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第04話 馬車の中での話

 ソーン音楽団の馬車が動き出し、街道を走る。

 やはり徒歩とは違って、まるで風景が流れているかのような速度で進む。


 ソーンさんの馬車は団長のものらしく豪奢ごうしやで、壁にも天井にも高価な調度品が揺れていた。後部にかれたカーテンの奥には、金庫やベッドまであるという。はー、と、その豪華さにいきをつく僕とユーリエは二人がけのソファに座らせてもらっていた。

 ユーリエは奥の窓際、僕はその左隣に座る。


 目の前には床に固定されたテーブルがあり、対面のソファにはソーンさんと、ヤヒロちゃんが呼ばれて座っていた。


「ようこそソーン音楽団の団長室へ。これらは決して私の趣味じゃないんですが、交渉をする場で優位に話を進めるには、こうしなければならないんですよ」


 両手を広げて歓迎してくれるソーンさん。


「あ、ありがとうございます」


 一応、そう返しておく。

 凄い人なのだろうけれど、どことなく捉えどころがなくて困ってしまう。


「さて、これから私たちはコルセア王都カリーンに向かうため、ジェノアの森に向かいます。この位置からだと天気さえ崩れなければ、カリーンには二週間で着くでしょう」


「二週間ですか! それは助かります」


 僕が横を向くと、ユーリエが小首をかしげて目を細めた。

 最近、こういうのが増えたなあと、顔が熱くなってします。


「カナクとユーリエは、恋人?」


 突然、ソーンさんの横にいたヤヒロちゃんが、ぶっ込んできた!


「いいいいや、そんな、僕なんてユーリエにはもったいな――」


「うん、そうだよ!」


 即答するユーリエ。


「え~~~~っ!?」


 ななな、なんで!?


「そっかー。だったら楽団のみんなに言っておくよ。きっとがっかりする人、いっぱいいると思う」


「はっはっは、さすがはヤヒロちゃん。よろしく頼むよ」


 笑顔を見せるソーンさん。


「らじゃー」


 ぴし、と手を上げるヤヒロちゃん。

 あー、なるほど。

 僕らが恋人同士ということにしておけば、僕はともかくユーリエに手を出す団員は諦め――。


「だってカナクってかっこいいからね。楽団の踊り子たちがさ、可愛かわいい子がきた、早く食べちゃいって言ってた」


「まさかの僕!?」


 保護対象が違った!

 どん。

 僕の右足に、鈍痛が走る。


「いっっつぁあああああ!」


 横を見ると、ユーリエはそっぽを向いて、窓の外に目を向けていた。

 僕は、なにひとつ悪くない。


「私たちは旅の音楽団ですからね、出会いをとても大切にするんですよ。楽団員は旅の途中で素敵な異性と出会ったとしたら、そこで旅を終えても構わないと言ってあります。旅は、永遠にするものじゃない。どこかに終わりがあって、そこで安らかに過ごすものですからね」


 ソーンさんが、まるで僕に向けてそう言った。


あかつきの賢者マールは、その生涯を旅し続けました。そんなマールにも終着点があったと思いますか?」


 この問いは、マール信徒がいつも議論することでもある。

 ソーンさんは笑顔のまま、僕に視線を向けた。


「マールは特別でしょう。彼女の終着点は、すなわち滅びを意味する。もし私がマールなら、終着点は常にここにあったと思いますよ」


 そう言って、右手で胸を押さえる。

 僕はその言葉に感動してしまった。

 それは、新しい解釈だったからだ。 


「カナクくんは暁の賢者と呼ばれたマールを尊崇していると伺いました。なるほど、君はフランツが言っていた以上に敬虔けいけんなマール信徒のようですね。しかし彼女が生きたのはもう一〇〇〇年も前です。マールを知りたいという気持ちはわかりますが、今を生きている人の想いも大事にしなければなりませんよ」


 今の人の、想い。

 ちら、と横を見る。

 ユーリエは相変わらずほおを膨らませて、窓の外を見ていた。


 でも、僕らは恋人同士とかではないし。

 そもそもユーリエが僕を好きとか考えられないけれど、こういう態度って、そういうことなのではないかと邪推したくなる。


 もしそうなら、僕に抵抗なく食べられてくれるかな。

 ……うう、今の考えは最悪だ。

 自重しなくては。


 うん?

 そういえばいま、ソーンさんはフランツって言った?

 フランツってセレンディア・マール聖神殿の最高責任者で、司教さまなのだけれど。


「それにしても、カナクとユーリエですか。これもマールのお導きなのでしょうかね」


「どういう、意味でしょうか?」


「う~ん」


 ソーンさんが、目を閉じて、眉間みけんしわを寄せて天井を仰いだ。

 なんだろう、急に雰囲気も変わった。


「まあ、なんていうか、私は幼い頃の君たち二人を知っています」


「「えっ!?」」


 さすがにユーリエも、顔をソーンさんに向けた。


「しかしカナクくんにはフランツという父がいて、ユーリエさんにはアイアスという父がいる。彼らがなにも言っていないのなら、私が言うわけにはいきませんね」


「そんな……」


 そこまで情報を漏らしておいて、酷い。


「でも口止めされていないことが一つだけあるので、それはお伝えしておきましょう」


 ソーンさんは真面目な顔になり……ユーリエに視線を向けた。


「アレンシア南西部イルミナル地方はアイアス・セレンディア公爵が統一し、建国に向かっている国ですが、ほんの二十年前はセレンディア公爵家、エスピカ連合、リヴァルト王国の三勢力がしのぎを削っている土地でした」


 ユーリエの瞳がよどむ。

 ソーンさんの話から、この先の展開を読んでしまったのだろう。


「私の本当の名はユーリエ・リヴァルト・セレンディア。つまりセレンディアに滅ぼされたリヴァルト王国の……」


「そうです。あなたはリヴァルト王国最後の、王の娘です」


 急に重い話になって、僕はユーリエにかける言葉を失った。

 ところが。


「やっぱりそうだったんですね。お父様もお兄様もなにも言ってくれなくて。私がセレンディア公爵家に養女として引き取られたのは、おそらく私の一族を殺めてしまった贖罪しよくざいなのではないかと思っていました」


「レニウスからは?」


 僕がつい、口を挟む。


「あれはなにも知らないもん」


 あ、あれ扱いなのね……。


「そうですか。全て知っていたんですね、ユーリエさんは」


「知っていたというか、調べました。リヴァルトとはなんなのか。そこから紐解ひもといていくと、すぐイルミナルの三勢力大戦に行き着きました。そして当時、セレンディアがフェルゴートと同盟を結び、援軍を出したが決定的だったと。そしてその援軍を率いていたのが、フェルゴートの五英雄だったことも」


「えっ!?」


 それじゃあ、ユーリエの故郷を滅ぼしたのが養父で、その手助けをしたのが、目の前にいるソーンさんだってこと?


「許してほしいとはとても言えません。あの頃は、ああしなければイルミナル地方は一つになれなかったんです。これから向かうフェーン地方も烈翔紅帝れつしようこうていオリヴィア女王率いるコルセアが治めて平和が訪れました」


「仕方ないと思います。リヴァルト王国もエスピカ連合も、イルミナル地方を統一できる力がなかった。ただ、それだけです」


「……君は、強いですね」


「いえ、とても弱いです」


 はー、と息を吐くユーリエ。

 その横顔は何故か晴ればれとしていて、美しかった。


「ソーンさんは私を知っていると言いました。ということはリヴァルト王国を攻め滅ぼし、私をセレンディアに連れてきたのは……ソーンさんなんですね」


「もちろん私一人ではありません。ですが、幼かった君の助命を嘆願したのは私です。アイアスはその頼みを受け入れて、君をセレンディアに連れ帰ったのです」


「そうですか……リヴァルトがセレンディアに滅ぼされたまでは調べられましたが、そこから私がどうしてセレンディアにいるのか、ずっとそこが繋がらなかったんです。答えが今、手に入りました。ありがとうございます」


「君がそのように言ってくれると、私は救われた気持ちになります。こちらこそ、ありがとうございます」


 ユーリエとソーンさんが、微笑みを交わす。

 このルイ・ソーンという人は東の大国フェルゴートの五英雄と呼ばれるだけあって、コルセアやセレンディアにも顔が広いようだ。ということは、僕のこともなにか知っているのだろうか。

 訊くのは、怖いけれど。


「カナクくん」


「はい」


 ユーリエのことはわかった。

 でも、じゃあ僕はなんでセレンディア養護施設に預けられていたのか。

 ソーンさんはそれを、知っているのかな?


「君に言えることは一つです」


「え?」


 ソーンさんは目を細め、優しげに言葉を紡ぐ。


「あなたは今も昔も、これからも深く愛されている。いずれわかると思いますから、今はユーリエさんを全力で守ることだけを考えて下さい……その秘めたる力で」


「!?」


 ぞわわ、と血液が、一気に身体を駆け上っていくのを感じる。

 目の前が一瞬暗くなった。

 このことはフランツ司教さまにも言ったことがない。

 この人、なんで、そのことを知ってるんだ!?


「え、なに、“力”って」


 ユーリエが戸惑う。


「今は、まだ、言えないけれど、その時がきたら、必ず言うよ」


「ふ~ん?」


 首を傾げるユーリエ。僕は冷や汗が止まらなかった。

 そして僕らは他愛のない話をして、なんとか気分を盛り上げた。

 鍵になってくれたのは、ヤヒロちゃんだった。


 ヤヒロちゃんもソーンさんと同じハーフエルフなので、見た目で判断してはいけないと思ったけれど、十八歳というのには驚きを禁じ得なかった。


 僕とユーリエより三歳も年上のお姉さんだったとは。

 どう見ても五歳くらい下のお嬢さんにしか見えない。でも、言葉の端々に年相応の心遣いが感じられたので、ヤヒロちゃんと呼びつつも、心の中では“お姉さん”と変換していた。


 窓の外を見ると、空が茜色に塗られている。

 そろそろ日が落ちて、闇のとばりが降りる時間だ。


「そろそろキャンプしなければなりませんね。ヤヒロちゃん、合図を」


「らじゃー」


 ソファから立ち上がったヤヒロちゃんが、ととと、と歩いてドアを開く。


「わわっ!」


 猛然と風が吹き込んできて、ヤヒロちゃんのワンピースを胸元までめくりあげてしまった!


「おーい、キャンプのしたくだよーっ!」


 裏返ったワンピースで顔を覆ったまま叫ぶヤヒロちゃん。

 いろいろ丸見えだった。


 どん。

 また右足を強烈に踏まれた。


「いいいいたいいいい! やめてよユーリエ! 故意じゃないし。足がぺったんこになっちゃうよ!」


「なっちゃえ」


「……自分だって割とぺったんこなくせに」


「はあ!?」


 ドドドドと、右足を連踏みされた。


「痛い痛い痛いです! ごめんなさい!」


「次、そんなこと言ったら責任とってもらうからね!」


 責任?

 どうやって?


「あははは、君たちは本当に仲がいいですね!」


 今のでそう見えますか、ソーンさん!?


「ソーンさん、一つお願いがあります」


 ユーリエが僕の右足を、ぎりぎりと踏みつけながら平然とした顔で言った。


「なんでしょう?」


 ソーンさんはワンピースがまくれ上がり、わたわたと戻ってきたヤヒロちゃんの服を元に戻しながら聞く。


「私とカナクは旅人ではなく石碑巡りなので、お客様扱いは不本意です。どうか私たちにも仕事をさせて頂けませんか?」


 驚嘆して、ユーリエに向かって目を見開く。

 それはまさに、僕も言おうと思っていたことだったから。


「これまで何人か石碑巡りを同乗させてきましたが、初日にしてそれを口にしてくれたのは君が初めてですよ。それでこそ石碑巡りです。いいでしょう。馬車が停まったらカナクくんは男性用馬車に、ユーリエさんは女性用馬車に行って、指示を仰いで下さい」


「「はい!」」


 ユーリエは僕に顔を向けると、にっ、と笑う。

 僕もお返しとばかりにうなずいて、笑顔を返した。


 足は、踏まれたままだったけれど。

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