やがて。
ソーン音楽団の馬車が手頃なキャンプ地を発見してそこに
そこには音楽団の面々が荷馬車からキャンプに必要な道具を取ったり、夕飯の支度に必要な食材を選んだり、
僕とユーリエは荷物を馬車に立てかけて、それぞれ別れて準備作業に加わった。
ソーン音楽団は女性十人、男性五人という構成だった。その中にはもちろん、ソーンさんやヤヒロちゃんも含まれている。
キャンプ地に選ばれたのは見渡しのいい草原を貫く街道の左側で、そこに五台の馬車を
こんな配置で魔物が現れたらどうするのか、という問いには、夜の街道で最も怖いのは魔物ではなく人間だ、と答えられた。なるほど。
僕もユーリエも、汗をかきながら手伝った。
ユーリエは夕飯の鍋に芋のようなものを削って入れている。ユーリエって、料理もできたんだ。
そして僕は
テントを張り終えたら、
僕はマール聖神殿で、ユーリエは家庭で学んだことを実践し、時には魔法を駆使して周りからも驚かれた。やることが多すぎて目が回りそうだったけれど、とても楽しい。
この楽団には人間、フォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフと、様々な
僕は手に水が入ったコップを持ち、横にいるユーリエに目を向ける。
ユーリエは、僕と同じようにコップを手にしながら、その様子を楽しそうに眺めていた。焚き火の明かりに照らされたユーリエの横顔は、まん丸の
「うん、どうしたのカナク?」
僕の視線に気づいたユーリエが
「あ、うん。綺麗だな、って思って」
「え?」
しまった。
またも心の声が出た。
「それは……もしかして、その私のこと?」
「……うん」
「えへへ、
照れ笑いをするユーリエ。
本当に
これまで何回、ユーリエのことを可愛いと思ってきたのだろう。
「ごめん」
「うん? なんで謝るの?」
「いや、なんでもないよ。こっちの話」
「変なカナク」
ぱちぱち、と、炎に焼かれて薪が割れる音がする。
漆黒に包まれた草原は風もなく、周りは楽器を弾き、歌い踊り、
僕らの声は、それらにかき消されて聞こえないだろう。
「ねえカナク」
「なに?」
ユーリエはずいっ、と椅子を近づけて、僕に顔を寄せる。
これ、ユーリエの癖なのかな。近くて困る。
「女の子はね、褒められると可愛くなるんだよ?」
「男だってそうだと思うよ」
「そっか。私、あまりそういうこと、言い慣れてなくて」
「僕だって慣れてるわけじゃないからね!?」
「そうなの?」
「そうだよ。なんで僕が女の子に慣れてるなんて思ったの?」
「だって、カナクって、その、
「だ、誰がそんなことを!?」
「リリル」
ま、た、か……。
それにしても、今が夜で良かった。
そうでなければ、熱くなった顔をまともに見られてしまっただろう。
「僕はそんなに人気なんてないよ。友達だってレニウスとリリルしかいなかった」
「それはね、カナクがあんまり綺麗だから、近寄りがたかったんだよ。私もそうだったし」
「!?」
がばっ、と、ユーリエに顔を向け、今度は僕がユーリエに迫る。
ユーリエはそっぽを向いていた。
「じゃあ、僕と同じってことなんだ」
「え!?」
「僕も、ユーリエと友達になりたかった。三年間、その機会がないか探してた。でもユーリエの周りにはいつも誰かがいたからさ」
「ほんと!? 本当にそう思ってくれてたの?」
「
「私と石碑巡りに行きたい?」
「うん。他の誰でも僕は断固として拒否したと思う。ユーリエだから、行きたいと思ったんだ」
「えへへ、嬉しいな」
ユーリエが感情を抑えるように、口を両手で覆いながら笑う。
なんだろう。
普段、仕事として緊張感を持って演奏、歌唱をしている音楽団が、気を緩めて練習し、時折、音が合うとセッションして笑い合う。この和やかな雰囲気に流されているのかな。
僕もユーリエも、いつもより大胆になっちゃってる気がする。
「ユーリエは
「マール信徒としてだけ?」
「ん……違うね。僕個人が、ユーリエと二人っきりで旅をしたいんだ」
「きょ、今日のカナク、大胆じゃない?」
ほっぺに手を当て、うっとりとした表情を浮かべていた。
「そうかもしれない」
僕は純粋にユーリエが好きだという想いを込めて、その瞳を
ユーリエも、潤んだ瞳で僕を見つめてくれた。
す、凄くいい雰囲気だ。
まだ石碑巡りは始まったばかりなのに、こんな……。
まずい、かも、しれない。
「ねえ、ちゅーしないの?」
「「うわあああああああああっ!」」
驚きのあまり、僕とユーリエは身体を支え合いながら椅子から落ちた。
声の方に目を向けると、ヤヒロちゃんがしゃがみ込んで僕らを見ていた。
「なな、ええっ!?」
相変わらず表情が読めない瞳で、僕を見るヤヒロちゃん。
「ねえカナク」
「うん?」
「いくじなし」
それだけ言い残して、たたた、と焚き火の方に走っていった。
……いくじなし、か。
少し違うんだけど、まあそう見えているなら、それでいい。
「びっくりしたね」
ユーリエはもう立ち上がっていて、僕に手を差し伸べてくれた。
「ありがとう」
その手を
そのまま僕を抱きしめてくれた。
言葉を失う僕。
「カナクは、一緒にいてくれるって言ったけど、やっぱり不安だったんだ。私って、砕けたらこんなんじゃん? だから途中で捨てられちゃうんじゃないかなって。だから嬉しいことを言ってくれた今だけは、こうして――あ!」
ぎゅ、と、抱きしめ返す僕。
「全部、嘘じゃない。本音だよ。僕は君と旅をしたいし、君と一緒にいたい。セレンディア魔法学校で
「カナク……」
いつの間にか、ムードのある曲が流れている。
ちら、と目を向けると、楽団員の全員がこっちを見て演奏していた。
「こ、これは――」
僕の唇に、ユーリエが指先を当てて止めた。
「今だけはいいじゃん。少しだけ、ね」
「……うん」
僕と、ユーリエが。
互いに強く抱きしめ合う。
この曲が終わるまで。
僕はユーリエの体温と、香りと、存在をこの身に焼きつけた。