「ダンジョンって――あのダンジョンなの?」
「瘴気が溜め込まれた先に出来る、あの吹き溜まりが、こちらの世界にも?!」
動揺しているのは、ジュリエッタたちだけでは無かった。
道を行き交う人々も、座り込んだり荷物で頭を隠したり、建物に駆け込む人もいる。
口々に、彼らは地震か?と言い合って、D端末ではないスマートフォンを覗き込んでいた。
「こちらの人には魔力がないから、さっきのが分からなかったんだわ……」
「ジュリエッタ様、どうしましょう。ユットジーン殿下とカインネフィア隊長は――」
「無事よ!絶対……ダンジョンに近づかなければいいんだもの!」
『ちょっと何事?説明して』
ジュリエッタのイヤリングが喋る。
声の主は、賢者セリオン・ドラグノフだ。
魔法世界ディステリアと日本を鏡で映して、ナビゲーションをしてくれている。
「セリオン、突然魔力が発生したの。あのお方は無事?!」
『その事なんだけど――なんか、殿下たち山の中にいるんだよね』
あと、こっちは鏡ごしだから魔力云々までは伝わらないと、あっけらかんとしていた。
「山のなか?!せっかく住居の近くに転移したのに?あと、D端末というすまーとふぉんから、ダンジョンが出来たと」
『山登りしてる光景が見えたよ。小屋みたいなところで走り込んだのが見えたけど、そこから映像が今乱れててね』
うーん、とセリオンがイヤリング越しに唸る。
『地球にダンジョンはなかったはずなんだけど、調査ミスかな〜』
「セリオンあなた、無責任も大概じゃないの?」
『とりあえず、パニックが起きる前に食料確保したら?貧乳聖女』
「まだ成長途中なのよ!!」
言い争う間にも、店から人が出てきて話し込んだり、人々の顔には不安げな表情が浮かんでいた。
エリスもまた、顔にはださないようにしているが緊張感が漂う。
護衛メイドとして付いてきた、武器も持ってきている。だが、戦闘が起きるとは予想していなかった。
「分かったわ、こちらの通貨はあるし、買えるだけ買い込みましょう」
ここで喧嘩し続けている訳にも行かない。渋々ジュリエッタは引き下がった。
それに、王子と親衛隊長が山にいるなら食べ物が足りないかもしれない。
今の急務は、二人と再開すること――たとえ向こうに記憶がなかっとしても。
「聖女様、参りましょう」
「エリス、貴女、こっちにきたら様を取らないと。私は今は聖女ではないわ」
「しかし、呼び捨てるわけには……」
「いいのよ、今は
ジュリエッタとエリスは、片っ端らのスーパーとコンビニで飲食料品を買い漁った。
怪しまれないようにエコバッグを購入し、物陰や建物に入ってはそれをマジックバッグに移し、また移動を繰り返す。
かなりの距離を動いたが、ジュリエッタはピンピンしていた。瘴気祓いをしていた時のほうが、もっと無茶な行軍をしている。
『わかったよ、おおよその場所。王子たちは今千葉だね』
「ちば?」
『東京メトロ東西線に乗って!動いてたらだけど。西船橋まできたら、また指示出しするから』
鋸山方面でなし、近いのは成田山か月影山くらいなんだよねえ、と喋るセリオンの言葉の端々から、何か摘んで食べている気配がした。
悠長だと思いつつも、セリオンはこの転移の手伝いを善意で助けてくれているのだ。本来なら、賢者としてそれなりに忙しい彼である。
「でんしゃね。駅に向かうわ」
金髪のジュリエッタが道を聞くと、大半の人は流暢な外国人だと思って分かりやすく東西線の乗り場を教えてくれた。
切符売り場で戸惑っていると、駅員がきて丁重に買い方を教えてくれる。親切な国だと思った。
ドレスデン王国は、治安が悪くないとはいえ女二人が道に迷っていたらそれなりにたちの悪い輩に絡まれる。
「――いい国、だったんだわ」
ジュリエッタの視線が虚空をキリリと睨む。
メトロは動いていたが一部運休が重なり、改札口は混んでいた。
こんな国に、ダンジョンが現れてしまった。
どれだけの波乱が起こるのだろう。