「おーい、石碑巡り! 城門にきてくれ!」
その時、庭の草花を楽しんでいた僕らを呼ぶ声がした。
「行こうか」
「うん」
僕らは走って城門を目指す。
到着すると、そこには先ほどの衛兵と、一人の立派なローブに身を包んだ男性が立っていた。
あれは……司祭以上の位を持つ方のみ、着衣が許される服だ。
ということは。
「ようこそカリーンへ。私はカリーン・マール聖神殿の大司教ガウェインという。石碑巡りとはまた、随分と久しぶりだ。もうしわけないが、石碑巡りならば腕輪を持っているはずだ。それを見せてもらえるかな?」
僕らは
マールを神と
それ故、ここコルセア王都カリーンはマール教の聖地でもある。
なんでここが聖地なのかはよくわからないけれど、きっと法皇さまがいるからだろう。
「うむ、間違いない。これはセレンディア聖神殿で作られた石碑巡りの腕輪だ。衛兵、彼らを中へ。決して失礼のないように」
「ははっ!」
大司教さまは僕らに腕輪を返すと、城の中に入るよう促す。
僕とユーリエは、素直に大司教さまの後を追った。
意外にもカリーンの城の中は、一直線の通路だった。両側には窓があり、外の景色が見えるようになっている。天井は
ただ奇妙なのは……この通路からは白と茶のマナが降り注ぎ、先が見えないほど長いということだ。
「本当に屋内なのかな、ここ」
思わず
「もうすぐわかると思うよ」
「え?」
平然と、大司教さまについて行くユーリエ。
僕も置いて行かれまいと、その隣を歩く。
すると、ある地点で、軽い
それも二回、三回、四回と、歩くたびに感じていく。
正面は相変わらず、長い通路が延びているままだった。
「カナク、外を見て」
「え……あ!」
僕はユーリエに言われるがまま外を見て、
いつの間にか高所にいて、僕らがいた地面は
「これは『
「うん。天井からマナが降りてきてたでしょ。あれ、この魔法のためのマナだよ」
ははぁ、と
人間のユーリエより、銀獣人の僕の方がマナや気配、魔法の感知には優れているはずだけれど、ユーリエに言われるまで全く気がつかなかった。
改めて思う。ユーリエは天才だ。
「
大司教さまが足を止めて振り返り、目を丸くしてユーリエに視線を投げる。
「今、四回ほど魔法が発動していましたので、ここはお城の四階ということですね。それでこのお城は何階構造なのでしょうか。そろそろ最上階だと思いますが」
ユーリエの言葉に、大司教さまも舌を巻く。
「君たち、名は?」
「私はユーリエ・セレンディアと申します。こちらのおともはカナクです」
うん、誰がおともだって?
「セレンディア? ということは……あのセレンディア公オルデン殿の?」
「はい、娘です」
大司教さまは得心した顔で、再び僕らに背を向けて歩き出す。
「そうか……ならば、あらかじめ言っておこう。この先におられる方には、くれぐれも粗相のないように。いくら優れた魔法使いとはいえ、あの方の前には無力だ」
「!?」
その言葉に僕もユーリエも、緊張が走った。
コルセア王国の王都、カリーン城にいる、あのお方。
そんなの……ここフェーン地方を一代でまとめ上げ“
僕らはマールの石碑を見るため、聖神殿に行きたいだけなのに、なんで女王さまに
「君らの疑問は手に取るようにわかる。だが、セレンディアからの連絡で二人の石碑巡りが来訪したら、連れてくるようにと命令を受けているのでな」
「そんな……」
オリヴィア女王さまに気に入られないと、石碑を見られないってことかな。
それは困るし、今まで聞いたことがない。
不安に思っていると、いつの間にか目の前に扉があった。
カリーンの紋章が入った、大きな扉。ここって、謁見の間?
「さあ、陛下がお待ちだ」
ユーリエと視線を交わす。
真剣な表情でこくり、と
やはり、この部屋の奥から発せられている圧を、ユーリエも感じ取っているようだ。
僕は一歩前に出て、扉を開いた。
大体、王が座す間の入り口には両脇に
城門の前には衛兵がいたのに、どういうことだろう。
謁見の間は、真ん中に赤いカーペットが敷かれていて、玉座の後ろには扉にも刻まれている、コルセア王国の国旗が飾られている。
そのシンボルは不思議なものだった。
六つの玉に囲まれ、真ん中に大きな玉が一つ。そして右上と左下から、それぞれ手が伸びて、真ん中の大きな玉を上下から挟むように
あれが“コルセアの烈翔紅帝”と呼ばれ、この地を暴れ回り、コルセアを大国にのしあげた、オリヴィア女王が掲げた旗なのか。
きっと、強い
そして玉座には、目元だけを鉄の仮面で隠した女性が座っていた。
そして本人はやや
まるで眠っているかのようにも見えた。
「陛下、セレンディアからの石碑巡りをお連れしました」
大司教さまが言うと、女王さまがゆっくり顔を上げる。
艶のある唇と、すらりと整った鼻だけで、かなりの美人だと想像できた。
「そう。あなたたちが、石碑巡り……」
その声は暖かみがあるけれど、どこか
「勇敢なる石碑巡りのお二人さん。あなたたちのことを、教えてもらえる?」
僕は一歩前に出て、信徒の挨拶を行いながら言った。
「お目にかかれて恐悦です。僕はカナク、こちらの連れはユーリエ・セレンディアと申します」
「む!」
僕が一足先に自己紹介をしたのが気に入らなかったのか、ユーリエが僕の膝裏を軽く蹴飛ばした。
ちょっと、女王さまの目の前で!
「ユーリエ・セレンディア……ああ、オルデンが養女に迎えたという子ね」
「お初にお目にかかります。ユーリエです。おともが大変、失礼いたしました」
むう、何故そんなに僕をおともにしたがるんだ。
ユーリエの方からから連れて行けって言ってきたくせに。
……猫かぶりユーリエからだけど。
「ははは、こんなに
「!?」
僕とユーリエはその言葉で顔を上げ、背筋が伸びた。
「女王さまが、ほ、法皇さま、なのですか!?」
おそるおそる、伺ってみる。
「あら、ルイやフランツは、なにも言ってなかったの?」
「ソーンさんからはなにも聞いていませんし、司教さまからも伺っておりません。初耳です」
「はあ、全く困ったものね。肝心なことを言わずにカナクたちを
嘆息する女王さま。
いや本当に、先に教えて欲しかったよ司教さま、ソーンさん!
「時にユーリエ。あなたはオルデンの養女で、セレンディアの魔法学校を首席で卒業した天才だと聞いているわ。本当なの?」
女王さまから尋ねられて、ユーリエは片膝をついて顔を上げる。
僕も慌てて、ユーリエに倣った。
「はい。養父が言っておりました。イルミナル地方を統一できたのは、コルセアからの助力があったからだと。故に私も魔法に興味を持ち、微力を尽くしたしだいです」
「天才とは、時に大きな苦しみを味わうものよ。私も“コルセアの烈翔紅帝”などと呼ばれているけれど、元はただの村娘だったんだから」
「「え、ええ、ええええええええええええええ!?」」
む、村娘から、一国の王となった!?
しかもアレンシアのマール聖神殿を束ねる、マール法皇にも?
信じられないようなサクセス・ストーリーだ。
「当然だけど、私は普通の女の子じゃなかった。ある意味ではユーリエ、あなたを超える天才だと自負しているわ」
「
「ふふ、そうね。私もそう思うわ。悲しいことも、辛いことも、たくさんあったけれど……少しでも報われればと、この地で頑張ったわ」
女王さまが、天を仰ぐ。
オリヴィア女王さまは一体、どれだけの想いを重ねてきたのだろう。
経歴は華々しいけれど、その道が全て順調だったはずがない。僕は初めて女王さまと会見し、さすがはマール法皇さまだと思った。
「ところでユーリエ。私はあなたに一つ、懸念があるわ」
「はい?」
女王さまの
「あなたの
「はい」
ユーリエが短く答えた。
そして女王様は、更に声音を落として
「まさかとは思うけど……“アルヴァダーグ”も?」
アル……え?
なんだろう。
聞いたことがない魔法だ。
何故か重く、緊張感のある雰囲気の中、ユーリエは静かに口を開いた。
「使えます」