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第10話 愛してる

 ユーリエの言葉にオリヴィア女王さまから、ぐわっ、と熱風のようなオーラが放たれた。


「なんということを……あれは禁術中の禁術よ。どこで知ってしまったの?」


「父の書斎です。父はあらゆる魔法の研究をしていました。家人も立ち入り禁止だったのですが、魔法を学びたかった私が手にした書に記されていたのが、偶然にもアルヴァダーグだったのです」


「オルデンの馬鹿が!」


 女王さまは額に手を当てて嘆く。


「でも、アルヴァダーグがどういうものかは理解しています。決して使いません」


「そういう問題ではない。いいかユーリエ、これは警告じゃない。命令だ。あれを絶対に使ってはいけない。我が国の魔法院が総力をあげて調べさせてはいるが、あれは奇妙すぎる」


「奇妙?」


 ユーリエが関心を示す。

 それにしても、なんの魔法だろう?


「一言で表すならば、あれは魔法ですらない。アレンシアには存在してはならないものだ。おそらく……魔王の術だろう」


「魔王!?」


 まずい。

 話が全くわからない。

 僕はつんつん、と、ユーリエの脇腹を肘で小突く。


「わひゃっ!」


 びくん、と身体を震わせたユーリエが、物凄ものすごい勢いで唇をとがらせてにらんできた。

 しまった、女王さまとの話の腰を折ってしまった。


「そうか。この話、カナクは知らないのだな?」


「はい。言うつもりはありませんのでご安心を」


「そうしてくれ。だが、三界の存在までは許す」


「ははっ」


 もうなにがなんだかわからない!


「話を本題に戻そう。君ら石碑巡りを聖神殿ではなくここに呼んだのには理由がある。まずはユーリエ。あなたを見込んで頼みがあるの。しかし、この話は誰にも聴かれたくない。カナク、あなたは一度ここから退廷し、外で待っていなさい」


「は、ははっ!」


 僕は女王さまに辞儀をして立ち上がり、一瞬だけユーリエに目を向けて、かかとを返して謁見えつけんの間から出た。

 いつの間にか、グウェイル大司教さまはどこにも見当たらなかった。


 僕は廊下の窓から、外を眺めた。

 ここからだとカリーンの王都の全てが見渡せる。


 高い城壁と、その各所に立てられた望楼。

 これらが既に一つの要塞となっているのに、さらに三重になっている。オリヴィア女王さまが自ら設計したという、フェーン地方の小国だったコルセアをその覇国にまでのし上げた中心地。


「すごいなあ……」


 それしか言葉が出ない。

 コルセアの烈翔紅帝オリヴィア女王さま。


 アレンシア北東よりふらりとフェーン地方にやってきて、戦で滅びかけたコルセア王国を救い、瞬く間に列国を参加に加えた女性。なぜ、それほどの力を持っているのか。それにマール法皇ということは、ただの王ではない。僕らマール信徒らの頂点に立つお方であり、ここコルセア王都カリーンの聖神殿がアレンシア各国の中心になっているということだ。


 確かに、オリヴィア女王さまならマール法皇に相応ふさわしいと思う。

 マールと魔法の知識。小競り合いが絶えなかった地域を平定した王。

 そして、石碑の存在。

 人、場所、知識。全てがそろっているのだから、各国のマール信徒がここを聖地とするのもうなずける。


 そして、そんなオリヴィア女王さまから一目置かれたユーリエはやっぱりすごい。話の流れからわずかに読みとれたのは、ユーリエの養父であるセレンディア公とお知り合いのようだ。


 オルデン・セレンディア公爵。この名がレニウスの実父、ユーリエの養父であり、近いうちに建国し、アレンシア南西部を治める国となる。オリヴィア女王さまは、会話の流れでそんなセレンディア公を呼び捨てたのだから、旧知の仲なのは間違いない。セレンディア軍が他の二国を制圧し、屈服させた時はここコルセアからの援軍があったという。


「ユーリエ」


 ユーリエは養女とはいえ、一国の王女様になる人なんだ。今は友達として一緒にいるけれど、いずれはこんな素性すじようのわからない僕の隣にいていい立場ではなくなる。


「ユーリエ」


 きっとユーリエは僕が“他に好きな異性がいるマール信徒”だから、自分は絶対に安全だろうと思っているに違いない。


“他に好きな人がいるものを、おもってはならない”


 マール信徒の戒律。

 違うんだ。僕が好きなのは、ユーリエなんだ。

 だからユーリエは今、安全な城の中ではなく、ドラゴンの巣にいる。


「ユーリエ」


 口に出すほど、いとおしくなる。

 この時、僕は眼下に広がる景色に気を取られ、油断していた。


「なぁに?」


「え、あっ!?」


 振り返ると、そこにはにんまりとした笑顔のユーリエが立っていた!


「う、その、いつから?」


「一回目の“ユーリエ”から」


 うわ……ほぼ全部じゃないか。


「ふふ~ん、後でカナクに聞きたいことがあるけど、今はやめとく。次はカナクにお話があるんだって。どうぞ」


「ああ、そうだね、うん、行ってくる!」


「あ、カナク」


「なに?」


「そんなに呼ばれると、照れるよ」


「行ってくる!」


 僕は急いで謁見の間に入った。

 ああ、大不覚。大失敗。

 でも今は、オリヴィア女王さまの話を伺おう。

 僕は気を引き締めて女王さまの前まで歩き、片膝をついて頭を垂れた。


「陛下、お話とは?」


「立って」


「は?」


 声が近い。顔を上げると目の前に……女王さまがいた!

 なんの音もしなかった!

 いつの間に!?


「立ちなさい、カナク」


「あ、は、はい!」


 慌てて、足に力を入れて立ち上がる。

 こうやって対面すると、女王さまの身長は僕より低かった。目を覆った鉄仮面は、視界を確保するために細かい穴が開けられていたけれど、外からは素顔が見えないようになっている。


 それにしても。

 僕は女王さまから妙な力を感じた。

 これは……。


「さすがね。私が普通の人間ではないことに気づいた?」


「え、いや、その……」


「いいのよカナク。少しだけ、ごめん」


 次の瞬間。なにが起きたのか理解できなかった。

 僕は、女王さまに抱きしめられていた。

 腰に腕を回されて、頭をでられる。


 そんな。

 えっと。

 僕にはユーリエという――。


「そのまま聞きなさい」


 女王さまの声が、低くなった。


「ここは一国の王城だ。どこで誰が、どんな魔法でこの会話を耳目にしているかわからない。当然、私には通じないけれど、万が一のこと考え、こうして伝えておく」


「は、はい」


 何故なぜだかわからないけれど、緊張がほぐれていく。コルセア王国の女王であり、マール信徒の位を決められる権限を持つ、マール法皇さま。

 触れらるだけでも恐れ多いのに、よもや抱き締められるとは。

 女王さまは、僕になにを伝えたいのだろう?


「カナク、ユーリエが好きか?」


「え!?」


 予想外の質問だった。

 少し動揺したけれど、僕は唇を引き締めた後、力強く告げた。


「愛してます」


「はは、そうきたか」


 紅の甲冑かつちゆうのせいで女王様のぬくもりは感じられなかったし、とても冷たい手だったけれど、何故か不思議な温かみを感じた。


「カナク。私が普通の人間ではないのと同様に、あなたもそうではないことは知っている。その力で彼女を守りなさい。全ての石碑を見終わったら、必ず、また会いにくるのよ」


「!……は、はい!」


 どうして!?

 女王さまも、僕が銀獣人であることを見抜いたのか。ソーン音楽団の団長にしてフェルゴート五英雄の一人、ルイ・ソーンさんに続いて二度目だ。石碑巡りの旅に出て、僕が人間ではないことを知ってしまったのは、音楽団のヤヒロちゃん含めて三人になる。


 ユーリエと一緒にいることで、力を制御しきれていないのかも知れない。

 もっと自戒しないと。

 やがて女王さまが僕から離れると、背中を向けて言った。


「さあ、もう行きなさい。そとでグウェイルが待っている。石碑をみて、マールのおもいに、ふれると、いい」


 うん?

 少し声が震えているような……?


「ご配慮、ありがとうございます。僕は必ずユーリエを守ります。そして、ここに戻ってきます!」


「うむ」


 女王さまにマール信徒の礼をして、振り返る。

 扉の向こうには、大好きな人が待っている。

 絶対、守り切る。


 僕は心新たにして、扉を開いた。

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