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第23章:暗闇の中の寒さと暑さ

防火シェルター…しかし、それはまた消費します。


氷は保存する…しかし希望も凍らせる。


あらゆる魂の中には両極端の火花が宿っています。それは、私たちを行動へと駆り立てる燃えるような激怒と、立ち止まることを教える身を切るような寒さです。


火事で焼けてしまうのではないかと恐れて、火を恐れて暮らす人もいます。


痛みを予防できると確信して、氷に頼る人もいます。


しかし真実は…


真実は、最も深い暗闇の中で、両者は共存しているということです。


魂が方向を見出せないその場所は、火と氷が衝突しない場所です...


…しかし、彼らはお互いを必要としています。


欲望の熱と放棄の空虚の間を歩ける者だけが、


夜の向こうに何があるのかをはっきりと見ることができるでしょう。


なぜなら、最大の秘密は当日に明かされないこともあるからです...


…しかし、暗闇の中で寒さと熱が抱き合うとき。


—————————————————————————————————————————————————————————


「――乾杯!」


アフロディーテがきらめく笑顔で杯を掲げると、


場に一斉に笑い声が咲いた。




カチン――カチン。


祝福の音が部屋を満たす。


語らいと笑い、勝利の余韻が香水のように漂っていた。




そこには、エデン、シュウ、アイザック、アフロディーテ、ヨウヘイ、バルドル…


GODS学院の中心となる仲間たちが勢ぞろいしていた。




「やったぞおおおお!」


シュウが天井に向かって杯を掲げる。




「うおおおおっ!!」


皆も声を合わせ、歓喜の輪がさらに広がる。




部屋の片隅で、エデンは少し離れてその光景を見守っていた。


口元には、ごくごく小さな微笑――だが、それは確かに「本物」だった。




(もう少しだよ、おじいちゃん。僕は…やり遂げた)




ふと気がつくと、皆の視線が彼に集まっていた。




「……え? どうかした?」


困惑気味に問い返す。




アフロディーテが杯を手に、にこやかに近づいた。




「あなた、いま本当に笑ってたわ」




「……いつも通りだろ? そんなに変か?」




「ええ。でも、今日の笑顔は何かが違ったのよ」




「……よく分からないな」


視線を逸らすエデン。




「まあ、そういうことにしておこうか」




「じゃあ――!」


エデンが杯を高く掲げる。




「まだまだ祝おうぜ!」




「うおおおおっ!!」




再び、宴は最高潮へ。




……




夜が静かに更けてゆく。


笑い声はひとつ、またひとつと消えていき、


灯りは疲れた星のように揺れていた。




部屋には、床に倒れ込む者、ソファに寄りかかる者、静かな寝息だけが残っていた。




そんな中、まだ目を覚ましていたエデンは、ふと立ち上がる。


足音を聞きつけたのはバルドルだった。




「……出かけるのか?」




「バルドル……起きてたんですね」




「ええ。僕もちょうど、外の空気でも吸おうかと思ってたところだ」




「じゃあ、付き合ってもいいですか?」




「もちろん」




二人は静かに部屋を抜け、


朝靄に包まれたアスガルドの通りを歩く。




「ちょっと聞いてもいいですか?」


エデンが何気ない口調で言う。




「どうぞ」




「バルドルさんとアフロディーテさんって……どういう関係なんですか?」




一瞬で、バルドルの顔が赤く染まった。




「なっ……!? なんで急にそんな話を?」




「やっぱり……図星だったか」


エデンがにやりと笑う。




「違う! 違うぞ! 彼女とは長い付き合いだけの、友人関係だ」




「へえ……でも、彼女の目が違って見えたよ。


あなたを見るときだけ、すごく優しくて……愛情が溢れてるみたいだった」




「そ、そんなはずは……」




「ふーん、まあ、いいけどさ」


エデンが立ち止まり、手を振る。




「じゃあ、俺はこっちだから。またな、義兄さん」




「誰が義兄さんだっ!」




……




荘厳なアスガルド城。


霧に包まれた巨大な門を、エデンは一歩ずつ進んでいった。




「立ち止まれ。何の用か」


槍を構えた衛兵が声をかける。




「オーディン様に用がある」


エデンは黒い封蝋の手紙を差し出す。




衛兵が目を細め、それを確認すると、無言で頷いた。




「通れ」




門が開き、彼は中へ。




大理石の回廊に揺れる松明が、長い影を落としていた。




「よく来てくれたね」


柔らかな声が響く。




柱の間から姿を現したのは、洗練された気品を纏った男。


優雅な所作、詩人のような存在感。




「君が……?」




「招待状を送った者さ」


一礼しながら名乗る。




「私はブラギ。詩の神だ」




「なるほど……それで?」


エデンが腕を組む。




「なぜ、俺を呼んだ?」




するとブラギの雰囲気が変わる。


その目に、詩人の微笑はなかった。




「――君の力が、必要なんだ。ヴォラトラクス」




「……ヴォラトラクス?」


エデンの眉がぴくりと動く。




「誰の話をしてる?」




――フラッシュバック――




ナレーター:


何千年も昔、時さえまだ歩き方を知らなかった頃。


創造神は死後の世界に二つの柱を築いた。




一つは、使命を果たした魂たちが迎えられる「天界」。


そしてもう一つは、幾度となく道を外れた魂が堕ちる「原初の地獄」。




その闇と炎の世界から生まれたのが、最強の悪魔たち――




魔王、


七つの大罪、


……そしてもう一人。




高貴な血も、継承された称号も持たぬ小さな存在。


だが、内に秘めたる力は計り知れず、制御不能だった。




その名は――ヴォラトラクス。




千年戦争の中で、彼の怒りは世界を飲み込む勢いとなり、


ついには封印されることとなった。




以後、彼の名は伝説の中に消えたが…


古の者たちはこう囁いた。




「もし、奴が真の力を解き放ったならば――


魔王をも超える存在になるだろう」と。




……




再び場面は現在。


ブラーギとエデンがいる部屋は、まるで空気そのものが震えているように暗く、重く変わっていく。




エデンの身体が震え……


その瞬間、凄まじいエネルギーが噴き出した。




嵐のような禍々しいオーラ。


異質な力。


その瞳は一瞬、漆黒に染まり、背後には巨大な影が現れた。




――ククククク……




笑い声が漏れた。




「まさか、神の一柱がこの名を覚えていようとは……


……ヴォラトラクス」




その声は、確かにエデンの口から出ていた。


だが、それは彼の声ではなかった。




(まずい……)


心の中でエデンは叫んだ。


(とんでもない力を感じる……でも、身体が動かせない!)




そのときだった。




――カアアア! カアアア!




二羽のカラスが空を切り裂き、部屋に飛び込んできた。


彼らは無音のまま、ある男の肩に舞い降りる。




……オーディン。




「今すぐやめろ、ブラーギ」


その声は、カラスたちの口から、人の言葉で放たれた。




ブラーギは一歩後退し、凍りついた。




エデンを包んでいた影がすうっと霧のように消えていく。




エデンは膝をついて倒れた。荒く息を吐き、身体は震え続けている。




「これが……神の上層部の力……?


まったく、気配すら感じなかった……」


そうつぶやいた彼の目の前で、オーディンは無言のまま立っていた。




「もうやめろ、ブラーギ。さもなくば……反逆者と見なす」




「……申し訳ありません、父上」




オーディンはエデンへと目を向ける。




「それで、お前はここで何をしていた?」




「……あなたの息子から招待を受けて来ただけです」




「そうか」


オーディンは小さく息を吐いた。


「うちの息子がご迷惑をかけたな。気にするな、ここにいて構わん。私たちはこれから大事な話がある」




エデンはオーディンを真っ直ぐ見つめた。




「ひとつだけ……いいですか?」




「なんだ?」




「あなたは……最初から全部、知っていたんですね?」




オーディンは頷いた。




「ゼウスから話は聞いていた。


……だが、お前が今も生きていられるのは、シュンのおかげだ。


奴がいなければ、とっくに首は刎ねられていたぞ」




その言葉は、脅しではなかった。


確定した現実だった。




「……感謝します」


そう言って、エデンは黙った。




次の瞬間、ブラーギとオーディンは黒い羽の渦に包まれて消えた。




……




「じゃあ……僕は、これからどうすれば……」


エデンはぽつりとつぶやいた。




だが、すぐに足音が近づいてきた。


廊下の奥に二つの人影。




その姿にエデンの目が細くなる。




(……ナイと……サラ?)




エデンは静かに後をつける。


二人はやがて、巨大な図書館に入った。天井まで届く本棚、浮かぶ書物、隠された通路――


まるで知識そのものが生きているかのような空間だった。




「隠れてるつもりか、悪魔」


ナイが言い放つ。


「その足音、うるさくて敵に気づかれそうだぞ」




「隠れても意味がないってわかってたよ」


エデンは姿を現す。




「で? なんの用だ?」


ナイが腕を組む。




「二人でこそこそしてるのが気になってな」




サラが間に入った。




「大丈夫。わたしが彼にお願いしただけなの。最近、街で殺人が続いていて……」




「サラ!」


ナイが怒鳴る。




「……ごめんなさい、余計なことを」




「お前には関係ない」


ナイが冷たく言い捨てる。




「……それはどうかな」


エデンがつぶやく。




「……何か知ってるのか?」


ナイの目が細くなる。




「まさか……お前もあの殺人鬼どもの仲間か?」




「違う」


エデンはきっぱり言った。


「……だが、俺はもう奴らと戦ったことがある」




その目には、確かな恐怖が宿っていた。




「やつらは……怪物だ。目的を果たすまで絶対に止まらない」




「ふん」


ナイが鼻で笑った。


「オーディンやトール、その他の神々が守るこの世界で、奴らが好き放題できるわけがない」




エデンは目を伏せた。身体がわずかに震える。




「……それでも止められない。


あいつが来たら、もう……」




「誰のことだ?」


ナイが一歩踏み出す。




エデンは静かに答えた。




「ブラック・ライツのリーダーだ」




脳裏に浮かぶのは――


暗黒の玉座。沈黙の王。時を喰らう眼。




「……くだらない」


ナイが吐き捨てる。




「オーディンは至高神だ。そんな存在が、他の何者かに負けるはずがない」




「彼がどんな階層に属しているのかは分からない……」


エデンの声は低く、だが確かだった。


「だけど、ひとつだけ確信してる」




「……?」




「――あいつは、シュンと同等の力を持ってる」




沈黙。


背筋を駆け上がる冷気。


サラも、ナイも言葉を失った。




「……そんな……まさか……」




玉座の間は闇に包まれていた。


黄金に輝く壁を揺らすのは、揺らめく松明の光だけ。


そして、沈黙がまるで古びた埃のように空間を覆っていた。




玉座に座るオーディンは、虚空を見つめていた。


椅子の肘掛けを指で打ち鳴らす癖だけが、彼が生きている証だった。




(ユミルとの戦いから……どれだけの歳月が経っただろうか)


(本当に……これで良かったのか……?)




彼の視線の先、ゆらめく幻のように、巨大なユグドラシルが現れる。


その根のうち二本が、大蛇のように伸びていた。


片方は氷のように冷たく、


もう片方は原初の炎のように脈打っていた。




(……あれは……)




――




ナレーター:


かつて、世界には何もなかった。


名も形も持たぬ虚無、「ギンヌンガガプ」だけが存在した。




だがその空間には、二つの力が眠っていた。


ニヴルヘイムの霜と、ムスペルヘイムの炎。




それらが出会ったとき、古き霜は溶け、


“エイトル”と呼ばれる粘液が生まれた。




そしてその滴から現れたのが、最初の巨人――


すべてのヨトゥンの父、ユミルだった。




巨大。無慈悲。飢えを知らぬ存在。




彼は、宇宙の黎明を照らすこともなく、


ただ大地を這うようにして、


巨大な宇宙牛の乳から湧き出る四つの川を糧に生きていた。




だが、その絶対なる存在に、終わりが訪れる。




ギンヌンガガプから、三人の神が生まれた――


ヴィリ、ヴェ、そしてオーディン。




――




「お前……正気か?」


ヴィリが問うた。




「ユミルを倒さねばならない」


オーディンの瞳には、揺るぎない炎が灯っていた。




「無謀だ!」


ヴェが言う。


「奴は原初の存在。俺たち三人が束になっても敵わん!」




「違う」


オーディンが一歩踏み出す。


「奴には個では敵わぬ。だが、我ら三つが一つとなれば――可能だ」




ヴィリは腕を組んだ。




「なぜそこまでして、ユミルを倒す?」




「ユグドラシルが奴のものの限り、進化は訪れぬ。


我々が世界を統べることで、命に満ちた未来を築ける。


……そう信じている」




沈黙の後――




「死ぬかもしれないぞ」


ヴェが微笑む。


「それでも、俺は賭ける。お前の信念に」




「誰か一人でも生き残れば、その者が約束を果たせ」


ヴィリが言った。




三人は手を重ねた。




「……俺が誓う」


オーディンが静かに告げた。




「たとえ命が尽きようとも……ユミルの支配には終止符を打つ」




「世界のために――」


三人の声が重なった。




――




だが、神の誓いとて、悲劇を免れはしなかった。




最初に倒れたのは、ヴェだった。


ユミルの拳が彼を粉砕し、命は記憶となった。




「くそっ……!」


オーディンは膝をついた。




「何してる! オーディン!」


ヴィリが叫ぶ。


「ヴェはお前のそんな姿、望んでない!」




怒りが、憎しみが、拳に宿った。


手のひらが血に染まるほど、オーディンは強く握りしめた。




「……そうだ」




「貴様らが我に勝てるとでも?!」


ユミルが吼える。


「貴様らの父、ボルも愚かだった!」




「……その名を口にするなぁああっ!!」




オーディンの剣が、ユミルの肉を裂いた。


巨人は、初めて痛みの声を上げた。




氷の大地が牙をむき、無数の氷柱が地面から飛び出した。




死を覚悟したその瞬間――


目の前に立っていたのは、致命傷を負ったヴィリだった。




「……ヴィリ……」




氷の槍が彼の胸を貫いていた。


その身体が、音もなく崩れた。




「……ヴィリ、ヴェ、父さん……」




次の瞬間、オーディンの瞳が黒く染まり、


その身から噴き出した闇は天を染めた。




「ユミルアアアアアアアア!!!!!」




空が裂け、大地が泣き、


最後の戦いが始まった。




そして……




ユミルは、倒れた。




――




ナレーター:


ユミルの死骸から、オーディンは世界を創った。




その肉体はミッドガルドとなり、


血と汗からは川と湖が生まれ、


頭蓋骨は天蓋となり、


四方を支えるのは、ノルディ、スズリ、アウストリ、ヴェストリの四小人。




そして……


一本のトネリコとニレの木から、


生命と知恵と姿を与えられし者たち――




人類の始祖、アスクとエンブラが生まれた。




――




場面は現在へ戻る。




玉座の間で、オーディンはなおも沈黙していた。




(……俺は、本当に正しかったのか?)


(ヴィリ……ヴェ……)




その瞳に宿るのは、誇りではない。


罪と、迷いだった。




その時。


二人の男が駆け込んできた。




ヘモルドとブラーギ。




顔は蒼白。呼吸も乱れていた。




「――バルドルが……バルドルが死ぬって本当か?!」




オーディンはゆっくりと顔を上げた。




何も言わなかった。




……だが、


その瞳はすべてを物語っていた。




───




ご希望があれば、第24章の翻訳にも進めます。

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