背中にぞくり、と、殺気を感じた。
そーっと振り返ると同時に、ユーリエの白い片足が、大きく振り上げられ、盛大にスカートがめくれ上がる。そしてユーリエは前にあった机の上をだん、と踏みつけ、両手を振り上げた!
「あああああああああああああああああ! ごちゃごちゃうるさぁ――い!」
「え、え、え?」
眉をつり上げたユーリエの姿に、丸見えのぱんつを気にする余裕もなかった。
「なにさまよ! 下手に出てればいい気になってさ!」
いつ下手に出てたっけ!?
「あああの、ユーリエ、そんなに足を上げると下着が――」
「ぱんつがなに! 見たけりゃ存分に見なさいよ!」
えぇ……。
「家のことだの、好きだの嫌いだの、関係あるかぁ~~~~っ!」
あ、あれぇえええ?
「わ、た、し、は! カナクと石碑巡りに行くって決めたの。これは決定なの!」
僕が知っているユーリエっていう女の子は、
「それともなに? 聖神官を目指さないと石碑巡りをしちゃいけないの!?」
気品に
「それをさっきから冷たくあしらっちゃってくれてさぁ。なんなのよぅ!」
春の空気を存分に吸い込んで咲いた花のように、おしとやかな――
「カナクがなんと言おうが、私はついて行く! これは決定だからね!」
びし、と、ぱんつを見せたまま僕を指さすユーリエ。
「そ、そんなぁ……」
完全に
まさかこんなに、ユーリエから力がこもった言葉や態度が出てくるとは思わなかったから。
「ここまで言ってもさ、私を連れていってくれないって言うのなら、いいよ。一人で行けばいいんでしょう!? えーえー、カナクのお望み通り一人で行ってやるわよ!」
え、はい?
「あー、不安だなぁ。きっと旅の途中で野党とか魔物に襲われて、か弱い私は
眉根をひそめ、瞳を閉じ、ほっぺたに両手を当てて首を振るユーリエ。
「わかった、わかったから! そんな怖いことを言わないで! それと足を下ろして!」
僕がそう言うとユーリエは身体をぴたりと止め、机から脚を下ろし、ぱんぱんとスカートを
「じゃあ、私を連れていってくれるのね?」
「うむぅ……」
上体をかがめ、にゅっと下から僕を見上げるユーリエ。
こんな
しかし参った。
どうしてユーリエは、こんなに僕と旅をしたがるのだろう。
この石碑巡りはマールを
これはひょっとして、マールからの試練なのかな。
「わかった。一緒に行こうユーリエ」
「ほほ、本当!? あとでやっぱり
「僕は信念を貫き通したマールの信徒だよ。二言はない。行くからには行くし、必ず君と最後までやり遂げる!」
僕がそう告げると、ユーリエはにんまり笑って目を見開き、
「うん、もちろん!」
「あらかじめ言っておくけど、僕は君を守る自信はないからね?」
「私を誰だと思ってるの? 魔導師だよ? なにかあったらカナクは私が守るから!」
「さっき、か弱いって――」
「よーし元気出てきた! さあ行こう!」
ユーリエはすたすたと教室の隅に行くと、大きな
なんだかユーリエの手のひらの上で転がされているような。
はあ、と嘆息し、僕は肩を落とす。
「ほーら、早く行こうよカナク!」
「うん……」
急に
マールが一〇〇〇年前、アレンシアに残した四つの石碑は、今、最も勢いがある新興国「コルセア王国」の首都カリーン、アレンシアで最大の勢力を誇るフェルゴート王国の領内にあるレゴラントの町、
僕は石碑巡りの旅をユーリエとしなくてはならなくなったことに、不安しかない旅路を想像した。なにせ僕は、常に自分の欲望を抑えなければならなくなってしまった。
石碑巡りの難易度が一気に跳ね上がったことに、自然と
そんな僕とは真逆で、そのすらっとした足と黒のロングブーツを軽やかに踊らせて歩くユーリエ。僕とは全く接点がなかったはずなのに、どうしてユーリエは旅のともに僕を選んだのだろう。
ちらりと横目でユーリエを見る。
やはり、どこから見ても可愛かった。
「ねえユーリエ」
「なぁに?」
「これから僕らは
「もちろん!」
「旅の途中で、もし僕が――」
「カナクには好きな人がいるよね?」
「あ、うん」
「それって……私じゃ、ないよね?」
「え、あ、ち、ちち、違うよ!」
「そか」
あれ?
今、ユーリエ、少しがっかりした?
いや気のせいか。
「だったらカナクは私に手を出せないよね」
「あ!」
そうか。
“誰かを
マールの教えの一つだ。
ユーリエは僕に好きな人がいることを知っていた。そしてそれがユーリエではないと、勘違いしているんだ。だからユーリエはそこを計算に入れて、僕を選んだ。
さすがアレンシア魔法学校が誇った才媛。確かにその計算通りなら、ユーリエの身は安全だ。
しかしそれは僕がユーリエを好きでなければ、というのが前提だ。
問題なのは、ユーリエが大きな計算ミスをしていることだ。
だって僕の好きな人は……ユーリエなんだから。
つまりユーリエは抑止だと思っていても、僕からすればなんの効果もないことになる。
なんだか、ずるいなあ。
「じゃあさ、ユーリエはまさかとは思うけど、僕が好きなんてことはないよね」
「あ、え、うう、うん。そう、そうね」
「だったら安心だね。僕はユーリエを傷つけられない。ユーリエも僕を傷つけられない。そこまで考えて僕を選ぶなんて。さすがユーリエだね」
「うう……ち、ちが……」
「ん?」
「そう、そうなの! だからさ、私は安心してカナクと一緒にいられるし、カナクも安心して私と旅ができるでしょう?」
声は明るいけれど、どこか陰りが見える。
これは嘘かもしれない。
でも僕はそんなことを口にしなかった。
だって、する意味がないから。