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第6話 外神様(2)

 翌日、雪隆の体調は少し良くなっていた。顔色も心なしかいい。

 伊助は単純にそれを喜んだ。薬湯が効いたのかもしれない。

 けれど雪隆は難しい顔で考えるばかりで、伊助に「お前は大丈夫か?」と聞いてくる。大丈夫だと答えるとまた思慮して、「変な物は食べるなよ。水にも気をつけろ。この時期は腐りやすい」と言ってきた。

 首を傾げるけれど雪隆は伊助よりもずっと学があり思慮深い。それに暑い季節は物が腐りやすいのは分かっている。

 頷くとまた頭をクシャリと撫でられて、優しい目を向けられた。


 この日は母屋でチサと女将さんと一緒に繕い物を手伝った。その折に「薬湯が効いたのか、顔色が良くなりました」と伝えると女将さんは目を丸くして驚き、チサはチラリと老人を見る。

 何だろうと首を傾げると、女将さんが「それは良かった。若いって凄いわね」と言って笑った。


 そのまま母屋で食事を頂き、雪隆の分は盆に乗せて運んだ。

 辺りは薄暗くなり、囲炉裏に火を入れると雪隆がもそりと起き上がる。顔色は更に良くなっている気がした。


「雪隆様、大丈夫ですか?」

「あぁ、大事ない。お前こそ大丈夫なのか?」

「? はい」

「……そうか」


 また何かを思慮している。そうするとやや不安にもなってくる。それを誤魔化すように、伊助はお盆を雪隆に差し出した。


「食事です。あと、薬湯も」

「……伊助は家の人達と食べてきたのか?」

「はい」

「同じ釜で作ったのを、家の人も食べてたか?」

「はい」

「……分かった。ありがとう」


 そう言って、雪隆はほんの少しずつ食べ物に手をつけていく。米が少し、煮物も少し、味噌汁も少し。しかもそれらをよく咀嚼し、何かを確かめるようにしている。

 これに違和感を覚えた伊助は不安になってきた。こんなに警戒している雪隆など旅の途中でもあまりなかったのだ。


「あの、何かあるんですか?」


 不安になって問うと、彼は少し思慮した後で箸を置いた。


「まだ確信がねぇから言えないが……伊助、身辺に気をつけろ。この村、やっぱり何処かおかしい」


 真っ直ぐ真剣な目は嘘など言っていないとわかる。けれど何がおかしいのか。伊助にしては親切な村だと思うのだが。


「親切すぎるんだ」

「いい事ですよね?」

「俺には裏があるようにしか思えん。昨日きた得体のしれない客人を、こんな小さな村……しかも隠れ里が歓迎するか? ただの旅人が宿に泊まるのとは話がべつだ」

「それは……」


 確かに、親切過ぎるとは思うのだ。これまで旅してきたから分かる。

 村っていうのは余所者を拒む。通りすがりの旅人なら一晩くらい泊めてくれる人もいる。でも大抵は納屋の端などだ。家の中にはいれない。食事だって出してはくれない。まして病だなんて、即刻追い出されるだろう。

 寺などは御仏の教えで困窮する人を助けてくれるが、ここは寺じゃない。


 考えれば妙。そうなると全てが疑わしく思えてしまう。

 雪隆は少ししてゆっくりと食べ始めた。


「日中、村の色んな奴等だろうが窓からこっちを覗いてきた。好奇心というには強い視線だったぞ」


 それならやはり、早く出た方がいいのだろうか。雪隆を見ると何かを考えている。そして薬湯はそっと土間の端に捨て、水瓶の水も適当に掬って捨てた。


「何を?」

「これは母屋の旦那が昼に汲んできたものだ。俺はちょっと怪しんでいる。あの旦那、ここらの家でも大きな家の当主だ。そんな人がわざわざ水を替えに来るのか? 自ら足を運んで」

「……」


 きっと、雪隆の父ならばしないだろう。女将さんかチサの役割だ。


「飯には妙な感じがしない。何より同じの食べてるしな。そうとなればこの薬湯か水だ」

「……それって」


 まさか水に毒を仕込まれている?

 そう疑うと全てが怖く感じてしまって、伊助は腰が抜けるような気がしてへたりこんだ。

 雪隆は冷静だが、否定はしなかった。


 明かりを落とし雪隆の布団に入り込む。抱きしめてくれる腕の中にいても、今日はちっとも休まる感じがしない。


「隙を見て逃げよう」

「では明日?」

「いや、今は見つかる気がする。奴等の視線がかなり強い。おそらく見た目にも手強そうな俺を先に弱らせて、何か良くない事をしようとしてるんだ」

「じゃあ……」


 いつ逃げればいいんだろう。


「俺はしばらく具合の悪い病人のフリをして伏せっている。俺が弱ったとなれば油断するかもしれん。伊助には悪いが、その間に村の事を聞いてきてくれ。祭りとか、外神様とかな」

「はい、分かりました」


 この村に何があるのか。不安は尽きないが、今はやれる事をやって村を出る算段を整えないと。

 そう、伊助は自分に何度も言い聞かせて眠りにつくのであった。

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