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第03話 ルイ・ソーン

 それから。


 僕はなんとかユーリエに機嫌を直してもらい、歩き続けた。


 この日は『草洞の魔法』を教えて、ユーリエが作った草洞で過ごした。何故か、僕が作ったものよりも小さく作られていたので、僕らは肩を寄せ合って眠った。


 セレンディアを出て、五日目の昼。

 この日は人通りが多く、行き交う旅人や商人たちと挨拶を交わしながらジェノアの森を目指していた。道のりは遠いけれど、隣にユーリエがいてくれると思うと、自然と身体が軽くなった。

 ああ、本当に僕はユーリエが好きなんだなあと再認識していた、その時だった。


「なあ、君たちがセレンディアからコルセアに向かっている石碑巡りか?」


 不意に後ろから声をかけられ、僕とユーリエは顔つきを変え、ワンドを抜いて振り返る。

 目に入ってきたのは馬車の御者台に座っていた栗毛くりげ色の髪の男性と、その隣に座っている可愛らしい、亜麻色の髪で、フリルのついた純白のワンピースを着た、ハーフエルフの女の子だった。


「おいおい、いきなり臨戦態勢はやめてくれないか。まあ、話を聞いてくれ」


 彼らから敵意は感じない。

 ユーリエと視線を交わす。

 どうやら僕と同じ印象を受けたようだ。


「失礼しました。なにせこちらは世間知らずが二人なので」


「はっはっは、それくらい警戒心が強い方が石碑巡りにはいいかもしれんな。ヤヒロちゃん、先生を呼んできてくれるか」


「らじゃー」


 男性が隣の女の子にそう告げると、ヤヒロちゃんと呼ばれた女の子は「らじゃー!」と言い、御者台から降りて、後ろに向かった。よく見ると馬車は一台ではなく、五台も並んでいた。その全てが華美に装飾されており、音符印のエンブレムが埋め込まれていることから、この一団は演劇団ではなく音楽団だということがわかる。


 やがてその一団の後ろから小さなヤヒロちゃんと、すらりとした背の高い男性がやってきた。

 ヤヒロちゃんも愛らしいが、この男性もかなりの美形で、小さな丸眼鏡が特徴的だった。金の髪を伸ばし、肩甲骨辺りで縛っている。赤いジャケットに、白い長ズボンと、革のブーツ。

 この服装だけで、団長なのだと推察できる。


「はー、やっと追いつきました。途中で追い抜いてしまったのではないかと心配しましたよ」


 いつまでも聞いていられそうな、耳に優しい声だった。


「あなたは?」


「私はルイ・ソーン。このソーン音楽団の団長です」


 ルイ・ソーン。

 その名を聞いて、僕は思わずユーリエと視線を交わした。


 かつて東の大国であるフェルゴート王国を、一体のドラゴンが襲ってくるという大事件があった。

 王国軍が総出で迎え撃ったが、ドラゴンはアレンシアでは生きる災厄と呼ばれる存在だ。結局、フェルゴート王国の王都、フェイルーンは壊滅寸前にまで破壊された。


 そのドラゴンをたった六人の冒険者が撃退した。そして六名は“救国の英雄”と呼ばれ、フェルゴートでは絶大な人気を誇っている。

 そのうちの一人の名が、ルイ・ソーンだ。


「まさか、フェルゴート救国の英雄ルイ・ソーンさんご本人ですか?」


 僕はワンドを腰に差しながらく。

 もし本物なら、僕やユーリエでは歯が立たないのは明白だからだ。


「西方にまでその話が伝わっているんですか。参りましたねえ」


 頭をくソーンさん。

 悪い人ではなさそうだけど……。


「そのソーンさんが、僕らのような石碑巡りになにか?」


 危ない。というか怖い。

 こういう雰囲気だけで人の心を開いてしまうような人物は、とても危険だ。


「やれやれ、すっかり嫌われてしまいましたねえ」


ソーンさんは微笑しながら、眼鏡に手をかけた。


「実は知り合いから、あなたたちが石碑巡りの旅に出るので、それを助けてあげてほしいと頼まれましてね。こちらとしても石碑巡りは縁起がいいので、是非とも迎えたいところです。もちろん無理にとは言いません。君らの同意があればですが、如何でしょう?」


 随分、急な申し出だ。知り合いが誰かというのも気になる。

 でも、ここからコルセア王国の首都カリーンまではかなり遠い。

 逡巡しゆんじゆんをしていると、腕を引っ張られた。


「ソーンさんは悪い人じゃないよ、カナク。ここはお言葉に甘えたほうがいいと思う」


 あのユーリエが警戒しなくていいというのなら、間違いないだろう。

 軽くうなずいてソーンさんに向き直る。

 すると不思議なことに、ソーンさんは何故か、驚きの表情で僕を見ていたのだ。


「君は……カナク、というのですか?」


「は、はい。連れはユーリエと申しますが、なにか?」


「ユーリエ……では君が、アイアスのご令嬢?」


 ソーンさんがそう言うと、ユーリエが一歩、前に出て辞儀した。


「ルイ・ソーンさま。初めまして。セレンディア公爵アイアスの養女、ユーリエと申します。ソーンさまのおうわさはかねがね、耳にしております」


「そうですか、あのアイアスが自慢していた娘さんが、あなたなのですね。なるほど、あの厳格なアイアスがまなじりを緩めてしまうと言っていたのもうなずけます。あなたの可愛さは人間より、エルフに近い」


「恐縮ですわ。養父をご存じで?」


「ええ、古くからの友人なんですよ。セレンディアの町で講演を終えた後、アイアスに会ってから聖神殿に行ってきました。そこで君たち二人が石碑巡りをするという話を耳にしたのです」


「そうでしたか」


「我々も次の目的地がコルセア王都カリーンなので、よろしかったらご一緒しましょう」


 そう言ってくれたソーンさんの提案は、とてもありがたい。

 でも……。


「カナク、私はソーンさんのお言葉を素直に受けた方がいいと思うわ」


 ユーリエは次に僕がなにを言おうとしているのか、予想できていたのだろう。


「でもそれは以前、君が言った『有翼の魔法』で飛んでいくのと同じじゃないかな?」


「うーん……少し違うと思うけど。でも私も、カナクとちゃんと旅したいし……」


 その時、ソーンさんが声をかけてきた。


「カナクくん、その考えは間違いです」


「え?」


 ソーンさんは眼鏡を指で直し、唇を引き締めて僕に身体を向けた。


「我々は見ての通り五台もの馬車を連れ、日暮れには食事の準備やキャンプをして、歌い踊り、旅人たちも巻き込んで楽しく旅をしています。ちゃんと地に足を着けているんですよ。瞬間移動系の魔法とは大違いです。石碑巡りは人巡り。我々と一緒に旅をしても、そこは損なわれないと思いますが?」


 僕はそう言われて、はっとした。

 確かにその通りだ。今回の提案は『有翼の魔法』や『瞬間移動魔法』とは大きく異なる。それに、こうして声をかけてもらったのも、マールが与えて下さった縁だろう。

 僕はユーリエの肩に手を置いていた。


「ユーリエ、僕が間違ってた。ソーンさんのありがたい申し出を受けようと思う」


 ユーリエはにっこりと微笑ほほえむ。


「いいと思うよ。魔法を使って距離を縮めるわけじゃないもん。それに、楽団の方たちともお話ししたいし」


 これで決まりだ。

 僕とユーリエは横に並び、ソーンさんに頭を下げた。


「それでは少しの間、お世話にならせて下さい!」


「よろしくお願いします!」


 そろって言うと、ソーンさんは和やかに笑ってくれた。


「それじゃあ決まりですね。まずはお二人から話を聞きたいので、私の馬車に乗って下さい」


「「はい!」」


 こうして僕とユーリエは、思わぬ形で旅をすることとなった。

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