「ユ、ユーリエ!? 考えごとは終わったの?」
「まあ大体ね」
なにを考えていたのかは、後々
「二人とも、よくここセレンディア・マール聖神殿の石碑を読んできた。君らにとってはここが第一の石碑となるので、司教である私は君らを〝石碑巡り〟として認める儀式を行わせてもらう」
司教さまがそう言うと、ニルス聖神官が背後からトレイを両手に持ち、司教さまに近づく。ニルス聖神官は人間で、黒髪を短髪にしていて清潔感があり、その上、やたらと筋肉質だ。
かつては冒険者だったと聞いたことがあるけれど、今は寡黙なマール信徒となっている。
「
ニルス聖神官が一礼し、僕とユーリエの正面に立つ。
手にしたトレイの中には、銀色に輝く腕輪が二つあった。
薄いのが男性用、丸みを帯びたものが女性用だ。
「ありがたく頂戴します」
「ありがとうございます!」
僕とユーリエは声をあげて、腕輪を受け取った。
「やっと……石碑巡りとして認められたんですね」
僕は腕輪を手にして感極まり、目頭が熱くなる。
「ねえカナク、この腕輪の裏を見て!」
「え?」
ユーリエに促されて、腕輪を調べてみる。
そこには文字が書かれていた。
「うわっ! 一五一四年、カナクって彫ってある!」
「私のは一五一四年、ユーリエだよ」
ユーリエと、お
つまり二人で石碑巡りになった証しだ。
これはかなり
特に、ユーリエと、一緒なのが。
「お、おそろ――」
「え?」
「ふぉ! なんでもない、なんでもない!」
赤くなるユーリエ。
うん?
「ははは、カナクは本当に石碑巡りに行きたがっていたからな。しかし感涙している場合ではないぞ。ここからが本当の始まりだ。過酷だったマールの旅の
「はい!」
司教さまの
これから僕とユーリエの、何ヶ月にも及ぶ旅が始まる。
期待と不安と、高揚が僕の身体を突き抜けた。
「司教さま、いくつか質問があります」
僕の感激を吹き飛ばすかのような鋭く力強い声が、ユーリエから発せられた。
「なんだね?」
「祠と石碑についてですが、かつてマールはここセレンディアから始め、コルセア王都カリーン、フェルゴートのレゴラントの町、そして最後にジェド連邦、ディゴバの順で建てていきました。しかし石碑に込められたあの魔法は、石碑を見た順に新たな文章が出るようになっていませんか? つまり、最初に見た石碑がディゴバでも、ここで見た文章が表示される。そうじゃないですか?」
「な……!?」
ええっ、そ、そうなの?
っていうか、あの短時間でマールの魔法を解析しちゃったの!?
「……さすがは天才と
「石碑を調べた時に、いくつかの魔法が常に発動していることに気づきました。あれは暗闇の幻想と風景の幻想、そして他の石碑と連動させるものだと推察しました」
「おそれいった。まさにその通りだ。マールの石碑は今も、まるで生きているかのように動いておる」
「本当におそろしいのはマールの魔法です。確かに祠を出るとマールの言葉は忘れてしまいますが、魔法陣の構造は覚えることができました。いくら黒石を使ったとしても、一〇〇〇年もの間、魔法を絶やさないなんてことは不可能です。そこで魔法陣の構文を念入りに
「ほう?」
司教さまの表情が、堅くなる。
なんだろう?
「一つは“追補の魔法”。これにより、あの石碑は魔法で消費するマナを、この聖神殿周辺から集めていました。幻術と現実を貫く魔法です。そしてもう一つは“節倹の魔法”。これにより少ないマナで大きな魔法を使えます。これらはいうなれば上級を超える“特級魔法”でしょう。この魔法は悪意があるものが使えば、大変なことになるでしょう」
「それは十分把握しておるよ、ユーリエ嬢。そのためのマール聖神殿なのだ」
司教さまはユーリエに近づき、左肩に手を置いた。
「これまでも君のような天才が何人も現れただろう。その度に我々マール聖神殿側は、あの石碑が持つ強大な力を手にしようという
「なるほど。どうりで石碑の魔法の中に、石碑の魔に入ったら暗闇に包まれる、というものがなかったのですね。あれは後年、祠を守るために聖神殿側が施した魔法ですね?」
「うむ。さすがはあのセレンディア公が自慢するだけある。
「ありがとうございます」
司教さまとユーリエの話が高度すぎて、僕の理解が及ぶところではなかった。
「うちのカナクも君くらい賢ければ……」
うっ、流れ矢が。
「無理ですよ」
ユーリエから二本目が。
痛い。
「でも、マールへの
ユーリエが、ちらりと僕を見て
そんな風に思っていたんだ。
少し嬉しいかも。
「うむ。近年では石碑巡りを行うものがすっかり減った。久々に、石碑巡りの
司教さまが遠い目をして、どこかに思いを
「司教さま。もう一つ、伺ってよろしいですか?」
「なんだね?」
「何故、石碑巡りが減ったのですか。石碑の一つが
「ふむ」
司教さまは手を後ろに組み、背を向けた。
「
僕はそのお言葉に、思わず叫んだ。
「僕は違います! 石碑巡りもそうですが、僕は将来、立派な聖神官になって、アレンシアの神となったマールの偉業を広め、尊び、祈りたいのです。子供の頃から辛いことがあっても、マールに比べればなんだと、心の
「よくぞ言った、カナク。心の救済こそ我ら聖神殿の務めだ。石碑巡りはその初歩にすぎん。私もかつては石碑を巡った。意味はよく分からなかったが……お前ならなにか感じとれるかもしれん。マールの想いに触れてくるがいい」
「司教さまも、石碑巡りを!?」
「当然だ。私の世代で司祭、司教以上になっておるものは皆、やっておるよ」
「ニルス聖神官とエナ聖神官は――」
その瞬間、もの
……やってないのか。
「カナクよ。お前を頼まれて十年間、私は我が子と思って接してきた。この石碑巡り、必ず成功させて、ここに戻ってくるのだ。よいな?」
「司教さま……ありがとうございます」
本当にありがたいことだ。
僕はもう一度、右手を二の腕に当てて一礼した。
「さあ二人とも、もう行きたまえ。帰りを待っているぞ!」
「「はいっ!」」
司教さまに声を