さて。
ここからが私の体験した奇怪な話です。
あらかじめ言っておきます。この話はもう十数年前にとある投稿サイトに寄稿したものでもあり、その証跡がいまだに残っています。末尾にURLを貼っておきます。多少改稿されてますので前置きがごそっとないのですが、経緯としてはここまでの話の通りです。
あの旅行からひと月ぐらい経ったでしょうか。私たちの周りに奇怪というか不幸な出来事が続いていました。
まずMは交通事故にあい重傷を負ったそうです。命に別状はなかったらしく、特に後遺症とかもなかったようです。伝聞調になっているには理由があります。私はMの入院中お見舞いに行かなかったので人伝に話を聞いたからです。薄情なやつだと言われるかもしれませんが、それにも理由があります。私も入院していたからです。この話はこの後にします。
続いてHですが、これまた奇怪な事に親族が立て続けに亡くなったそうです。父方の親族と母方の親族が交互に複数人短期間に亡くなったようで、警察まで出張って話を聞かされたとも言っていました。殺人事件というわけではなく病死の類ですので事件性は何もなかったのですが、不幸が重なったようなので親類縁者皆訝しんだようです。
Sですが、彼は何も語りません。不幸なことが起きたとも、怪異に遭遇したともそんな話は一度もしてきません。ただ単にそういう事に遭遇していないのか、遭遇したけれども話せないのかわかりません。ただこれは私の勝手な思い込みというか印象なのですが、あの日以降彼の性格が変わったような気がします。やさしくて割とおどおどしているような引っ込み思案的な感じのSだったのですが、あれ以来粗野になり粗暴になった気がします。これは単純に私の印象が変わっただけなので関係はないのかもしれません。
そして、Oです。私が退院した後に、相談があると言って私の元まで来たことがあります。聞けば、当時付き合っていた彼女を妊娠させてしまったと。でも事情があって結婚はできないし、産んでもらうこともできない。中絶してもらうしかないから金を貸してくれと。その事情が知りたい所ではありましたが、あまり個人の事に首を突っ込むこともあれですし、こいつが私に相談というのも珍しいことでありました。なので私も人がいいと言いますか、特に訳も聞かずに金を貸すことにしました。つまりOは水子を背負っているのです。後に聞いた話ですが、この時の彼女は実は彼女ではなかったようです。三股かけていたらしく、そのうちの本命の彼女以外の二人の女性を妊娠させたらしく、私以外からも金を借りて中絶費用に充てていたようです。……さすがにこんなクズ野郎だとは思ってもいませんでした。長い付き合いだったのですが、気付かない事って結構あるものなんですね。ちなみに、こいつは定職についていなかったので当時私が働いていた会社を斡旋して入社しました。先に私が辞めたのでその後はあまり詳しく知りませんが、どうにも精神を病んで辞めたと聞いています。それが業務のせいか怪異のせいかはわかりかねますが。
さて、私の話です。最初にも書きましたが、私は人生の不幸を怪異と結び付ける様なことはしていません。仕事を辞めたことも結び付けようと思えばそのせいにできますし、入院したことも雑多な不幸の数々もそのせいにできるでしょう。けれどもそんなことに意味はないですし、呪いだなんだと騒ぎ立てるつもりもありません。
ですが、一つだけ。一度だけですが不可解な現象には遭遇しました。無論こじつければ解釈のしようもいくらでもありますし、本当は怪異ですらないのかもしれません。まあ、話のネタにはなりますので面白おかしく語るだけです。
◇
それはプロジェクトが終わって、私がそこから外れることになったので送別会を開いてくれた時の話です。
主賓なので何が食べたいものはないかと聞かれ、その時の気分で「鳥」が食べたいですと答えました。それで「鳥」専門の飲み屋に連れて行ってもらいました。
最近の若い人はあまり飲み会を好きじゃないようですが、酒飲みの私は舌鼓を打ちながらご相伴にあずかりました。ロハで酒が飲めるなんてこんなに素晴らしい事はありません!
ですがまあその時の料理がいけなかった。
鳥の生のササミを鍋で湯がいて食べるものがありまして、まだ半生の状態で食してしまい、見事にカンピロバクタ=ピロリ菌にやられ食中毒になり入院しました。その時にはじめてカンピロバクタのことを知りましたが、今思えば生のササミを出す店って相当やばいです。今のご時勢なら絶対にあり得ないです。炎上しますよマジで。
それで高熱と下痢に襲われ死ぬ思いをしたので病院へ。見事に入院。個室は空いて無く、四人部屋へと入室することになりました。
入院したことがある人は知っているかもしれませんが、患者の入院する病棟というのはフロア毎に担当する「科」が分かれておるようです。小児科のフロア、外科のフロア、内科のフロア。まあ同じような症状の患者を一か所に集めたほうが診やすいですし、管理もしやすいですし合理的ですね。私が入院したのは消化器科。内科関連の方々と一緒だったようです。
ある日、消灯時間も過ぎて眠りについていたときのことです。
ふと、尿意を感じてトイレに行こうとベッドを出ました。私は廊下の一番端の部屋に入院していて、そこから一番近いトイレは個室で一人用。明かりが点いていてロックも掛かっている。どうやら誰か先に入っているようなので、さらに先にある多人数用のトイレに向かいました。
深夜の病院と言うものは怖いものです。暗い廊下に足音だけが響く。人の生死にまつわる場所ですから否が応でも意識してしまうものです。
トイレを済ませ病室に戻ろうとした時に、ふと、キィキィと甲高い音がするので、音がしたほうを探しました。見れば今私のいる廊下の端の反対側の端に、なにやらぼんやりと黒い影が見えます。明るいなにかを持っているのか光がこちらに向かってきているのが見えました。
最初は巡回の看護士さんかなとも思ったのですが、妙に明かりの位置が低い。概算ですが私の腰の位置より低かったように見えます。
よく目を凝らすと、ぼやっと車椅子のような影が見えました。そうです、車椅子の人がおそらく膝に懐中電灯でも乗せているのでしょう。なんてことはありません。私と同じように深夜に尿意を感じてトイレに行く人だったのです。
その時の私は恐怖も何も感じていませんでした。ただ、車椅子の人が夜中にトイレに行くのは大変だな……と思っただけでした。病室へと戻り静かに眠りにつきました。ちなみに病院のベットは何故かぐっすりと眠れる謎仕様でした。
翌日、検温の時の若い女性の看護士さんが可愛かったので何とか気を引こうと、昨日遭遇した話を試しにしました。話が弾めば連絡先を貰えるかもと、まだまだ若いころの私は淡い期待を持っていました。
ですが、そんな気分は見事に雲散霧消しました。
「え? 何言ってるんですかぴすぴすさん?」
きょとんとした表情で看護士さんが私の顔を見つめます。
「ここ、消化器科・内科の病棟ですよ? 車椅子を必要とする重症患者さんは基本的にカテーテル通してますし、外科的な患者さんはそもそもこのフロアには入院してませんよ?」
えと……確かに私は車椅子の人物を見たのです。
このフロアに車椅子を使用する患者さんがいないのであれば別の階からやってきたのでしょうか。ですが……あちらの端側にはエレベータがないはずなんですよね……。
果たしてあれは幽霊だったのか。今でも私の中でもやもやしています。
・別サイト様に投降した時の内容です(別サイトが開きますのでご注意ください)
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