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第92章 GODトーナメント決勝戦

義務から生まれる戦いもある。他の人は、憤慨して。中には、単純に勝ちたいという願望から来る者もいる。


しかし、プライドや恐怖を超越する者もいる。


失われた世代の残響を背負う者たち、


神々の審判、


そして、もはや戦うことのできない人々の希望。


今日は単なる決闘ではない。


それは時代のクライマックスです。


私たちがかつて何者だったかと、私たちが何者になれるかの衝突。


名前の通り、GODトーナメントのグランドファイナルです。


その戦場を越えた者だけが、勝利が何を意味するかを真に知るだろう…


そしてそうすることでどれだけのものが失われるのか。


———————————————————————————————————————————————————————————————


スタジアムは、歓声の爆発に包まれていた。


何週間もの緊張が一気に解き放たれ、観客席は揺れる。


旗が舞い、歓声が響き、紙吹雪と光があらゆる角に散りばめられている。


空気は電気のように張り詰め、誰一人として平静でいられない。


すべての心臓が、高鳴っていた。




雷神ライジンの声が、会場全体に響き渡る。


その声は、スタジアムそのもののエネルギーによって増幅されていた。




「みんな、準備はできているかッ!?


 ようこそ、“トーナメント・オブ・GOD”決勝戦へ!!」




群衆の轟音。まるで地が割れるような咆哮。




「世界を震撼させたこの決勝戦! その名を聞くだけで、心が震える!!」




カメラが中央を映し、続いてフィールドの両端にいる選手たちを捉える。


その目は鋼のように研ぎ澄まされていた。




「本日、激突するのは二つの巨力──


 一方は“ズターツ学院”…!」




静かに、だが揺るぎない意思を持って、三人の選手が前へ出る。


その目は、勝利の先を見ている。




「彼らは初戦から衝撃を与えてきた!


 わずか一年前、栄光もなく初戦敗退だった彼らが、


 今や“怪物”と呼ばれる男、タカハシ・カズカネの登場により──すべてが変わった!」




スクリーンには、シャムキ学院を粉砕した試合の映像。


無慈悲、無感情、そして無敵。




「第2ラウンドでは、GODS学院と対決。


 外的要因により中断されたその戦いは──


 GODSの戦略的撤退により、ズターツが準決勝へと進んだ!」




今度は、ネーデ学院との死闘の映像が流れる。


拳、咆哮、能力の激突。


そして、勝利。




「そして今──彼らはここに立つ!」




舞台裏。




ゼフは、ズターツの制服を着たヨウヘイを見つめていた。


その表情には、迷いと葛藤が滲んでいた。




「どうした?」




ヨウヘイは拳を握りしめる。




「……自分でも、なぜここにいるのか分からない。


 あの戦いで……ジパクナに敗れたはずなのに」




ゼフは即答した。




「お前がいるのは、実力があるからだ。


 そして、それは皆が認めている」




カメラは、ジパクナとタカハシが視線を交わす瞬間を映す。


そこには、研ぎ澄まされた互いの敬意があった。




「お前がここに立っているのは、偶然じゃない。


 実力がなければ、この場にはいない」




「……でも、決勝に立つべき者は別にいる」


「彼は──一度も負けてない」




ゼフは静かにうなずいた。




「……だが、今の彼は……戦える状態じゃない」




ヨウヘイは唾を飲み込んだ。




「……彼は、今ここに?」




「……いる。けど、もう“彼”ではない。


 何かが──壊れた」




──




スタジアムの最上部。


全てから距離を置くように、ひとつの影が立っていた。




空を背に、静かに戦場を見下ろすその目は、鋼のように冷たい。


まるで、この世界に属さない“神”のように。




その姿を、GODSの仲間たちが黙って見つめていた。




「本当に、行かないの……?」


ヴァイオレットの声が不安を帯びる。




「ズターツから帰ってきて、一度も……」




シュウは目を伏せた。




「帰ってきてから、ずっと……


 任務、任務、任務──まるで自分を壊すために動いてるみたいだった」




「……何があったの? 本当に……」


「エデンに、何が……?」




「……それは、彼しか知らない」




ユキが腕を組みながら、ぼそっと呟く。




「……バカだ、本当に……


 もっと、バカになってやがる……」




──




アフロディテは、目を閉じた。


その瞬間、記憶が不意に蘇る。




【回想】




「エデン、大丈夫? 少しは落ち着いた……?」


優しく声をかけたその時──




ベッドに横たわるエデンは、虚ろな目で呟いた。




「殺す……」




「……え?」




「皆殺しにする……苦しめる……必ず苦しませてやる……」




その身体から溢れ出す、黒く濁った“何か”。


空気さえ腐らせる邪悪な波動。




「も──」




その言葉を吐ききる前に、


シュンの拳が容赦なく彼の顔面に突き刺さった。




「シュンッ!!」


「やめなさいっ!!」




「ふざけんなよ、クソがッ!!」




「……今、それを言うか?


 お前は……死んだ仲間たちを忘れたのか……!?」




ベッドに叩きつけられたエデンは、氷のような目で睨み返す。




「……俺が、この手で潰す。


 全員だ……奴らには地獄すら生ぬるい」




「エデン……」




「シュン、俺は……すべてを奪われた」


「家族も、仲間も、平穏も……お前に何が分かる?」




「……お前には、最初から“力”があった。


 お前には、“喪失”が分からないんだよ」




「エデン!」




アフロディテが止めようとするが、


シュンは手を挙げてそれを制した。




静かに、だが確かに、彼を見つめ──そして背を向けた。




「……手がかりがあれば、必ず探す」


「見つけ出す。そして……お前を、連れて行く」




その背に、エデンは言葉を失った。




去っていくその姿に、アフロディテはただ静かに想う。




──シュン……。




──現在。




スタジアムの上段から、アフロディテは腕を組み、無言のまま遠くを見つめていた。


その視線の奥には、拭いきれない迷いの影があった。




(あの日から……エデンはずっと、十二家の任務に身を捧げている。


 いったい、彼は何を──何を求めているの……?)




視点はゆっくりと地下の控室へと移る。


空気が張り詰め、言葉すら切り裂く緊張が満ちていた。


そこには──ズターツ学院の三人の代表が、最後の確認をしていた。




「……緊張してるのか?」


ジパクナが、戦闘用のグローブを調整しながら問いかける。




「……いいや」


タカハシは静かに笑みを浮かべる。


「ずっとこの瞬間を待ってた。やっとだ。今日は……全力でいく」




ジパクナは小さく笑い、うなずいた。




「さすがだな」




その顔に、一瞬だけ重みのある影が差す。




「相手は……本物の怪物だ。


 勝てるかどうかは分からない。だが、俺は──最後まで戦う」




タカハシはゆっくりとうつむく。


過去の記憶が、彼の胸を締めつけていた。




「……あの日から、悪夢にうなされる」


背中に走った“あの刃”の冷たさ。


パペットの殺気が、耳元で囁いた“死”の感覚──




「死ぬと思った。……あの時、お前らがいなかったら……


 俺は、ここにいなかった」




その瞳に、焦燥と願望が燃える。


その奥底にあるものは、ただ一つ。




「……まだ足りない。俺は……アイツに復讐したい」




思い出す。


戦場で交差した“あの目”。


エデンが放った、常軌を逸した怒りの炎。




それは純粋で、同時に恐怖だった。




「……あの目は、人のものじゃなかった。


 無敵だと……思った。クソッ……俺が、もっと──」




「……エデンも、同じ悔しさを抱いてるはずだ」


ジパクナが腕を組み、穏やかに言った。




「だが今、お前にはその悔しさを──力に変えるチャンスがある」




静かに、拳を差し出す。




タカハシは迷いなく拳をぶつけ返した。




「──ああ!」




──




その頃、再び雷神ライジンの声がスタジアムを震わせる。




「そしてッ! もう一方の出場者を紹介しよう!


 昨年の覇者ッ!! 王者の名を継ぐ者たち──


 “ワタラハ学院”だあああ!!」




照明が切り替わり、三人の強者が映し出される。




彼らの視線は鋭く、立っているだけで空気が変わる。




「昨年のチャンピオンであるワタラハ学院は、


 準決勝からのシード権を獲得!


 そしてその準決勝では──ネキアムス学院を叩き潰したッ!!」




映像には──崩壊したスタジアムの中、


血まみれで倒れるネキアムスの生徒たち。


そしてその中心に立っていたのは、


黄金の眼を持つ、揺るがぬ“女王”。




「その戦いを、たった一人で制した──!!


 ランキング一位の少女ッ! “アドナイス・セレスティア”!!!」




光の奔流が彼女の名に応えるようにスクリーンを照らす。




「彼女の“光の力”は、敵十四人を一瞬で焼き尽くした……!」




観客は熱狂の絶頂へと達する。




「果たして、この戦いを制するのは──!?


 大番狂わせのズターツか!?


 それとも……王者の威厳を守るワタラハか!?」




──そして。




一瞬、世界が静まる。




「答えは……


 この場所で……


 今ここで、明らかになるッ!!」




──全ての照明が落ちた。


空気は凍りつき、


一筋の光が空から射し込む。




──そして、巨大ホログラムが空間を満たし、


輝く光が舞台を包んだ。




「今ここに──勝利を夢見る、六人の“戦士”たちを紹介しよう!!」




──まずはズターツ学院側から。




「ズターツ学院代表ッ!!


 異世界からの刺客にして、若き雷の後継者──


 オリュンポスの神の血を継ぐ男ッ!


 “雷の継承者”──ヨウヘイ・アクティナアァァァッ!!」




雷光が周囲を駆け巡り、ヨウヘイのホログラムが映し出される。




その足元には、光り輝く文字:




《ゴールドランク 第5位》




ギリシャ側の観客が熱狂し、雷鳴のような歓声が響く。




「だが、それだけではないッ!!」


「知恵と優しさ、そして仲間を導く冷静な頭脳──


 “天空のトーナメント”王者の血を引く男ッ!


 我らが戦術士──ジパクナ・クシュタルゥゥゥ!!」




地面から黄金の太陽が二つ浮かび上がる。


その光が炸裂し、ジパクナの姿を浮かび上がらせる。




《ゴールドランク 第4位》




客席では、母国の仲間たちが彼の名を叫び続けていた。




「みんな……ありがとう……」




──そして、静寂を裂くように、ライジンの声が響き渡る。




「最後に紹介するのは──この男だあああ!!」


「知恵でも技でもない!


 彼の武器は、ただひとつ──“力”!!」


「灼熱の闘志! 炎の戦士ッ!!


 アステカの星! 地獄すら焼き尽くす炎ッ!!


 “タカハシ・カズカネェェェェッ!!!!!”」




突如、フィールドを本物の炎が包み込み──


ホログラムすら焼かれ、


その炎の中心から、赤き炎の戦士が立ち上がる。




《ゴールドランク 第2位》




スタジアム全体が、咆哮で震える。




タカハシは天を仰ぎ、微笑んだ。




「今日──エデン、お前だけじゃない。


 俺は世界中に、俺の“本当の力”を見せてやる……!」




その目は、エデンを捉えた。




火のように熱いその瞳。


対するは──闇の底を映す、エデンの視線。




燃える命と、沈む魂。




希望と、贖罪。




今、その両極が……交差した。}




雷神ライジンは腕を高く掲げ、歓声を飲み込むようなエネルギーを放った。




「──さあ、さあ、落ち着いてくれ! まだ終わってないぞぉ!!


 “ワタラハ学院”の三人が、まだ登場していないッ!!」




その瞬間、日本側の観客席が爆発するように沸き上がった。


旗が揺れ、光が瞬き、太古の獣のような咆哮が空気を震わせる。




「最初に紹介するのは……“不落の城壁”と呼ばれる男ッ!


 絶対防御を極めし、鋼の守護者──


 ゴルムス・カッタロォォォ!!」




──ズゥゥゥン……!




アリーナの中央が揺れ、大地が裂ける。


岩を砕きながら、巨躯が地中からせり上がる。


山のような体が、叫び声と共に拳を突き上げる。




その拳がホログラムを叩き、閃光の亀裂が走った──


そこに映し出されたのは、まさに“城壁”の名を冠する男。




《ゴルムス “不落の城壁” – ゴールドランク 第7位》




妖怪たちの群れが狂喜乱舞する。


太鼓、咆哮、足踏み、そして歓声。


抵抗の象徴が、戦場に姿を現した。




「どうだ? ワクワクしてきただろう!?」


雷神の声に再び熱狂が重なる。




「そして次は──“雷鳴の猫”と名高き男ッ!!


 超越した俊敏性と、残像すら斬り裂く速度の使い手──


 キラックス・カトケェェェィ!!」




ギャアアアアアアアアアッッ!!




まるで猛獣が吠えたような音がコロシアムを貫く。


ホログラムが鋭い爪跡に裂かれ、そこから飛び出すように映し出されたのは、


虎のような鋭い眼光、長い髭、きらめく爪、そして鋼をも砕く牙を持つ戦士。




《キラックス・カトケイ – ゴールドランク 第6位》




観衆の狂気が、さらに上乗せされる。


キラックス自身も両手を突き上げ、


獣のような咆哮を放つ。まるで“支配”を宣言するかのように。




──そして。




「最後に──」


雷神は声を静かに落とした。


その空気に、場内の騒ぎがぴたりと止まる。




「真の頂点。絶対の存在。


 一年間……一度も敗北したことのない少女……」




──光が、消えた。




夜空が裂けるように晴れ渡り、星々が天蓋を描く。


天上から響くは──まるで天使たちのラッパ。


神聖な旋律が、静かに会場を包み込む。




「新しき光の天使……アドナイス……セレスティア……」




──彼女は、空から降りてきた。




雪のような肌。黄金の翼。


頭上に浮かぶオーロラの冠。


そして太陽すら霞む、その眼差し──




風すら、彼女を避けて流れる。


この世界が彼女の到来に沈黙した。




──




観客席で、シュンはその姿を見つめていた。無言で。


シュウは……一歩、下がった。




「な……なんだこれは……!?


 こんな力が……人間にあるのか……!?」




天使の旋律に、突如混じり合うは──戦鼓、ヴァイオリン、暗黒のトランペット。


ホログラムが金色の液体に覆われ、


その中心に浮かび上がったのは、光の化身──




《アドナイス・セレスティア – ゴールドランク 第1位》




アレスは横目でシュンを見やった。




「シュン……」




「……ああ、分かってる」


その声は凍てついていた。




「──あの少女は……」




「ふふふ……」


割って入るは、不遜な声。




──エスカトス。




王族と神々に囲まれた王の席。


そこに座り、残酷な笑みを浮かべる。




「やっとここまで来たな、シュン……今日は、楽しくなりそうだ」




遠くから視線が交わる。


王の冷笑──


シュンの無慈悲な沈黙。




──




戦場には、ついに六人が揃った。




鋭く交錯する視線。


動かぬまま、ぶつかり合う意志と覚悟。




──ただ一人を除いて。




アドナイスだけが、誰にも目を向けなかった。


彼女の視線は──己の剣だけを見ていた。




それはまるで、運命など──塵ほどの意味もないというように。




──




ズターツ側で、ジパクナが眉をひそめる。




(……分かっている。


 彼女は、我々を“敵”だと思っていない)




視線が、タカハシへ。


そして再び、アドナイスへ。




(タカハシでさえ……届かない。


 彼女の“限界”が、見えない──)




(……勝つには、他の二人を潰すしかない。


 その勝敗は関係ない。問題は──生き残ること)




ジパクナが彼を見る。




(彼は──どう受け止めている?)




そして見た。




タカハシが、満面の笑みで手を差し出した。




「初めまして! 俺はタカハシ!」




子供のような瞳で、純粋に。




ジパクナは小さく苦笑した。




(……何を心配してたんだろうな。


 あの目が──すべてを物語ってる)




(彼は逃げる気なんてない……


 戦う気、満々だ)




アドナイスは少し驚きながらも、手を握り返した。




「あ、はじめまして……」




「楽しい試合になるといいな!」




「……う、うん」




──




雷神がマイクを鳴らし、全世界の注目が再び舞台へと集まった。




「──ご静聴を」




沈黙が戻る。


戦士たちの表情が、緊張に染まる。




「まさか……」


シュンが奥歯を噛み締める。




「実はな……ちょっとした“変更”がある」




雷神が笑った。


その笑顔は、悪魔に近かった。




「ご存知の通り、決勝戦は“1対1の三試合制”──


 だがここで、王からの命令が届いた」




空気が凍りついた。




「第一ルール:


 勝者は即座に勝利確定とならず、“待機”となる」




ジパクナが目を見開く。




「……なに? 二試合目!?」




「第二ルール:


 初戦で一人だけ生き残った場合、


 その者は次に“選んで”戦うことができる」


「勝てば決勝進出だ。ただし、“短い休憩”のみでな」




アフロディテが目を細めた。




「つまり……最後に残る者が、真の勝者になる……」




「第三ルール:


 同じチームのメンバーだけが残った場合──


 戦うか、勝者を“投票”で決めるかを選べる」




ヨウヘイが拳を握り締めた。




「──罠だ。


 ……あの女が残れば、意味なんてない。勝ちは決まってる」




タカハシは目を閉じ、静かに呼吸した。




「チームの絆じゃない。


 ここで求められてるのは──“本物の強さ”だ」




ジパクナが視線を鋭くする。




(そうだ。すべて計画されてた。


 タカハシとアドナイスを、どうしても“戦わせる”ために)




(他が勝っても、意味はない……


 この舞台は──そのために仕組まれている)




その二人を見つめた。




──星と星。


ぶつかる運命。




シュンがゆっくりと王の席を見上げる。




(……代役なんて最初から期待してない。


 公平さなんて求めてない)




(奴らは……ただ、見たいだけなんだ)




──その瞬間。




夜空に黒い幕が降りた。


それは空を覆い、コロシアムを飲み込む。




そこに浮かぶは──歪んだ笑顔。


冷たい目。無音の笑い。




神々が、見ていた。




裁いていた。




──愉しんでいた。




この世界は──


ただの“舞台”だった。




コロシアムの上空に浮かぶ雲は、まるで天空そのものが息を潜めているかのように動かず静止していた。観客席の影に身を潜めるケツァルコアトルは、静かに歯を食いしばっていた。




「…あの連中め」


落ち着いた声でアマテラスが尋ねた。視線は依然として戦場から逸らしていない。


「どうしたの?緊張しているようね」




「…知っていたのか」


「いいえ。でも予想はしてたわ」


女神はゆっくりと首を傾け、その声はまるで未来を語る予言者のように穏やかで揺るぎなかった。




「私たちは知ってる…あの怪物たちが何を望んでいるのか。アドナイスが戦わなければ、この戦いは意味を持たなくなる。そんな結末は…誰も望んでいない」




「そして、彼らは彼女を引きずり出す方法を見つけたようだ」


ケツァルコアトルは苦笑いを浮かべながら呟いた。


「…祈れば通じるかな?」




アマテラスは不敵な笑みを浮かべて応えた。


「さあ?今度こそ、幸運の神があなたに微笑んでくれるかもね」




カメラが空中に引いていくと、イベントの規模が改めて明らかになった。コロシアムは生命であふれかえり、あらゆる種族、次元の生物が名を叫び、旗を振り上げ、血と栄光を求めて一つの魂のように鼓動していた。




「最初の戦士は決まったのか?」


フウジンがワタラハのチームに問いかけた。




堂々とした足取りでゴルムスが前に出て、腕を組んだ。


「はい、俺が―」




だがその言葉が終わる前に、彼の巨大な身体は何かに弾き飛ばされたように地面に叩きつけられた。逆さまに突き刺さるように倒れ、土埃が舞い上がった。




その前に、無表情で立っていたのはアドナイスだった。




「私が先に戦うわ」




一瞬の静寂の後、観客席が爆発的な歓声に包まれた。カメラは神々の座席を映し出す。中には驚いた者もいれば、明らかに楽しんでいる者もいた。




怒りに燃えたキラックスが前に出た。


「何をやってるんだ、アドナイス!?それは計画と違うだろ!お前は最後に戦うはずだったんだ!」




アドナイスは彼を初めて見るかのような、軽蔑と退屈を交えた視線を向けた。


「待つのは退屈なの」




「なんだと…!?」




客席のジパクナは苦笑を漏らした。


「…仲良くはなさそうだな」




ヨウヘイも眉をひそめて小声で答えた。


「確かに…」




アドナイスは静かに、誰にも気づかれなかった小さな銀の鈴を鳴らした。音は柔らかく、それでいてどこか挑発的だった。




「少し面白い遊びをしましょうか」




キラックスは眉をひそめた。


「何のつもりだ?」




すべての視線が彼女に注がれた。緊張感が空気を張り詰めさせる。その中で、アドナイスは手に持った鈴を掲げた。




「この鈴に二人が触れられたら、先に戦わせてあげる。でも、私が先に二人を叩きのめしたら…私が三戦すべてを戦うわ」




スタジアムは騒然となった。




「これは…前代未聞だあああああ!!」


雷神ライジンが絶叫した。


「アドナイス・セレスティア、自らの仲間に挑戦状!初戦の権利を懸けて戦うなんて誰が予想した!?」




ジパクナは思わずごくりと唾を飲んだ。


「…本気なのか?」




ヨウヘイが声を荒げる。


「おい、バカにするなよ!本当に三戦連続で戦い抜けると思ってるのかよ!?」




アドナイスの目は真っ直ぐで、声は神の裁きのように揺るがなかった。


「ええ」




「くっ…このガキが…」




そこへ、タカハシが手を挙げた。


「陛下…この提案、認められますか?」




「タカハシ!?」


ジパクナとヨウヘイが同時に声を上げた。




王の席でエスカトスが指を鳴らし、不敵に笑った。


「…いいだろう。面白くなってきた」




「マジかよ…」


キラックスは苛立ちを隠せない。




「公式発表だあああああ!!!」


ライジンが叫ぶ。


「アドナイス・セレスティアはキラックス・カッケイとゴルムス・カッタロと同時に戦うことになった!勝てば三戦すべてを担当!負ければ、その座を譲る!」




「これぞ…歴史的瞬間!」




場面が変わる。アドナイスは悠々と体をほぐし、対するキラックスとゴルムスはそれぞれ怒りと闘志を漲らせていた。




「…あの女の顔から笑みを消してやる」


キラックスが毒づく。




「…ああ」


ゴルムスが低く応える。




「最初から俺たちを侮ってる。そろそろ教えてやる時間だ」




「容赦はしない。たとえセレスティアでも…無敵じゃない」




二人は拳をぶつけ合い、闘志を高めた。




一方、ズターツの観戦席ではジパクナたちが成り行きを見守っていた。




「…ある意味、我々にとってはラッキーかもな」


ジパクナがぼそりと漏らした。


「どう転んでも得になる」




ヨウヘイは憤りを抑えきれなかった。


「クソ女め…最初から俺たちをゴミ扱いか。お前と似てるな、ガキ…」




だが、タカハシは答えなかった。視線はアドナイスに釘付けだった。




「…あの力を目の当たりにするのは、これで二度目だ」




心に浮かぶイメージ。それは、あの忘れ去られた戦場で、異様な光を纏って立っていたエデンの姿。




「…それだけじゃない。ここに来てから、あの女の力は…絶え間なく増している。秒ごとに強くなっていく」




カメラがアドナイスの顔をクローズアップする。もう彼女は笑っていない。




ただ、すべてを見通した者のような…静かな眼差しだけが、そこにあった。




「この偉大なる戦いの準備はできているかああああ!?」


雷神ライジンが両手を高く掲げて吠えた。




観客席は爆音のような歓声で応えた。声、拍手、太鼓の音、そしてはためく無数の旗がコロシアムを揺らす。




「始めええええ!」


風神フウジンが号令をかけた。




その瞬間、キラックスとゴルムスが弾丸のように飛び出した。空気を切り裂きながら突進する彼らの身体は衝撃波を生み出し、アドナイスに迫る。




だが、彼女の動きは一歩も遅れなかった。


優雅な足運びで攻撃をすり抜けるその姿は、まるで未来を読んでいるかのよう。蹴り、爪、体当たり——全てが外れ、神の時計のような正確さでアドナイスは避け続けた。




観客席のシュウは、目を見開いて呟いた。


「速い…目で追うのがやっとだ…」




数段下で、ゼフが歯を食いしばる。


「これが…俺が目指すレベルか…クソ、遠すぎる…」




その時、キラックスとゴルムスの頭上で青白い閃光が瞬いた。ゼンカが彼らの意識を繋いだ。




『準備はいいか?』


ゴルムスが念話で問いかける。




『ああ、行くぞ!』


キラックスが力強く返す。




「泥流の咆哮!」




ゴルムスが両腕を地面に突き立てた。まるで見えない堤防が崩れたかのように、膨大な泥と岩の波がアドナイスへと轟いた。




しかし、彼女は一歩も動かなかった。


退屈そうな視線のまま、剣を抜いたアドナイスは、神速の斬撃を繰り出す。刃の波動が泥流を次々に切り裂き、無数の破片に変えて吹き飛ばす。




そしてその残骸の中から——キラックスが飛び出した。


完璧な奇襲。彼の手は、あの鈴へと伸びる。




「はあああっ!」




アドナイスの蹴りが彼を襲った。


回転しながら放たれたその一撃はキラックスを人形のように吹き飛ばし、ゴルムスの作った泥の壁に叩きつけた。




「大丈夫かっ!?」


ゴルムスが叫ぶ。




泥まみれで立ち上がるキラックス。息は荒く、足元もおぼつかない。


「…ああ、なんとか…」




観客が爆発するような歓声を上げた。誰一人、瞬きすら惜しんでいるようだった。




「なんという戦いだああああ!!」


ライジンが叫ぶ。


「ワタラハのコンビが容赦なく攻め立てるが、アドナイスは冷静かつ完璧に対応!まるで機械のような精密さだああああ!」




アドナイスは指先で剣をくるくると回しながら、つぶやいた。


「ねえ…退屈なんだけど」




ゴルムスは拳を握りしめた。


「くっそ…」




「もう…教えてやる時だ」


キラックスの目が炎のように輝いた。




コロシアム全体が静まり返った。世界が止まったかのような空気。




そして——風が割れた。




キラックスの身体から、凄まじいエネルギーが噴き出す。空が震え、足元の大地に亀裂が走る。




「なんて力…」


観客席でユキが呟いた。




「小白虎——ビャッコ・メノル」


キラックスが名乗る。




白い奔流が彼を包む。筋肉は膨れ上がり、体は獣へと変貌する。真っ白な毛に覆われた獰猛で力強い白虎の姿。




その姿を、エデンが興味深く見つめる。


「この変身は…」




だが、思考する時間はなかった。




アドナイスが剣を構え——消えた。




「どこに…?」


ゴルムスが呟く。




キラックスが目を見開く。


その前に、突風のようにアドナイスが現れる。




「なっ――」




胸部に食い込む一撃。


キラックスの体が弾丸のように吹き飛び、コロシアムの天井を貫きながら血を撒き散らして姿を消す。




「…嘘だろ…」




ゴルムスは硬直したまま呟いた。




アドナイスがゆっくりと彼を見つめる。




その瞳——もはや人のものではなかった。




汗が一筋、ゴルムスの額を流れ落ちる。息が乱れ、恐怖が全身を支配する。




走る。




だが——風が逆らった。




アドナイスの姿は、もうそこにはなかった。




次の瞬間、背後に現れた。




鋭く、静かな一撃。




ゴルムスの意識は断ち切られ、体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。




……沈黙。




スタジアム全体が、凍りついた。




聞こえるのは風の音だけ。




アドナイスは、コロシアムの中心に立ったまま微動だにしない。髪がそよぎ、剣を手に、無傷のまま静かに佇んでいた。




ライジンの顔が映る。口が開いたまま、言葉を探すように頭を振る。




「え…ええっと…」




ようやくマイクを握り、叫んだ。


「勝負ありい!!」




封じられていた音が一気に解放される。




「アドナイス・セレスティア、即興バトルを完全勝利おおおおおお!!」


ライジンが汗を滴らせながら叫ぶ。


「仲間であるゴールドランクの戦士たちを、一切の容赦なく叩き伏せたあああ!!」




ジパクナは座席からごくりと唾を飲み込んだ。


「…マジかよ。汗ひとつかいてねえ…」




仲間たちの顔を見渡す。その瞳には、疑念と畏怖が宿っていた。




「本当に…こんな怪物と戦うつもりなのか?」




ヨウヘイは拳を強く握る。


「勝たなきゃ…どんな手を使ってでも…」




だがタカハシは、まるで子供のように口元を緩めていた。


「…これは、面白くなりそうだ」




歓声の中、アドナイスが顔を上げる。




彼女の瞳が群衆の中のシュンを捉えた。




一瞬、世界が再び静止した。




「いつか…」


アドナイスは心で誓う。


「いつか、あなたを倒してみせる」

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