迷った末、やはり電話をかけることにした。
5年前のあの出来事のせいで、私は正直、子どもがあまり好きではなかった。むしろ近づくことに抵抗すら感じていた。
子どもを見ると、嫌な思い出が蘇ってくる。失ったあの子のことを思い出すからだ……
あの子は私のもっとも優しい願いを託された存在だった。それと同時に、私の最も汚れた過去の象徴でもあった。
でも、なぜだろう。
直人の存在には全く嫌悪感を覚えなかった。それどころか、心の底から愛しく思えて、無性に近づきたいとさえ思うのだ。
本当に不思議な感じだった。
「もしもし……?」
電話が繋がったが、相手からは何の声も聞こえなかった。
直人だとすぐに分かった私は、軽く笑いながら言った。
「直人君だよね?ごめんね、おばちゃん、さっきまで忙しくて、今やっと思い出して電話したの。」
直人が話せないことは知っている。だから返事は期待せず、自分で一方的に話し続けた。
「ねえ、もうご飯食べたの?すごく痩せてるから、ちゃんといっぱい食べなきゃダメだよ?」
「子どもは偏食しちゃダメ。いっぱい食べて元気にならないとね。それにぽっちゃりしてる方が可愛いんだよ!まあ、君は今のままでも十分可愛いけどね。」
「あ、そうだ!さっきテレビで君のお父さんを見たよ。大きな取引を成功させたんだって。すごいよね。おめでとうって伝えてね!」
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10分後、直人は電話を置き、しばらく使っていなかったスケッチボードを取り出した。
一文字一文字、丁寧にこう書いた――
“おめでとう”。
直人は話せないけれど、国語も英語も得意だ。
でも、直人が文字を書くのは本当に久しぶりだった。
彼には、長い間、自分の気持ちを表したいという欲求が全くなかったからだ。
それを見た相澤夫妻は、ただただ驚くばかりだった。
一方、既に直人の変化を一度見た相澤拓海は、そこまで驚かなかった。
相澤慎一は電話越しに聞こえた白石凛の言葉を思い出しながら、直人の書いた単語を見て、氷のような顔にごくわずかな微笑みを浮かべた。
そして息子の頭を軽く撫でながら、「ありがとう」と言った。
直人は書き終えると黙々と食事を始めた。皆はまたその真剣な様子に驚かされた。
さらに驚いたことに、彼は大嫌いなニンジンまで食べていた。
相澤夫妻は呆然としたまま、動くこともできなかった。
長男が笑った?孫が自分から文字を書いた?孫が自分からご飯を食べた?しかも大嫌いなニンジンまで……?
ついに相澤母が我に返り、焦るように問いかけた。
「拓海、さっきの女の子、電話で直人に一体何を言ったの?」
相澤父も、同じように目を輝かせて尋ねた。
両親の熱い視線を浴びながら、拓海はゆっくりと言った。
「別に大したことは言ってないよ。直人に、たくさん食べて偏食しちゃダメだって。それと、兄貴におめでとうって伝えてねって。」
相澤夫人は目を丸くして叫んだ。
「それだけ?」
拓海は肩をすくめて答えた。
「それ以上、何を言うっていうのさ?」
相澤父は、心から満足した表情で頷いた。
「あの子、一回の電話で心理カウンセラーが一年かけてもできなかったことをやってのけたな。」
「本当にね!」と、相澤夫人は驚きつつも喜びの声を上げた。
「この子、なかなかいいじゃない。慎一、しっかり捕まえておくのよ!」
「……うん。」
相澤母は慎一を冷たく一瞥し、次に拓海を向いて言った。
「拓海、あんたの兄貴はまるで木の切り株みたいな男だから、女の子をどうやって落とすかなんて分かりっこないわ。あんた、しっかり助けてやりなさいよ。」
「俺の役立つところが分かったでしょ!」と、拓海は得意げに鼻を鳴らした。
「安心して、兄貴のために全力を尽くすよ。でも、約束だ。絶対に口を出さないこと!こういう時、親が手を出すと失敗しやすいんだから。」
相澤夫妻は何度も頷きながら応じた。
「分かってる、分かってる。絶対にしない!」