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第4話 隠れ里

 村娘が案内してくれた村は、あの村からさほど離れていない場所だった。

 木々が茂る僅かな林を抜けた先には豊かな水田と五軒ほどのやや大きな家。その周囲には小さな家がいくつかある。どうやらこの五軒はこの村の名士らしく、周囲の小さめの家は分家みたいなものらしい。


「やけに奥まった村だな」


 低い声で雪隆が言うと、娘は苦笑を漏らした。


「元は隠れ里なんですって」


 隠れ里は戦の激しかった時代、その戦を逃れた偉い人やその家族が落ち延びて、人のこない山奥などにひっそり住んだ場所の事らしい。そう言われるとここは納得できてしまう。山間にぽっかりと空いた平地。近くには流れの緩やかな綺麗な小川があり、もう少し行けば町に繋がる道も一応はある。生活はしやすいだろう。


 案内されていくと案外子共もいて、畦道を走り回り余所者の二人を見ても怖がる様子がない。


「チサ姉ちゃん、その人お客さん?」

「えぇ」

「そっか! お祭り近いしいいね!」

「お祭り?」


 無邪気な子供の声に反応した伊助に、チサと呼ばれた娘が楽しそうに笑って頷いた。


「七日程後なんですけれどね。ほら、さっき川の側に祠があったでしょ? この村の守り神様なのよ」

「そうなんですか?」


 それにしては小さかったし、奉られているという程の感じもなかったけれど。

 首を傾げると何が言いたいのか察したのか、チサが苦笑した。


「お社までは作ってあげられなかったみたいなの。こんな辺鄙な場所だし、畑や米も作っているけれど子供も多いしね」

「そうなんですね」


 確かに隠れて暮らしている所から始まっているんじゃ慎ましくもなるだろう。伊助は納得した。


 その間につれてこられたのは川から一番遠い大きな家だった。

 そこには白髪で腰の曲がった老人と、逞しい体つきの男性、その妻とみられる女性がいた。


「おとっちゃん、おっかさん、お客さんよ」

「おぉ!」


 チサはどうやらこの家の娘らしく、母屋に入って伝えると炉端にいた男性が目を輝かせて立ち上がり、伊助と雪隆に近付いて大きな手を差し伸べた。


「ようこそ、こんな辺鄙なとこへ! ささっ、お疲れでしょう。どうぞ囲炉裏端へ」

「え? あっ」


 こちらの事情も聞かずにこんなに歓迎されるのは初めてで戸惑う。そんな伊助に雪隆もやや訝しい様子ではあるが、先に伊助が上げられてしまったので従うようだ。

 囲炉裏の側は温かく、家の女将さんが直ぐに鍋の用意をしてくれる。老人も嬉しそうで、雪隆へと酌をした。


「ようきなすった、お客人。これは外神様のお導きかな」

「外神様?」


 聞いた事のない神様に首を傾げる間に老人がお酌するが、伊助は酒が体に合わないからと断った。

 その間に鍋が掛けられ、いい匂いがし始めた。


「この辺りは外からきた神様をお奉りしてるんだ」

「珍しい信仰だな」


 雪隆がせっかくだからと酒を煽る。それを見て機嫌良く、老人が酒を注ぎ足した。


「なんでも、外からきた神様がこの村に知識をお与えくださったとかなんとか。だからここでは外から来るモノは良いものって考えなのさ」

「だから僕達の事もこんなに歓迎してくれるんですか?」

「あぁ。外からの人に親切にするといい事があるって教えなんだよ」


 同じ酒を飲み、器に鍋をよそわれて頂く。その後もこの男性は村の事を色々と、チサと女将さんは食事の取り仕切りをしてもてなしてくれる。こんなに温かく迎えられたのなんていつぶりだろう。それが嬉しくて、伊助などは少し泣いてしまいそうだった。

 だが雪隆は何処か緊張した様子でいる。

 そのうちに夜は更け、二人はこの家の使っていない小さな家へと案内された。


 入って直ぐの土間には煮炊きをする炊事場が簡単だが揃っている。水瓶も大きな物があった。

 そこから一段上がると板間となっていて一間。真ん中に囲炉裏があり、布団が二組部屋の隅に置いてあった。


「立派ですね!」

「元々は人が住んでたんですが、今はいなくて。布団と水はさっき用意したものなんで安心してください」


 とても丁寧にされ、チサは去っていく。

 伊助は早々に板間へと上がり、囲炉裏に火を入れて布団を用意した。


「親切過ぎる」

「そうですね」

「いや、気味が悪いくらいだ」


 やや深刻そうな様子で雪隆は唸る。これに伊助はやや不安になりそっと近付いた。


「雪隆様?」

「……明日にはお暇しよう。俺は何だか妙な感じがするんだ。ずっと、見られているような」

「え?」


 怖くなって辺りを見回した伊助だが、周囲に人の気配はない。勿論視線も感じない。それでも、見知らぬ土地の音などが妙に耳についてくるのは感じた。

 ぶるりと震え自分を抱きしめる。そんな伊助を見て雪隆は近づき、布団の一つに入り込んでそこに伊助も入れた。


「大丈夫だ、お前は俺が守るからな」

「雪隆様……はい」


 この言葉がなによりも心強くて、伊助は彼の胸に身を寄せて目を閉じる。まだ夜ともなれば冷える季節だが、雪隆の腕の中はとても温かく安心する。

 二人はそのまま静かに眠りについた。


 だが翌日、起き上がった雪隆は僅かな熱っぽさと怠さ、そして胃のむかつきを感じて食事も減った。

 彼はそれでも出て行こうとしたが伊助がこれを止めて村の人に事情を説明し、もう数日滞在してもいいかとチサに聞いた。

 「旅の疲れがでたんだろうか?」と心配そうにしたチサが薬湯を持ってきてくれて、いつまで居ても構わないと言ってくれてほっとした。


 こうして二人はこの村に滞在する事となったのである。

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