷が槌を包み、そのまま粉々に砕いた。




「ほう、悪くないじゃねえか…でもな――」


煙の中から現れたトールが、にやりと笑う。


「――お前、弱すぎるわ」




トールが片手を上げると、空中に雷の槍が出現した。


それをひと振りで投げつけると、雷撃は氷の巨人の胸を突き抜け、地面に沈めた。




「ミョルニル、出番なしだな」


背中にぶら下げた愛槌を一瞥し、トールは鼻を鳴らした。


「こいつら、使う価値もねえ」




その時だった。


轟音とともに、誰かが空を飛び、岩山にめり込む。




「なんだお前、ナイ、やられてんのか?」


トールが振り返ると、岩にめり込んだナイが呻いた。




「…黙れ、まだ体を温めてるだけだ」




再び雷鳴が轟く。


遠方からは、氷の巨人たちの大軍が、まるで地響きのように迫ってくる。




「おお…こいつは面白くなりそうだ」




トールの身体から雷光が噴き上がり、ナイもそれに呼応するように全身を発光させる。


筋肉が膨れ上がり、空気が唸る。




「最高の夜だな!!」


二人の叫びが交錯する。




しかし、次の瞬間――




ゴォォォォン!!




巨大な氷の剣が、空から地面に突き刺さる。


その刃は、空間そのものを凍てつかせるような威圧感を放っていた。




「……やれやれ。珍しいお出ましだな」


トールが目を細め、ゆっくりと微笑む。




「氷の王――スリュムじゃねぇか」




氷の軍勢の奥から、一際大きな影が歩を進める。


身長五メートル以上。無数の傷を刻んだ肉体。威風堂々としたその姿は、時の試練を耐え抜いた王者そのものだった。




「久しいな、オーディンの息子よ」


スリュムの声は、氷原そのもののように深く、冷たい。




「随分と元気になったようじゃねぇか」


トールは挑発的に笑う。


「前にボコった時よりマシになったか?」




スリュムの笑みが消える。




「貴様のせいで、傷は癒えぬままだ」


顔を近づけ、トールの肌に冷気が当たる距離まで迫る。




「――そして家族も失った」




「悪い悪い。あいつら、すぐに潰れたからな」




ゴォン!!




激突の音が夜空を切り裂いた。


両者の武器がぶつかり合い、氷は砕け、大地が震えた。




「やっぱお前、強ぇな…氷ケツ野郎」


トールがニヤリと笑う。




「黙れ、下郎が…!」




スリュムの一撃がトールを再び吹き飛ばし、ナイが埋まっていた岩山の隣に激突。


粉塵が舞い、トールは壁にめり込む。




「…助け、いるか?」


ナイが上から見下ろす。




「いや、てめぇは他の奴らを片付けろ」




トールが立ち上がり、腕を上げた瞬間――




ズギャァァァァン!!




まばゆい閃光が、戦場全体を包み込む。




すべての動きが止まり、巨人たちすらも凍りついた。




天空に浮かぶ影――


八本足の馬に乗った、金色の光をまとう男。




「その戦い、今すぐやめよ」


オーディンの声が、世界を貫く。




市場の喧騒が街を満たしていた。声、香り、色彩が渦巻き、まるで混沌の交響曲のように響く。


澄み切った空の下、果物や香辛料、古代の武器が並ぶ露店の間を、シュウは考え込んだ様子で歩いていた。




「ナイに勝つためには……盾がいる。強いやつだ。攻撃のタイミングを作るまで、耐え抜ける盾が」




目は真剣に店々を見渡していた。


そんな時、耳に届いたのは聞き覚えのある声だった。




「何か探し物?」




振り返ると、サラが群衆の中に立ち、彼を見つめていた。




「サラ……ああ。強い盾を探してるんだ」




「すぐ近くに武器屋があるよ」


サラは微笑んだ。


「いいのが見つかるかも」




「ありがとう」




「……少し話せるかな?」


サラが声を落として尋ねた。




「もちろん。盾を買ったら話そう」




「うん。じゃあ、ついていくね」




市場のざわめきの中、二人は並んで歩き、やがて一軒の小さな店の前で立ち止まった。


黒い木材と装飾された金属で作られた重厚な建物。その入口には、すでに読みにくくなった古い看板がかかっていた――《ゼノル武具店》。




扉を開けると、鉄となめし革、そして煙の混じった香りが二人を包み込む。




「いらっしゃいませ」


奥のカウンターから、がっしりとした体格の男が声をかけてきた。豊かな髭と鋭い目つきが印象的だった。




「こんにちは」


シュウが前に出る。


「片手で扱える、強い盾を探してるんですが」




「なるほど」


ゼノルと呼ばれた男はうなずくと、店の奥へと消えていった。




しばらくして、厚い布に覆われた物を抱えて戻ってきた。


静かに布を取ると――そこには、深い紫の楕円形の盾が姿を現した。表面はまるで水晶のように滑らかで、内側から光る緑の模様が、まるで生きているように脈動している。




「……すごい」


シュウがつぶやく。




「だろう?」


ゼノルは腕を組み、満足げに微笑む。


「ズターツ鉱山から採れる黒曜石に、ニヴルヘイムから持ち帰った特殊鉱石を融合させた特注品さ」




「ニヴルヘイム?」


シュウが聞き返す。




「永遠に霧の漂う世界」


サラがそっと補足する。


「闇のエルフたちが住んでいた場所」




「闇のエルフ……」


シュウの眉がひそむ。




ゼノルが頷く。


「九つの世界の中でも、最も忌み嫌われた存在だった。けど、もう過去の話だ」




「えっ? どういうこと?」




「突然、全てが消えたんだよ。誰も理由は知らない。ただ、跡形もなくなった」




「……そうか。じゃあ、これをもらうよ」




「いい選択だ」


ゼノルは慎重に盾を包み始めた。




二人が店を出ると、再び市場のざわめきが耳に戻ってくる。


シュウは黙ってしばらく歩いたが、どうにも気になって仕方がなかった。




「なあ、変じゃないか?」




「何が?」




「闇のエルフが突然いなくなるなんて……文明が一夜にして消えるなんて、おかしい」




サラは俯いたまま、静かに答えた。


「私も、そう思う。でも、どう説明すればいいのか分からない」




「そっか……」


シュウは視線を彼女に向ける。


「ところで、話って?」




サラは立ち止まった。




「謝りたかったの。シュウ、そしてエデンにも。兄のことで」




「気にしないで。大したことじゃない」




「でも……あの時の兄は、本当にひどかった」




「うん……それは確かに。でも、正直言って、どうしてあんなに君に冷たいのか分からないんだ。兄妹だろ?」




サラは数秒の沈黙の後、深く息を吐いた。




「私たち、本当の兄妹じゃないの」




「……え?」




「確かに家族ではある。でも、血は繋がっていないの。兄弟でも、義理でもない」




「……マジか」


シュウは頭をかく。


「てっきり、くだらない理由かと思ったけど……それは想定外だな」




彼はサラをじっと見つめた。




「……どういうことか、聞かせてくれるか?」




霧が蛇のように森の木々の間を這っていた。重く冷たいその靄の中、開けた場所には多数の闇のエルフたちが沈黙のまま佇んでいた。彼らの目は幽玄に輝き、共に控える巨大な狼たちは、同時に吐き出す息で白い雲を作っていた。




その最前列――囚われた者たちの中には、ナイと、救出された少女の姿があった。




木々の向こうから、一人の女性が足音も堂々と現れる。




エリンだった。




「……闇のエルフ」


吐き捨てるような声。




すると、一人の女性が前へ出る。その佇まいは優雅でありながら、笑みに滲む毒気は隠しきれなかった。




「久しぶりね、エリン」


軽く礼をしながら、彼女――ザンドラは言った。




「やはり、お前たちが……これを仕組んだな」




「さぁ、どうかしら?」


肩をすくめるザンドラ。




「ふざけるな……ナイとその子を今すぐ解放しろ!」




エリンが前へ出ようとした、その時だった。




「落ち着きなさい、リラエル。いや……闇のエルフの王女と呼ぶべきかしら?」




風が一瞬、森全体を貫くように冷たくなった。




「……黙れ、ザンドラ。北方軍の長が名乗るに値しない」




「まぁまぁ。私は王の命を受けているだけよ」


ザンドラは涼しい顔のまま続けた。


「それに、あなたの姉は王に反逆した――当然の報いだった。でも、あなたは違う……姫様」




「もう、私は闇のエルフではない。とっくに王族の座など捨てた」




ザンドラは舌打ちし、ゆっくりと首を振った。




「リラエル……言葉遣いを変え、肌を染め、髪も姿も偽っても……根は変わらないのよ。


だから、馬鹿な振りはやめて――王国に戻りなさい」




エリンの拳が震える。




「……戻ってもいいわ。その代わり、条件がある」




「安心して」


ザンドラはにやりと笑う。


「その件は、もうこちらで処理済みよ」




その瞬間、闇のエルフたちが動いた。


まるで手術のように無駄のない動きで、ナイと少女の首元を一撃で叩き、意識を奪った。




「ナイッ!」


エリンが一歩踏み出す。




だが――その時だった。




かろうじて意識の残っていた少女の瞳を通し、エリンの姿が変わっていく。




その肌は闇夜のように黒く染まり、瞳は深紅に輝いた。全身から放たれる気配は、古く、恐ろしく、そして尊厳に満ちていた。




隠されていた真実が、その瞬間、露わになる。




闇のエルフの王女――リラエルが、帰ってきたのだ。




──回想、終了──




……




現実へと戻る。




石造りの市場の片隅、石のベンチに並んで座るサラとシュウ。


太陽はすでに建物の向こうに沈みかけていた。




「……あの日から、ナイは私を憎んでる。母親の死を、私のせいだと思ってるの」




シュウは何も言わなかった。


聞いた話を噛みしめるように、静かに頷いた。




「……聞くんじゃなかったな」




「大丈夫よ」


サラが淡く微笑む。




シュウは彼女を見つめた。だが、心の中には混乱しかなかった。




(ナイの母親が……闇のエルフの王女?


じゃあ、本当は……あいつ、何者なんだ?)




「……誰かに話したことは?」




「ないよ。もしナイが闇のエルフの血を引いてるって知られたら……きっと裁きの前に殺される」




「……そっか」




重たい沈黙が流れる。


やがて、サラが立ち上がった。




「……もう遅いわね。ごめんね、長く引き止めちゃって」




「いや、こっちこそ。君に会えてよかった」




「じゃあ……また」




「うん。またな」




……




夜のアスガルドは、暗くなるどころか、光で満ちていた。


無数の灯籠、魔法のランタン、そして空中に浮かぶ炎のような明かりたちが街を彩っていた。




「この街……こんなにも綺麗だったのね」


橋の上、アフロディーテが足を止める。




「……ああ、久しぶりだな。こんなにも華やかなアスガルドを見るのは」


隣のバルドルが頷いた。




「それにしても、今日はやけに寒い」




「ほんとだな……本来なら、この時期はもっと暖かいはずなのに」




「うん……」




……




その頃、闘技場の控室では――




エデンが衣服を整えながら、隣のシュウを見ていた。


シュウは自身の鎧を調整しながら、何かを考え込んでいる様子だった。




「ついに……お前の番だな、シュウ」




「……ああ」




エデンはじっと彼を見つめた。




「顔が暗いな」




「……まあな。あいつの顔をぶっ飛ばしてやりたかったけど……勝てる気がしない」




エデンは静かに拳を握り、それをシュウの胸に軽く当てた。




「負けるのは構わない。けど――全力を尽くさなかったら、俺はお前を一生恨む」




その言葉に、シュウは一瞬目を見開き――


それから、微笑んだ。




「言われなくても分かってる。俺は……この戦いにすべてを懸ける」




「……いい顔になったな」


エデンが頷く。




「それに、今日のステージは最高だ。勝てば……注目の的だぞ?」




「はは……そいつは、ちょっと面倒だな」




エデンは小さく笑った。




「健闘を祈る」




「必ず勝つ」




「約束しなくてもいい。お前なら勝てるって、俺は信じてる」




そう言い残し、エデンはその場を去った。




シュウは一人残り、深く息を吐いた。


一つ一つ、丁寧に黄金と緑の装飾が施された鎧を身に着けていく。




軽やかで、強靭で、研ぎ澄まされた鎧。




鏡の前に立ち、己を見つめる。




(俺にかかってるんだ。次の試合……絶対に勝たなきゃならない)




闘技場の扉が轟音と共に開かれた。




観客席からは嵐のような歓声が巻き起こる。


無数の声が「シュウ!」と叫び、その名をこだまする。


彼は確かな足取りで進み、その身体にまとった金と緑の鎧が、スポットライトの光を反射して神々しく輝いていた。


左腕には盾。希望のように光り、


右手には槍。静かに、しかし揺るぎない意志を宿して握られている。




対するフィールドの向こう側にはナイが立っていた。


その口元には自信満々の歪んだ笑み。




「覚悟はできたか? 恥をかく準備くらいはしておけよ」




「それはこっちの台詞だ」


シュウは一歩も引かず、ナイを真っ直ぐに見返した。




その瞬間、上空の席にいたオーディンが立ち上がる。




「本日ご来場の皆様に感謝いたします!」


その声はアスガルド全体に響き渡った。


「これより、《神の試練》第二戦――ゴッズ学院とノルク学院、どちらが次の戦いへ進むのか! その答えをここで見せてもらおう!」




――ドォンッ!!




無数の花火が夜空を彩り、地面が震える。


観衆は沸き立ち、場内の空気が熱を帯びていく。




シュウは槍の柄を握り直した。




「ぶっ潰してやる、ナイ」




「楽しませてくれよ、神童くん」




観客席では、アフロディーテ、オーディン、エデン、アイザックが一様に緊張の表情を浮かべていた。




「――始め!」




オーディンの号令と共に、ナイが先に動いた。


雷に包まれたハンマーを振りかざし、猛突進する。




ズガァン!




衝撃と共にシュウの盾が火花を散らし、互いに後方へ吹き飛ぶ。




「悪くないな」


ナイが片眉を上げる。




シュウは震える腕を下ろしながら心の中で呻いた。




(……こいつ、怪物だ。たった一撃で腕が壊れそうだ)




ナイの身体からは雷が迸っている。


踏み出すたびに電流が地面を這い、気配が殺意を帯びていく。




攻撃が続く。容赦のない一撃の連続。


シュウは必死に盾で防ぎながら後退する。




「……攻撃してばかりじゃつまらないな」


そう言ってナイが右手を天へ掲げる。




「雷術・神の怒り」




空が瞬く間に暗雲に覆われる。




「やばい……これは本格的にマズい」


シュウは体勢を低くして身構える。




バリバリバリィィッ!!




巨大な雷が次々と落ちてくる。


盾で防ぎながらも体力は削られ、意識は揺らぎはじめていた。




そして――ナイが空中へ浮かび、神のごとき威容を放つ。




「……くっ!」




ズガァァン!!




ハンマーが振り下ろされ、シュウの盾は粉々に砕け散る。




「さあ、ここからが本番だ」




再び雷の雨が降る。


その中、シュウの体は焼かれ、煙を纏いながらも倒れずに立ち続ける。




「終わりだ」




そう言ったナイだったが――




煙が晴れると、シュウはなおも立っていた。




彼の腕には、新たな盾が輝いていた。




「……何だと!?」


ナイは後退する。




シュウ自身も驚いた様子でその盾を見つめる。




(まさか……こんなタイミングで出てくるとは)




観客席のアフロディーテが立ち上がる。




「……あれは……アテナの盾?」




「……また人の力に頼ることになるとはな」


シュウは眉をしかめながら盾を構え直す。




「ますます面白くなってきた」


ナイは嬉しそうに笑った。




激突が再開する。


互いに舞うように攻防を繰り返す中、シュウの反応は鋭く冴えていた。




ある瞬間、シュウの蹴りをナイが掴む。




「その程度で倒せると思ったのか?」




そのまま回転し、反対の足でナイの顔面を強打!




ベキッ!




ナイは血を吐きながら脚を離す。




「くそ……血を吐かせるとはな、神童のくせに!」




怒りと共に、ナイの気が一気に爆発する。




「雷術・雷槍!」




鋭く鋭利な雷の槍が放たれ、シュウの盾へ突き刺さる。


圧力に耐えながら、シュウは思う。




(これを正面から受けたら、確実にやられる。なら……)




「――神の眼」




その瞬間、シュウの目が金に染まった。


時間の流れすら鈍化するような感覚。すべてが見える。




観客席ではエデンが目を細める。




(……あの技は)




アイザックも息を呑む。




(……本当に使ったのか? シュウ)




盾を上へ弾き上げ、雷を逸らす。


稲光が空を貫いた。




目の前にいたナイの身体が無防備になる――




その一瞬。




「もらった!」




ナイのハンマーが振り下ろされたが、




ヒュン!




空を切る。




「……なにっ!?」




すでにシュウは横にいた。


その槍が、ナイのハンマーを粉砕する。




ズガァァッ!




ナイの得物が木端微塵に砕け散る。




シュウは膝をついた。片目からは血が流れていた。




(……やった)




「くそっ……!」


ナイが低く唸る。




観客席で、エデンは眉をひそめた。




「なぜ……ナイを攻撃しなかった?」




アフロディーテは腕を組み、静かに答える。




「ナイにとって、あのハンマーは武器以上の意味を持つ。あれがなければ、あの膨大な力は制御できない。……まるで、お前のように」




「……そういうことか」


エデンが呟く。




闘技場では、シュウがゆっくりと立ち上がっていた。




「そろそろ……降参するか?」




ナイは地面に唾を吐きながら返す。




「……黙れ。全力じゃなくても……俺の方が強い」




シュウは目を細め、冷たい声で答えた。




「……誰が言った? 俺がもう全力だなんて」




ナレーション:




基本的なゼンカのエネルギーは六種類存在する。


そして、その変異体は数知れず。




だが、それらとは異なるものがある。


それは「身体能力」。


鍛錬によって向上はするが、目覚める者はごく一部に限られる。




ある者は身体を何十メートルにも巨大化させ、


ある者は常人では見えぬ速さで動き、


またある者は一撃で山を砕く力を得る。




だが、そのすべてを同時に持つ者たちがいる。


その数は少なく、希少で、そして…恐れられている。




彼らは――


《フューリア・ティターン(憤怒の巨神)》


そう呼ばれる。




――ズゥン。




アリーナが震えた。


シュウの身体が変化し始める。




バキバキッ――!


筋肉が音を立てて膨れ上がり、髪は風もないのに逆立つ。


その瞳は…まるで宇宙を映すような光を放っていた。




そして――


オーラが爆ぜた。




圧倒的。


原始的。


神の如し。




王座席でオーディンが目を細めた。




「……まさか、フューリア・ティターンか?」




アフロディーテも震えを覚えていた。




「ありえない……!」




戦場では、ナイが思わず一歩退く。




「何が起きてる……?」




返事はない。


ただ、一発の拳があるのみ。




ドゴォォン!!




シュウの拳がナイの腹を撃ち抜いた。


地響きのような衝撃音がスタジアムを包む。


ナイは膝をつき、大量の血を吐いた。




「このっ……」


呻くように呟いたその瞬間――




バギィィン!!




シュウの蹴りが炸裂し、ナイの身体は壁にめり込む。


破壊音と共に、彼は瓦礫の中に沈んだ。




玉座から立ち上がるオーディン。




「ハイムダル、この試合はここまでだ」




「……よろしいのですか?」




「いい、終わらせろ」




「……承知」




ハイムダルは角笛を構えた。




ヴォオオオオオオオンッ!!!




聖なる音が闘技場全体に響き渡った。




「勝った……のか?」


アイザックが呆然と呟く。




そして、




「やったあああああああ!!」




彼の叫びと共に、ゴッズ学院の生徒たちは歓喜に包まれた。


泣き、笑い、抱き合い、飛び跳ねた。




勝ったのだ。


運命を覆す一撃で。




上空には再び花火が打ち上げられ、


アスガルドの夜空を祝福の光が彩る。




一方で、シュウはその場に膝をついた。




「……ほとんど動けない。限界超えてる……」




だが、まだ終わっていなかった。




「終わってない」




――その声は、血の混じった怒りの囁き。




ナイが立ち上がる。


よろめきながらも、雷を纏った腕を掲げて。




「危ないっ!!」


エデンが叫ぶ。




その瞬間――


ある手がナイの腕を掴んだ。




巨体。


雷よりも重い存在感。




「やめておけ」




それは――


ソーだった。




ナイの膝が崩れ、地面に崩れ落ちる。




オーディンが再び宣言する。




「これをもって、第3試合――


勝者はシュウ・サジェス。ゴッズ学院、第二戦へ進出とする」




場内は大歓声に包まれた。




勝ったのだ。


絶対に勝てないと思われた戦いで――




勝ったのだ。




観客席のヨウヘイは腕を組みながら呟いた。




「……どうやら、あの神童を少し甘く見てたな」




そして、戦場に走るふたりの影。


エデンとアイザック。




「やったな」


エデンが満面の笑みで言った。




「ああ……」


シュウが苦笑しながら拳を突き出す。




「よし、抱えてやる!」


アイザックが彼を持ち上げる。




「お、おい!?」




「祝勝会だろ? ちゃんと拳を掲げなきゃな!」




シュウが片腕を上げると、


それに応えるようにアスガルド中が叫びを返した。




……


その頃、遥か遠くの山頂。




ロキがその様子を見下ろしていた。




「終わっちゃったか。残念だな」




にやりと笑いながら、続ける。




「でも……本番はここからだろ? そうだろ、みんな?」




彼の背後には、闇に包まれたフードの男たちが、音もなく佇んでいた。




……


再び戦場。




シュウはふと視線を落とした。




「ありがとう……アテナ」




その言葉に呼応するように、


盾は静かに光の粒となって消えていった。




それを見ていたエデンの表情に、かすかな違和感が走る。




(勝ったのに……何かがおかしい)




だがその時は、


ただの思い過ごしだと思っていた。




……あの出来事が来るまでは。


後書き

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