カイネには
それは前世――カインネフィア・オルフェウスの記憶だ。
異世界のドレスデン王国でカインネフィアとして第一王子の親衛隊長を務めたが、第一王子と共に冤罪にて斬首されたのだ。
そして、その王子の転生した正体が
思い出させるべきか、悩んだまま今世で二十歳となった。
雪斗――ユットジーン殿下は、王太子として恥じない政務と責務をこなし、庶民からも熱烈に慕われていた。
敵というほどの存在は、カインネフィアの目には見つからなかった。それは前触れもなく起こり、調査もなく投獄されてからの処刑。
前世では守れなかった。今世こそ、雪斗を死なせない。
「こんなことなら……じいちゃんたち、巻き込まれなくて良かった、よな」
D端末でゲームをしながら、雪斗が呟く。
今世、二人とも家族には恵まれなかった。
カイネは生まれた時から、親がいない。生まれた後に施設に預けられた。母親は名前を残していったが、成長してからも特に探そうとは思わない。
雪斗は、幼い時に両親と姉を亡くし祖父母に育てられた。その祖父母を先日事故で見送り、この登山はその気晴らしを兼ねていたのだ。
「そうだな……お前の心配をしてると思うぞ」
掛ける言葉に悩んで、ありふれた事しかカイネには言えなかった。
D端末のゲームで、カイネは首都の名前クイズで躓く。
すいすいと進める雪斗に、試しに声を掛けてみた。
「雪斗、タイの首都バンコクの正式名称わかるか?」
「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット」
「マジかよ」
聞いておいて、突っ込む。もう一度雪斗にゆっくり発音してもらって入力すると、ゲームクリアのため10ポイント配布しますの文字が流れた。
そのままゲームを進めたが、簡単な問題を引き当てる運がないらしい。見たこともない国旗クイズに、カイネは諦める。
雪斗の手が止まらないので、カイネは山小屋を出た。
気がついて最初に確認したこの真っ白い世界――左右に階段があるだけ――に足を踏み出す。
何も無い、ただ白いだけの空間。照明も何もないのに明るい。床も土ではなさそうだ。山にいたのに、完全に別の場所と化している。
カイネはD端末で鑑定カメラのアプリを立ち上げて、この景色を映す。
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月影山ダンジョン[7/30]
セーフティエリア
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ダンジョン。山がダンジョンとなったのか、山が飲み込まれたのか分からないが、ここは三十階の中の七階だと思って間違いないだろう。
たまたま、セーフティエリアで助かった。モンスター階層に閉じ込められていたら、ポイントどころではなくきっと瞬殺されていただろう。
カイネは前世で、魔物と戦い慣れている。
殺すことには躊躇いがなかった。だが、さすがに武器がなくてはどうにもならない。
右の階段に行くと、やはりそこには見えない透明な壁に阻まれたモンスターたちが張り付いている。
そこでも試しに鑑定カメラを向けてみた。
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月影山ダンジョン[6/30]
グレートブル Lv6
突進攻撃が強い
人の頭をひと噛みで噛みちぎることが出来る
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ゾッとする情報だったが、何もないよりはマシだ。
前世のドレスデン王国にでた魔物とは、似て非なるものだ。あちらでは、少なくともこんなゲームのような名前ではなかった。
左の階段にいくと、真っ黒の景色が目に飛び込んでくる。一体一体が、成人男性の肘から先ほどの大きさの
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月影山ダンジョン [8/30]
キラーバット Lv8
超音波攻撃
精神攻撃
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見た目は、グレートブルのほうが断然に凶暴で大きいが、精神攻撃という欄の悪意が強い。
――やはり、剣が欲しい。
スキルは手に入れたが、前世で手になじんだのは剣だ。カインネフィアの時はろくに攻撃魔法を使えず、ひたすらに鍛錬して隊長までその身を鍛え上げた。
恨みがましいようなモンスターの視線から離れて、カイネは小屋に引き返す。
ポイントとやらで、どのくらい強化されるのか。
どちらにせよ、強くならなければそもそもこのダンジョンから抜け出すことも出来ないのだ。